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 第二騎士団ナイザリークで朝の訓練を終えてから、事務所でレイカさんへの手紙を書いていると、その事務所にシルヴェイン王子の補佐官ランフォードさんが駆け込んできた。


 キョロキョロと室内を見渡したランフォードさんは、こちらに気付くと慌てた様子で歩み寄って来る。


「ケインズ殿。直ぐに私と来て頂きたい。」


 一切の前置きもなく始まった話に、相当急ぎの用件なのだろうと頷き返した。


 書きかけのレイカさんへの手紙は一先ずポケットに突っ込んで、歩き出したランフォードさんを追う。


 どの道この後ランフォードさんのところにも早めの業務報告に向かう予定だったので構わないが、ランフォードさんのいつになく慌てた様子が気になって、彼の横顔を何度も窺うように見てしまった。


 兵舎を出て、シルヴェイン王子の離宮に向かうかと思えば、いきなり道を逸れて王城の奥の政務区画の方へ向かっているような気がする。


「ランフォードさん? 一体どちらに?」


 思わず問い返してしまうと、ランフォードさんはハッと何かに気付いたような顔になった。


「あ、済まない。実は王弟殿下からケインズ殿を至急連れて来るようにと使いが来たんです。」


 その行き先に思わず固まってしまいそうになった。


「・・・王弟殿下が? 俺、私を?」


 つい取り繕わない言葉が漏れて言い直す。


「はい。恐らくレイカ殿下絡みのことで。」


 そう言われてドキッとするのは、コルちゃんとサークマイトの件で伝紙鳥を送ったことだが、それがやはり問題だったのだろうか。


 でもあれは、任務の一環としてとトイトニー隊長からも許可を貰っている。


 それに、それならトイトニー隊長も一緒に事情説明した方が良いような気がする。


 ただ、今の自分の立場が、一時団長直下の扱いで、仮にランフォードさんの指示に従っている状態になっているからだろうか。


「事情はよく分かりませんでしたが、王弟殿下がかなりピリピリしたご様子で。発言と態度には気をつけて下さい。」


 そんな最早脅し以外のなにものでもない言葉が来て、ズンと胃が重くなった。


 レイカさんは今では王族の一員で、そのレイカさんと親しくすれば、いずれは王族のどなたかから探られることになるだろうとは思っていた。


 だが、その場合はシルヴェイン王子が間に入って取りなしてくれるのではないかと甘い期待を抱いていたのは事実だ。


 シルヴェイン王子は、レイカさんの恋敵扱いとしては中々手厳しい人だが、どんな状況でも部下として情を持って接してくれる人だと思っている。


 だから、上官としては無条件に信じられる人なのだ。


「・・・何か、いけなかったでしょうか?」


 ランフォードさん相手に溢してみると、あちらもお手上げと少し暗い顔で首を振られた。


 そのまま2人とも話すことを思い付かないまま気まずい空気のままで、政務区画の王弟殿下の執務室に辿り着いた。


 物凄く緊張を漂わせた顔で扉を叩いたランフォードさんが名乗りを上げる前に扉が内側から開いた。


 顔を覗かせたのは、眉間に皺を寄せた難しい顔のイオラートさんだった。


 レイカさんのお兄さんのイオラートさんとまともに話したのはこの間の一件の時だけだが、こちらを認めたイオラートさんが身を乗り出して縋るような目を向けて来たように見えた。


 その様子に、胸に鈍痛が来たような気がした。


 これは、もしかしてレイカさんに何かあったのではないかと。


「どうぞ。」


 言って扉を開けて通してくれたイオラートさんに頭を下げて入って行くと、執務机に座るそれは難しい顔の王弟殿下が見えた。


 ランフォードさんに続いて深々と頭を下げてからそっと歩み寄り、執務机のかなり手前で立ち止まって礼を取っていると、部屋の奥からそれは深々とした溜息が聞こえて来た。


第二騎士団ナイザリークのケインズ、話が遠くなる。ここまで来るように。」


 不機嫌全開の表情と声音でそう言われて、肩がびくりと震えそうになるのを堪えて深く頭を下げてから執務机の目の前まで進む。


 この場で挨拶が必要なのか頭の中でぐるぐると考えていると、それを察したのか王弟殿下が口を開いた。


「挨拶は良い。期待していないし時間の無駄だ。それよりも端的に答えろ。レイカルディナとお前の関係は?」


 どういう意図か分からなかったが、いきなり来たその胃が痛む問いには、正直に現状を伝えるしかない。


「僭越ながら、レイカルディナ殿下には今回の旅にお出になる前に友人とお言葉を賜っております。」


「では、お前はレイカルディナとはいつまでも友人で構わないと、そう思っているのか?」


 これまた胸を抉られるような直接的な問いが来て、何をどう答えて良いのか分からなくなる。


「それは・・・」


 言い淀んだ途端に、王弟殿下のこれまた深々とした溜息が来る。


「悠長に婚約者候補を用意している場合ではなくなったのだ。急拵えでもあの跳ねっ返りの姪が受け入れる枷が必要になった。」


 心底嫌そうな顔で言い放った王弟殿下が、直後チラッとこちらに目を向けた。


 迂闊なことは何一つ言えなくなってしまって、息をするにも気を使う空気の中、ただ静かに黙っていると、また溜息を吐かれた。


「聞きたいことがあるなら、はっきりと聞け。今なら答えられることなら何でも答えてやろう。」


 これは実は破格の申し出ではないかという言葉が来て、思わず生唾を飲み込んだ。


「あの、では。レイカ殿下にエダンミールで何かあったのでしょうか?」


 今一番気になるのはそこだろう。


 その問いに、王弟殿下がこちらをジッと見ている視線を感じて居心地悪くなる。


「エダンミールの王太子との縁談がかなり強引に進みつつある。それに、恐らく身柄も向こうの王宮で押さえられている。」


「・・・え?」


 思わず一歩身を乗り出してしまった。


 寝耳に水どころの話ではない。


 それは恐らく目の前の王弟殿下もそうだったのではないだろうか。


「レイカ殿下が望んだことでは、勿論ありませんよね?」


 少し口調が崩れてしまったが、気を回せる余裕などなかった。


「それはそうだろうと思うが、アレとその件について迂闊に連絡を取れる状況ではないのだ。そこで、別件で業務連絡を行っているお前の出番だ。それに託けて、アレの現状を探り出せ。」


 何か色々と深掘りしてはいけないような前振りをされた気がするが、自分に向けての本題はこれだったようだ。


「はい。今丁度殿下にお手紙を書いている最中でして、どのようにお尋ねするのが無難でしょうか?」


 探り出すような意図の手紙など書いたこともないし、態々王弟殿下が呼び出してまで命じたことなら、レイカさんの為にも確実にお役に立ちたい。


「イオラート、そこで見てやれ。」


 執務室の応接テーブルを指して命じた王弟殿下に、イオラートさんが神妙に頷き返している。


「ケインズ殿、こちらへ。」


 何故か丁寧に対応してくれるイオラートさんに居心地悪い気分になりながら頭を下げると、応接テーブルの方に向かった。


 促されたソファに浅く腰掛けて、押し込んで来た手紙を取り出す。


 広げた途端にイオラートさんが隣から覗き込んで来る。


「昨晩も聖獣様とサークマイトは仲良く変わりなく、で。結界魔法を張りに来たのはコルステアか。ここで、シルヴェイン王子殿下と合流出来たようで良かったという文と、レイカ殿下はそのままシルヴェイン殿下と国に引き返さずに王都まで行かれるのかと、そう探ってみよう。本来なら、馬車の旅であと2日は王都まで道のりがある筈だったんだ。」


 そう手紙に書くことを教えてくれつつ、レイカさんの現状も話してくれたイオラートさんは心配で堪らないという顔をしていた。


「本当に業務連絡以外のものではないようだな。引き続きこのまま崩さず出し続けるように。」


 と、いつの間にか王弟殿下がイオラートさんの反対隣から手紙を覗き込んでいて、ギョッとする。


「シルヴェインは現在王都に向かって移動中のようだ。王都に着いたところで連絡を取る予定だが、何故レイカルディナだけが王都に入っているのか、その手段も気になる。」


 確かにその通りで、レイカさんに何があったのか大いに気になる状況だ。


 だが、普通に雲の上の人の王弟殿下に真横から話し掛けられているという状況に、本当に胃が痛くなって来た。


「これから、レイカルディナやその他エダンミール行きに関わる者からケインズ宛に手紙が届いた場合は全て見せるように。レイカルディナが無事に戻るまでは、ここへの出入りをいつでも許可する。返信はイオラートと共にここで書くように。夜間などここに人がいない時間の場合はランフォードから連絡を。早急に対応する。」


 それだけ非常事態ということだ。


「畏まりました。宜しくお願い致します。」


 王弟殿下とイオラートさん、ランフォードさんに向けて深々と頭を下げた。

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