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「シル様、こちらをお持ち下さい。」
夕暮れ時、王都の門前でフィーに渡されたのは札のようだったが、魔力を少量纏わせた魔石のカケラが取り付けられている。
恐らくこの門を通る為に使う許可証のようなものなのだろう。
門番の前に来るとフィーは巻紙を見せてこちらを指して通行許可を得ようとしていた。
何も言わずに大人しくそれに従っていると、こちらを見た門番に許可証の提示を言い渡される。
クイズナーと揃ってフィーに貰っていた札を見せると、門番は手に持っていた魔道具を使って確認を取ったようで、あっさりと門を潜ることを許された。
「ミレニー公女の魔力を込めた許可証です。パドナ公女がお会いになります。付いて来て下さい。」
門から離れてからそっとそう囁いて来たフィーに頷き返す。
取引き条件を考えると、王宮に入る前に条件の確認と契約が交わされることになるのだろう。
城下町を眺めながら従っていると、街中の治安の良さそうな区画にある宿の一室に案内された。
そこで待ち受けていたパドナ公女は、何か思い悩むような憔悴した顔付きをしているように見えた。
フィーと顔を見合わせて、クイズナーに盗聴防止魔石を起動して貰う。
と、パドナ公女が待ちきれないようにこちらに視線を向けて来た。
「シルヴェイン王子。余り時間がないの。こちらに座って早速話を。」
余裕なく始めたパドナ公女にこちらも頷き返すと、勧められた椅子に座った。
何から話しだそうか迷っている様子のパドナ公女にこちらから口を開くことにする。
「妹姫にはお会いになれたのか?」
「ええ。会って話を聞きました。妹のミレニーがこのエダンミール王宮に入ってからあったことの全てを。」
そう前置きしたパドナ公女はまた難しい顔になった。
「シルヴェイン王子殿下は、エダンミールのことを何処までご存知ですか? この国の王族が取り憑かれたように魔王を求めていることなど。」
やはりその辺りの話になって来るようだ。
「詳しいところは、私もこの程色々と知ることになりました。」
他国で関わりなく過ごしていると、こういった情報は中々入ってこないものだ。
クリステル王女との縁談自体は長く細く続いていたとはいえ進展がないままだったこともあり、詳しく知ろうとしたこともなかった。
「ミレニー達のように王太子殿下に王太子妃候補として呼び集められた女性達には、高魔力保持者や特殊能力者など、条件があったのですが、それは、王太子との間に魔王を生み出す為だったそうです。」
何も知らずにそんな話を聞かされては、パドナ公女も妹公女も酷く驚いたことだろう。
こちらも知ることになったその話にはただ頷いておく。
「それに王太子妃候補は、一度その立場になれば、中から1人選ばれれば残りは返して貰える訳ではなく、王太子との間に子が出来れば王太子妃になる、そういった横並びの補欠要員として、いつまでもエダンミール王宮に留め置かれるのだと。」
そこで言葉を切ったパドナ公女は続きを言い淀んでいるのか、そこまでの時点で既に嫌悪感を抱いているのか。
どちらにしろ、妹姫の境遇を受け入れ難いと思っているのだろう。
「では、王太子妃候補は王太子の望むまま、魔王を生み出す為の実験に付き合わされるのだと。これは知っていましたか?」
声を震わせて言い募るパドナ公女はここまで言い切ってこちらにキツい目を向けて来た。
「ここ数日の間に、詳しい者から漏れ聞いて知りました。」
ここは正直に答えたほうが良さそうだ。
この答えにはパドナ公女は納得したように頷き返して来た。
「であれば、王宮に招かれたレイカ様が王太子殿下にそう望まれていることに危機感がある筈ですよね?」
パドナ公女の情報網ではレイカの王宮入りはそのように知らされているようだ。
「まあ、な。レイカにはその他にも色々と事情が付き纏っているようだが。」
「でも、この提案を聞きに来られたのは、レイカ様を取り戻す為ですよね?」
ここはパドナ公女としてもきちんと擦り合わせておきたいところなのだろう。
つまり、途中で裏切られることがないようにあちらのアテが外れることがないように、しっかりと合意をしておきたいと。
「そうだな。私もレイカを無事にカダルシウスに連れ戻るのことを目的としてここに来た。だが、カダルシウスの立場としては他にも色々と思惑がある。」
これははっきりと言っておく必要がある。
「・・・そう。そこは、こちらの目的を邪魔しないのであれば、好きにして貰って構わないわ。」
「感謝する。」
短く合意に対する感謝を述べると、先を促す視線を投げた。
「こちらの目的は、ミレニーを祖国の都合で王太子妃候補を辞退させて国に戻すこと。その為には勿論、エダンミール側に納得して貰えて角の立たない理由を作る必要があるわ。」
そんな好都合な理由が簡単に用意出来るものだろうか。
それからもう一つ。
「ところで、妹姫の呪詛織のことだが、その責任追求をする権利がこちらにはあると思うのだが?」
祖国に連れ帰っても、そこでまだ呪詛織を続けられては堪らない。
アダルサン神官を始めとして神殿もこちらから取りなしでもしない限り、見過ごさないのではないだろうか。
「あれは、王太子との取引き条件だったみたいなの。」
苦い口調で言い訳を始めたパドナ公女のことは可哀想だと思わなくもないが、キースカルク侯爵家のアルティミアやバンフィードもその被害者で、レイカがいなければ死んでいたかもしれないのだ。
追求せずに済ませてやる訳にはいかない。
「魔力織の能力で役に立つので、実験はやめて欲しいと。」
「王太子自身との取引きか? 証拠は?」
ミレニー公女の為人は知らないが、確かクイズナーからの報告で、この妹姫はパドナ公女にも呪詛織で呪いをかけていたと聞いている。
「直接交渉ではなかったみたい。王太子の支援をする魔王信者団体の魔法使い達に協力して呪詛織を幾つか提供したみたい。」
「それは、全て使用済みなのか? まだ世に出て来る可能性は?」
「・・・それは、分からないわ。」
少し勇足で追求し過ぎたのか、パドナ公女は泣きそうな顔で元気なく俯いてしまった。
「だが、貴女も不安にならないのか? 貴女自身も呪詛織の被害者だったのだろう? 今後も妹姫が祖国で呪詛織を続けないとは限らないのではないか?」
少し口調を緩めて訴えてみると、涙目のパドナ公女がパッと顔を上げた。
「わけがあったのよ。私が魔力織の能力を失ったとなれば、あの子が国に戻る口実に出来るって。・・・ただ、そうなったら私が代わりにエダンミールに望まれたかもしれないけど。」
話を聞く限り、どうにも妹姫が信用出来ない人物のように感じてしまう。
思わず溜息を吐いてしまうと、ここまで黙って後ろに控えていたフィーが前に出て来た。
「失礼致します。口を挟むことをお許し下さい。」
丁寧に断りを入れて来たフィーに頷き返すと、フィーは真剣な目をこちらに真っ直ぐ向けて来た。
「改めて名乗らせていただきます。メルビアス公国トルン伯爵家のフィルメンと申します。私は、ミレニー公女殿下と恋仲です。」
唐突にそう明かしたフィルメンには驚くが、だからどうしたと続きを促す。
「エダンミールからの縁談がなければ、公王陛下に願ってミレニー様と結婚するつもりでした。ミレニー様が王太子殿下の妃候補としてエダンミールへ行かれることが決まった時点で、私はミレニー様の専属騎士にしていただき、同行することにいたしました。」
何を思って話し出したのか意図は分からなかったが、黙って聞いておくことにする。
「その折に、ミレニー様からこちらを頂きました。」
言ってフィルメンは左手首の袖を捲って見せた。
黄緑色の魔力が巡る淡く輝く腕輪の形になっている織物だが、時折一筋のフィルメンのものではない魔力が織の表面を巡っている。
それを目にした途端、パドナ公女がハッと息を呑んだようだった。
「ミレニーが、貴方に?」
驚いたように問い返すパドナ公女に、何か特別なものらしいと想像出来る。
「はい。ミレニー公女様からの愛の証です。」
誇らしげに言い切ったフィルメンとは対照的に、パドナ公女は難しい表情になっていた。




