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「それじゃ、ラスファーンお兄様は何をしても長く生きることは出来ないということ?」
ノワとの話の中身を語ったこちらにクリステル王女が縋るような目を向けてきますが、こればかりはどうしようもなく。
申し訳ない気持ちにもなってそう沈みがちに頷き返すと、ラスファーン王子がクリステル王女に宥めるような目を向けました。
「・・・クリステル、分かっていたことだ。レイカのお陰で、なし崩しに存在を消されなくて済んだ。だから、この恩に報いて残りの命を贖罪に当てたい。」
「ラスファーンお兄様・・・」
そんな微妙にうるっと来るやり取りの中で、唐突に肩の上からノワがテーブルの上に飛び降りました。
「あのさぁ。悲劇の主人公演じるのも良いけど、自分の立場自覚してやる事決めて我が君の役に立ってくれる? 今現在も我が君に物凄く負担掛けてて、この塔から出られないっていう制約まで課してるって分かってるのかな?」
腕組みでラスファーン王子にそんなことを言い出したノワは、見える仕様に変更済みなのでしょう。
案の定、驚きに固まる向かいの2人に、こちらも苦笑いです。
「レイカの魔人か? 随分と小さい。」
「はあ。余計なこと言い出すなら相談に乗らないけど? 我が君がこの小さな私を愛しんでくれるから、それでいいんです!」
いつの間にか愛しんでることになってますね。
「はあそうだね。かなり高性能なチャットgdp代わりとして。」
「ひっど! 音声も実体もあるのに! aiと違って我が君をこんなに愛してるって感情まで持ってるんですよ?」
言わせておきましょう。
「偏愛過ぎて要らないって言ってるじゃない。その愛の部分はプログラムから是非削除して貰って?」
「・・・・・・」
しばらく無言で向こうを向いていたノワさん、こちらをチラッと振り返って、ウルウルお目めで泣き落としバージョンで来ましたね。
「そんなのきっと、物足りなくなりますよ? 我が君まだ若いんですから、愛だの恋だの大事ですって。」
「それこそ余計なお世話よ。」
反射のように言い返してしまってから、黙って目を瞬かせている向かいの2人が目に入りました。
「・・・仲が良いのだな。」
ラスファーン王子のポツリと一言には反論したい気持ちで一杯になりましたが、取り敢えず我慢です。
「それで? 王子様は何を優先させたいんだ? それによって余命は限られてきそうだけど。」
「そうだな。まず、寝たきりは避けたい。それから、なるべく魔力は残しておきたい。レイカの役に立つなら、多少の身体の不調を抱えることは構わない。そして、魔法変換出来る魔力は確保しておいて役立てたい。それなら、余命の長さには拘らない。」
真面目な口調でそう要求項目を述べたラスファーン王子は、こちらに笑みを向けて来ました。
「えーっと、確かにラスファーン王子の延命措置を試みたのは、カダルシウスで償いに充てて貰う為でしたけど。足元を見た交渉だった訳ですし、反発とか反感を抱いたりとか、ないものですか?」
コロっとこちらに落ちて来たラスファーン王子の内心も道中ちょこちょこ聞いて来た訳ですが、いきなりそんなに物分かりよくなれるものなんでしょうか?
本当の意味で死に掛けた事がないので、彼の心変わりの理由が実のところがちょっと分からないかもしれません。
ラスファーン王子は少しだけ苦い笑みを浮かべて、すっとこちらに目を合わせて来ました。
「全てを計算ずくで来る人間の考えというのは、よく分かるんだ。何かあっても、あーやっぱりなそう来るよなと。でも、自分の考えの及ばないところからいきなり割り込んで来る君のような存在は目を引く。それが自分の切実な計画の邪魔となれば、敵としてさっさと潰してしまいたい対象になる。が、私の計画はもう無意味だ。この命も価値がない。それなのに、それに意味を持たせようと、初めて何の為でもなく生きる時間をくれた君には、その全てを捧げても構わないと、そう思ったのだ。」
エダンミールの王族の彼らには、こちらには思いもよらない切実な強迫観念が植え付けられてきました。
生まれる前からそれを課されていて、双子の王子達は、生まれる前から失敗作だと打ち捨てられた存在だったのかもしれません。
だから、王子達の母親が腹の中で既に存在を消された1人を無理矢理生かす措置を取ったことを罰される訳でもなく双子は生まれて来た訳です。
そんな彼らの救いは、もしかしたら魔王という存在から解放された生き方だったのかもしれません。
「どれだけ生きられるか分からない、何の保証もない、しかもその命をカダルシウスへの償いに充てる余生なのに?」
「何もする事がなくただ生きよと言われるよりも余程良い。生きる意味をくれた君に感謝している。」
ふっと優しく微笑みさえしたラスファーン王子の考えは、やはり全て飲み込める気はしませんでしたが、こういう憑き物が落ちたような顔をした人が悪事を企むとは思えません。
良く分からないなりに、彼のことを信じてみようと思います。
「ふうん。そうなると考え得る最善は、やはり魔力回路の拡張、ただ、全ての魔力回路の拡張は不可能なので、幹線部分のみの拡張を試してみますか。」
ノワはそんな会話の間も当初の目的を見失わずに最適解を割り出してくれていたようです。
「それだと、本線以外の回路に負担が掛かるんじゃないの?」
拡張工事出来てないところは、今と同じ条件になりますからね。
「そうですね。そこで回路が壊れたら、終わりです。そういう賭けになるということです。」
ノワからドンびいてしまいそうな厳しい言葉が返って来ました。
「ただし、王子様が減らしたくないと要望した魔力をせっせと消費する活動を続けたら、当然末端の回路への負担も減る。現状よりも主要回路を拡張することで身体全体への負担も軽減されるから、王子様の要望には一番近い形に出来ると思いますよ?」
確かにそうかもしれませんが、いつ爆発するかわからない爆弾を抱えて生きるようなものです。
チラッと目を向けたラスファーン王子は良く考えるように宙を見据えていましたが、不意に表情を崩してこちらに柔らかい顔を向けて来ました。
「それで構わない。やってくれ。」
後半はノワに向かって言ったラスファーン王子は、揺るぎない決意を込めた表情です。
隣のクリステル王女にも目を向けると、複雑そうな顔をこちらに向けました。
「それ以外にないのですね? それで、ラスファーンお兄様の余命はどのくらいになるのです?」
やはり後半はノワに問い掛けたクリステル王女、ブレインはノワだってきちんと理解されているようです。
「さっきも言った通り、魔力回路の先端への負担具合と、耐久、つまりどれだけ保つかは賭けで期間は予想出来ない。それを省いてというなら、全ての仕掛けのメンテを適切に続けられたら、身体自体の寿命まで生きる可能性もある。例えば腕輪はこれまで通り着け続ける必要があるし、仕込まれた魔法が発動し続けなければならない。これから行う予定の魔力回路の拡張も、維持するように見守る必要がある。この条件を全て欠けることなくメンテし続けることは、正直に言って難しいと思う。だから、全て引っくるめて分からない、が答えだ。」
言い切ったノワに、クリステル王女の顔が歪みます。
「ラスファーンお兄様、もう少し待って“饗宴”の者達に他の方法がないか探らせてからでも。」
「いや、クリステル。“饗宴”の連中は最早誰も私の為には動かない。私は研究材料としても捨てられたのだ。それにな、カダルシウスや神殿が諸々を追求しに来た以上、“饗宴”も無傷で済まない。父上から解散命令が出て組織として解体されることになるだろう。」
静かにラスファーン王子と見つめ合うクリステル王女は、諦めるしかなかったのか、すっと目を逸らして、やはりこちらを向きました。
「分かりました。わたくしもラスファーンお兄様の意思を尊重したいと思います。レイカ様、どうぞ宜しくお願いします。」
言ってしっかりと頭を下げて来たクリステル王女に、こちらも神妙に頷き返します。
それからノワに目を移しました。
「それで? 具体的には、何をどうすれば良いの?」
促したこちらに、ノワはにこりと笑い掛けて来ました。
「我が君、あちらでの現代医療に血管カテーテル手術というのがあるのはご存知ですか?」
「はあ、まあ、あるってことくらいは?」
いきなり何をぶっ込んで来るつもりでしょうか。
「まあ簡単に説明すると、開腹せずに血管に極細の管を通して処置するっていう手術方法なのですが、様々な状況から血管にゴミが詰まって狭窄してしまっている箇所にカテーテルを突き通して狭窄を解除する方法が存在します。が、これを行なっても狭窄しやすい人は同じ場所が詰まってくるんですよ。そこで、狭窄箇所をバルーンで広げた上で、ステントという金属管だけをその場に残して狭窄を防ぐんです。」
「・・・へぇ。」
何処かで聞いた事があるような話ですが、身近でお目に掛かったことはないので何それスゴーイとしか思えませんが、ちょっと嫌な予感がしてきました。
「それを参考に、魔力回路にステント代わりを取り付けて魔力回路の幅を広げて固定する。これをやってみようと思います。」
ほら、簡単に言ってくださいましたよ。
「待って、私はお裁縫も不得意だし外科医じゃないって言ったよね?」
「勿論です。元外科医だったらもっと難しい専門的な方法をご提案していますから。」
にっこり笑顔で言い返されましたが、ノワのこういうところ、ちょっと嫌いです。
「魔力回路には血管のように回路外に魔力が流出しないように外壁が存在するのですが、血管よりもずっと柔軟性があって丈夫に出来ています。収縮性が良いので、逆に必要以上に広げ辛いという性質もあるので、今回は一度意図的に無理矢理広げたところで、常にその広さを保つ為にステント代わりを設置します。」
「・・・それを私にやれと?」
半眼で見返しつつ追求すると、これまた良い笑顔を返されました。
「勿論です。大丈夫ですよ?我が君、この間樹木の維管束に魔力を流せたじゃなですか? あれと同じように王子様の魔力回路を広げつつ魔力を通して、ステント代わりを残して魔力を細くして残していけば良いんですよ。」
また、簡単に言い切りましたね。
「・・・それじゃステント代わりっていうのは?」
「魔法や魔力耐性があって、腐食し難い素材ということで、思い付いたものがあります。」
言ってノワはラスファーン王子に目を向けました。
「呪詛の基盤に使っていた竜の鱗、直ぐに手に入るかな?」
ラスファーン王子は虚を突かれたように目を見開いてから、すっと視線を下げました。
「あれは、元は“揺籠”が考案して供出したものだったが、途中からは“饗宴”が素材を用意していたような気がする。だが、今更私から“饗宴”の誰かに接触するのは・・・」
そこで考え込んでしまったラスファーン王子でしたが、何かを決意するようにグッと力の籠った目を上げました。
「手に入れられるか伝を辿って探ってみよう。」
「それじゃそれは王子様にお任せすることにして。でも、時間は余りないと思った方が良い。我が君には別にお仕事が待ってるし、王太子がどう出るかで事態は変わってくる。いずれにしろ急いだ方が良いだろう。」
それで合意は取れて少し展望が開けた気がしましたが、最後に嫌なことを思い出させてくれましたね。
王太子問題はどうしたものやら。
全ての黒幕は彼だとはっきりしているのに、あの曲者王太子をどうにか出来るとは全く思えません。
やる事だけやったらさっさと逃げ帰りたいというのが本音ですね。




