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 食堂を退室するのにマーズリード王太子にエスコートされることになってしまいましたが、食堂から出て分かれる段になってからも中々腕に添えた手の上に重ねられた手を離してくれません。


 こちらは生理的な嫌悪感めいた冷や汗が止まらないのですが、分かっていて仕掛けられている最大限の嫌がらせじゃないでしょうか。


「本当に食後のお茶には付き合ってくれないのかな?」


「ええ、これからわたくし色々と忙しいので。」


 これも食事の最後に場所を移してと誘われましたが、きっぱりとお断り済みです。


 ラスファーン王子のその後の様子を見なければいけないので、というのは中々いい言い訳ですね。


 ただこの王の塔の魔法陣内から極力出たくない状態でどうしようかというのは問題ですが。


「そうですか。残念ですがここは引き下がりましょう。その代わり、こちらの侍従を何処に行くにもお連れ下さい。城内で貴女が何か困った事にならないようにお手助け致します。」


 来ましたね、監視員付けられました。


「まあ、そんなお気遣いは不要でしたのに。」


 にこりと返しつつ監視員をチラッと窺ってみると、顔が見えません。


 グイッと視線を上げた先で、こちらを威圧する程長身のガタイのいい侍従じゃなくて武官だろうという男性が立っていて、視線に気付いて身を屈めるように背を折り曲げて礼を取ってくれました。


「・・・目を合わせて会話するのに苦労しそうですね。宜しく。」


 嫌味混じりの挨拶をしておくと、侍従は形ばかりは丁寧にもう一度頭を下げてくれました。


 が、眼光が鋭くて、何かあればさっと捕まえられて首の一つも簡単に捻られてしまいそうです。


 王太子がこれでもかと牽制してくるの、本当にやめて欲しいですよね。


 まあ、それも仕方がないくらい喧嘩を買っている自覚はある訳ですが、売ってくるのはあちらですからね。


「名前は?何と仰るのですか?」


「リッセンと申します。レイカルディナ王女殿下。」


 笑みのない淡々とした顔で返して来るリッセンは、これまた威圧感たっぷりですね。


 取り敢えず、深く考えるのはやめましょう。


 これからの動きが王太子に筒抜けだろうが、丸見えだろうが知ったことではありません。


 やるべき事をこなしてさっさとさよならするだけです。


「そうですか。ではリッセン、まずは部屋に戻ってわたくしの聖獣に餌やりを。それからクリステル王女にお会いしたいので連絡を取って貰えますか?」


「承知致しました。手配致します。」


 そんなやり取りをマーズリード王太子の前で交わすと、口の端を上げて笑われていたようです。


「流石に物おじしない。楽しみだ。そんな貴女がいつ折れてしまうのか。」


 そう耳元に口を寄せて囁かれて、鳥肌がびっしりと立ってしまいました。


「それでは、失礼いたします。」


 そうやや早口で言って、サッとマーズリード王太子の腕と手で挟み込まれていた手を強引に引き抜きます。


 そのまま用意された部屋に戻るべく足を進め始めました。


 背中に視線を感じつつ、今日の予定を再確認していきます。


 リッセンさんに言った通りジャックの餌やりの後、クリステル王女との面会でラスファーン王子の状況報告が貰えると一番なのですが、上手く捕まらなければこちらから昨日のラスファーン王子の部屋に出向いてみるしかないでしょう。


 ただ、魔法陣の外に出たところで、魔力がどうなるか確認しつつになりそうですが。


 ラスファーン王子の様子を確かめられたら、いよいよファラルさんと魔人の探索を開始しないといけないですね。


 なるべく早く王太子から逃げ出すには、さっさと用事を済ませるしかありません。


 後で隙を見てノワを呼び出して話をしておきたいですが、これはリッセンさん及び王太子には極力知られたくないので、慎重に行こうと思います。


 王太子の思い描く未来図が分からないので、こちらに実際何を望んでいるのか分りませんが、なるべく穏便に運びたいですからね。


 そんな訳でリッセンさんとはそれ以上の会話もなく部屋に戻って、侍女さんにお願いして用意して貰っていたジャックの餌をあげます。


 因みに、先程までも時折背中に張り付きつつこっそり着いてきていたジャックですが、さも部屋で待っていましたという風を装って姿を現していました。


 隠密能力高過ぎですが、野生のクワランカーってみんなこんな感じなんでしょうか?


 ちょっと気になってしまいましたが、これは追求しない方が良いような気がしてきました。


 侍女さん達と一緒に侍従らしい仕事を始めたリッセンさん、あの物凄く良い体格に似合わず意外に器用なようです。


 雑用やらお茶を淹れてくれたりの仕草がちゃんと手慣れてます。


 ジャックの餌やりに一段落したところで扉を叩く音がして、リッセンさんが取り継ぎに出てくれましたが、クリステル王女が訪ねて来てくれたようです。


 と、そのクリステル王女の後ろから何とラスファーン王子が続いて入って来ました。


 思わず座っていた椅子からパッと立ち上がってそちらに向かってしまいました。


「ラスファーン王子? 動いて大丈夫なんですか?」


 顔色は昨晩程ではないにしろやはり青白く、少し息切れもしているようです。


「ああ、クリステルに手を貸して貰ったが、何とかここまでは辿り着けた。」


 そんな健気なことを言って来るラスファーン王子ですが、病人が何をやっているのやら。


「早く座って下さい。横にならなくて大丈夫ですか?」


 焦りつつそう声を掛けると、ラスファーン王子には苦笑いされました。


「貴女の方こそ、ここに居れば大丈夫なのか?」


 クリステル王女に手を貸されながら長椅子に座り込んだラスファーン王子は気怠そうな顔で、それでもこちらを気遣う言葉をくれました。


「はい。私の方は、魔力の問題だからこっちに戻って寝たらすっかり良いですけど。」


「それは良かった。」


 そう柔らかく返してくれたラスファーン王子とこちらをクリステル王女は驚いたように見比べていますね。


 確かに、これまでかなり俺様王子を演じて来たサヴィスティン王子と中身が一緒とは思えませんよね?


 外見は双子なのでサヴィスティン王子と基本パーツは似てるものの、ラスファーン王子の方が長年身体への負担を引き受けて来た所為で随分と線が細くて儚げに見えます。


「本当に、中身はサヴィスティンお兄様なのって思うけれど。これが間違いないのだもの、本当に驚いてしまうわ。大体いつの間にレイカ様とこんなに仲良くなったの?」


 クリステル王女が黙っていられなかったのかそうしみじみと話し出しますが、それにしっかり聞き耳を立てているリッセンさんの視線が痛いですね。


 侍従としてはちょっと目力強過ぎじゃないでしょうか。


「クリステル。命の恩人というのは特別だというのは、本当だったな。私はこれからこの短い命を燃やし尽くすまで、ずっとレイカには頭が上がらないだろう。レイカにならば、どんなことに利用されても構わない。」


 そんな台詞を熱い視線と共に投げて来るのは、ちょっとやめて頂きたいです。


「それってちょっと思い出せないですけど、何とか効果っていうやつで、そんな風に思うこと自体が気の所為ですから、はっきり口に出して言うのやめて下さいよ。」


 及び腰になりつつそう返すと、ラスファーン王子はそれでも優しく微笑み返して来ました。


 貴方誰ですかっていうくらい、背筋が寒くなります。


 またそんなこちらのやり取りをポカンと口を開けて見ているクリステル王女も、ほら口閉じて下さいよ?


「ま、まあ。取り敢えずその件は置いておくとしましょう。それで? ラスファーン王子は調子はどうなんですか?」


 ラスファーン王子の身体を巡る魔力を見ようとしながらそう問い掛けると、ふっと微笑まれました。


「大分楽だ。この分ならカダルシウスまで馬車に揺られていられそうだが、レイカが掛けてくれた古代魔法を解除してもこの状態を保てるようにならなくてはならないから、今日から古代魔法を解除して魔力循環を制御する訓練を始めたいと思う。」


 そんな前向き発言をしてくれましたが、こんな顔色も戻ってないような病人に、訓練なんてとんでもないです。


「それはまだダメですよ。古代魔法は申し訳ないですけどずっと掛けっぱなしには出来ないので、何か古代魔法を解除しても何とかなるように、模索してみますね。」


 言いながら魔力の流れを確認します。


 勿論、一度身体から出た魔力しか目視出来ないのですが、古代魔法の効果は腕輪から身体に戻って来る魔力をゆっくり穏やかに流すように圧を掛けているような効果を発揮しているようです。


「侍女さん達とリッセンさんは一度部屋の外に出てて貰えますか? ちょっと真面目に観察と考察の時間にするので、なるべく室内に人が少ない方が良くて。」


 そんな言い訳でリッセンさんを部屋から締め出してみようと思いますが、途端に強い視線が来ました。


「いいえ。私はレイカルディナ殿下のお側を離れる訳には参りませんので、室内で気配を殺して大人しくしておりますので。」


 そんな風に返して来たリッセンに、眉下がりの困った顔を作ります。


「わたくし、慣れない魔力が近くにあると、感知系の魔法が上手く使えなくて。部屋の扉のすぐ外でしばらくだけ待っていて貰えませんか?」


 しおらしく言ってみますが、リッセンさんの凍れる視線が上から突き刺さるように降って来ます。


「・・・では、扉のすぐ外でお待ちしておりますので。何かありましたら直ぐにお呼び下さい。」


 結果として折れてくれましたが、後から王太子から何かありそうですね。


 それを合図にリッセンさんと侍女さん2人が退室して行って、室内にはクリステル王女とラスファーン王子、姿を隠したジャックだけになりました。


『防音』


 古代魔法で防音魔法を施して、ラスファーン王子に向き直ります。


「あれは、兄上から付けられたのか?」


「そうなんですよ。侍従って言われましたけどどう見ても違う職業の人ですよね? 監視員なのは間違いなくて、侍従の仕事も普通に出来るみたいですけど。」


 溜息混じりに溢してみると、ラスファーン王子にもクリステル王女にも苦い顔をされました。


「レイカ様、良くやるわ。マーズリードお兄様に真っ向から逆らうなんて。わたくしなら、後でどんな目に遭うか分からないもの、とてもではないけれど口答え一つ出来ないわ。」


 両肩を抱きながら少し身を震わせるふりをしつつ溢すクリステル王女には、うんうんと大きく頷き返してしまいましたね。

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