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 パドナ公女が部屋を出てから、即行でクイズナーが書いて送った伝紙鳥には、驚く程直ぐに返事が来た。


 父に宛てたシルからの手紙という体裁で、伝紙鳥は父王に向けて送ったが、書けたことは、妹と再会したこと、目的地には妹が先入りしたこと、そしてシルが妹の友達の神殿の隣に住むお姫様と結婚したがっていることを書いた。


 出来る限りで伏せた表現にしたが、レイカの大神殿行きの旅の詳細は、かなり細かく叔父上に報告されているので、婚約を望んでいるのがメルビアス公国の公女だと分かって貰えると思う。


 父と叔父なら、これで何か退っ引きならないことが起きてその対策としてだと気付いてくれる筈だ。


「こんなことなら、諜報部の暗号文をもっと真面目に習っておけば良かったな。」


 いつもの定時連絡は、クイズナーが第二騎士団ナイザリークの隊長達か自分の補佐官のランフォードに直接送っているから、それ程内容を誤魔化すこともなく簡単な傍受避けを施しているだけだったが、今回は急ぎで父王に直接判断を仰ぐ必要があったから、こうなった。


「何処を目指しておられるのだか。とにかく、あちらに事情をお察し頂けたか確認して下さい。」


 言って渡された手紙を開く。


 “王都の外に転送中継者がいる。それを使って数ヶ所転送をかけさせる手筈が整っている。紙面中央の魔力を辿って送るように。早急に濁さず説明を求めたい事柄がある。一度当たり障りのない文面で中継者を通してみるように。”


 なるほどという手段にクイズナーに目を向けた。


「知っていたか? こういう手法があることを?」


 知られれば対策されてしまうような手段だが、少しの間なら有効だろう。


「ええ。諜報部でも極秘扱いのようですが。ただ、乱用すれば中継者を特定されてしまうので、そう何度もは使えません。」


 信用出来る中継者を置き続けることの方が難しいに違いなく、今回の自分の潜入が決まってから念の為にと期間限定で築かれた仕組みなのかもしれない。


「とにかく、返事を出して様子を見よう。それに、父上が急ぎだと言い切る用の中身が気になる。」


「ええ。パドナ公女との婚約に関わることなのか、あるいはレイカ殿下のことか。」


 パドナ公女やクリステル王女のことなら、正直に幾らでも明かせるが、一足先に王宮に入ったレイカに何かあったのではと、胸の奥が絞まるような気がした。


 今度も自分は伝紙鳥には触れないように気を付けて、クイズナーに万が一漏れても問題がないような内容の手紙を書かせる。


 魔王信者団体の“魔王を願う会”に仮入会したことや、今回の展開次第では借りを作ることになるかもしれないと、あっさりと明かすことにする。


 そうして開封者の制限を設けた伝紙鳥を送ったが、次の手紙は既に用意されていたのか、やはり待たされることなく届いた。


 “レイカがエダンミール王宮に無断侵入したことについて、王都内にある大使館に釈明を求める連絡があった。大使が慌てて事情確認に王宮に急行したところ、王太子が出て来てレイカルディナ王女は自分の婚約者になりたくて売り込みに来たのだろうと。それなら理解して穏便に済ませようと言って来たそうだ。これについて、知っていることはあるか?”


 読み進めていた手紙を途中で握り潰しそうになってしまった。


 “大使からの伝紙鳥とは別に、エダンミール国王からも正式な書簡が届いた。これは、王太子マーズリードとレイカルディナの正式な婚約の打診だった。”


 手回しが早過ぎる。


 もっとレイカへの直接的な手出しを案じていたが、王太子はしっかり外堀も同時進行で埋めていこうとしている。


「クイズナー、迷っている場合ではないな。明日の朝一番にでもパドナ公女と一緒に王宮を訪ねる。その為の契約婚約なら、これは飲むべきだ。」


 はっきりと結論がでたところで、クイズナーにまた返事を書いてもらうことにした。


 内容は、レイカがラスファーン王子に同情して助ける為に王都に先発したようだということ。


 そして、双子の王子達のことも軽く説明し、クリステル王女ではなくラスファーン王子の身柄をカダルシウスに引き渡して貰うことにしてはどうかと提案しておき、パドナ公女との婚約はエダンミール王宮内部へ入る為の取引きだとこれもはっきり明かしておくことにした。


 本来ならどれも即決出来るような話ではないのだろうが、少なくともパドナ公女との婚約のことは内々の許可でもいいから今直ぐに貰っておきたい。


「レイカは、無事でいるだろうか?」


 つい不安になって呟いてしまうと、クイズナーには少しばかり苦い笑みを返された。


「既に危害を加えられている可能性は低いでしょう。ですが、それとなく監視監禁されているという状況ではないかと思います。」


 確かにそれくらいはされている筈だ。


「レイカ殿下は、それと分かるように監禁したり制限したりされることには我慢なさらないでしょうが、ある程度の自由を与えられている内は、その中で何とか自分の目的を果たすべく動かれる筈です。その少しの自由を与えて夢中にさせている間に、確実に解けない鎖で絡め取ってしまうおつもりなのでしょうな。」


 マーズリード王太子は、狡猾でその内側にはかなり残酷で歪んだ嗜好を持っていそうな人物だ。


「・・・そう、だな。レイカは確かに基本的には妙に物分かりが良い。明らかに理不尽な扱いでも大人しくしている事があるからな。それが、レイカの譲れない線を超えた途端に、爆走態勢に入る。そうなると、誰にも止められなくなるという訳か。」


 今回はそれがどう事態を左右するのか全く読めないが、マーズリード王太子も少しは振り回されて思い知れば良いと思う。


 レイカを手に入れることがどれ程大変なことなのか。


 だが彼は、レイカそのものが欲しい訳ではないのだろう。


 魔王の魔力、それとも魔王の魔力を作り出せるレイナード譲りの身体か、無尽蔵な聖なる魔法という可能性もある。


 ただ、それだけを求めたら恐らく痛い目を見ることになる。


 レイカに付いている魔人も聖獣になる魔物達も、一筋縄ではいかない曲者ばかりだ。


 そして、自分を含め絆されていく皆もレイカの幸せには煩い。


「それにしても、レイカはラスファーン王子にはちょっと甘過ぎると思わないか? 確かにその知識とこれまでの研究過程を知っていて、上手くすれば資料類も持ち出せるかもしれない美味しい人材を無償で引き取れるのは魅力的かもしれないが、自分の身も顧みず王宮に乗り込んでまで助けてやる必要はあったかと思うところがある。」


「・・・シル、みっともないヤキモチはおやめ下さい。見苦しいですよ。そこだけはレイカ殿下の方が理性的に接しておられる。前回の旅では随分と煮湯を飲まされたお相手であるにも関わらずです。」


 クイズナーの言葉で、レイカが黒幕の可能性が高いと言っていたサヴィスティン王子は今のラスファーン王子なのだと思い出した。


「随分と酷い目に遭ったのだろう? それなのに、許せるものだろうか?」


「さて、その辺りはどうなのか、私には分かりかねますね。ですが、少々お人好しが過ぎるところがあるのは間違いありませんね。誠に困ったことに。」


 渋々そう認めたクイズナーに、うんうんと溜息混じりに同意する。


 だからこそ、目が離せないのだ。


 なるべく側で見守りたいと思ってしまう。


「シル、それはともかくです。パドナ公女殿下との件は、もう少し掘り下げて作り込んでおかれないと、明日困ったことになりますよ?」


 それもそうだ。


 自分はパドナ公女と恋仲を演じて婚約に漕ぎ着けなければならない。


 少なくともその熱愛をエダンミール国王に信じさせなくては、パドナ公女の妹姫を王太子の魔の手から救い出せない。


 それがパドナ公女との契約の一番の条件だ。


「よし、まずはそれらしい馴れ初めから考えよう。」


「形から入るのも悪くはないと思いますが、レイカ殿下の前でも崩れないようにしっかり心に刻んで下さい。レイカ殿下に対する言い訳も考えておかれた方が宜しいでしょう。泣きますよ?あの方。」


 問題はそこだ。


 これがクリステル王女が相手だったなら、完全な政略結婚と割り切って話せるかもしれないが、昨日まであれだけ構い倒しておいて、パドナ公女といきなり恋仲になったなど、言い訳しようもない。


「因みに、陛下からこの婚約の許可が降りたら、恐らく途中破棄は許されないでしょう。メルビアス公国の公女殿との縁談は実際悪くないお話です。結婚するつもりでパドナ公女殿と接された方が宜しいかと。」


 確かに、王族としての義務と割り切れば、悪くない相手なのだ。


 国内の適当な令嬢を娶るよりも国内情勢は安定するだろうし、魔力織の能力を王家の血筋に取り込めるのも魅力と考えるべきだろう。


「覚悟を決めるべきなのだろうな。・・・全てを選べる訳ではない。リーベンにも言われたが、分かってはいても、痛いな。」


 今夜を限りにレイカのことを諦めて気持ちを切り替える。


 レイカを守る為と、これからを共に生きることになる可能性の高いパドナ公女に対する礼儀としても、そうしなければならない。


 今夜は眠れない長い夜になるかもしれない。

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