427
「本当にここで良いんですか?」
第二騎士団兵舎食堂で、粗方一般の隊員の昼食が終わった時間帯だが、奥の方の席には隊長格の人達が遅めの昼食を摂っている。
「良いわよ。聞きたいこともあったし、ケインズくんも忙しいんでしょ?」
斜向かいに座ったマニメイラさんと正面のコルステアくんはさっさと食べ始めていて、その隣に座ったオルヴィンくんは、コルステアくんの後輩らしい。
滞在することになった第三騎士団の部屋に魔法結界を張り終えて、コルちゃんや檻の中のサークマイトを一頻り観察した王城魔法使い3人は、コルちゃんを神殿に送り届けるのに付き合い、王城に戻ってからもそこで解散とならず、何故か第二騎士団の食堂まで付いて来て、皆で昼食を食べることになってしまった。
「それで? 王女殿下に連絡は取れたの?」
マニメイラさんはその辺りが聞きたかったようだ。
食事を進めながら、どうにも事務連絡になってしまった伝紙鳥を神殿を出る前に送ったことを説明しつつ、昼食を食べ進める。
この後、奥であちらも食事中のトイトニー隊長にも報告しなければいけないので、余りゆっくりと食べていられる暇はない。
「お返事は、あちらの都合もあると思うので、気長に待ちますが、恐らく様子を定期的にお知らせしつつ、お帰りを待つことになるかと思いますよ。」
レイカさんの性格を考えると、誰もがそうなるだろうと予想してくれているが、その間に何かあったらどうしようかと不安にもなって来る。
「そうよねぇ。あの施設ね、研究資料がほぼ見付からなかったみたいでね。あのサークマイトちゃん以外が処分されたのも、まあ仕方のない事だったんだけど。」
少し苦い顔になるマニメイラさんにも殺処分された魔物達に対する同情が少しはあるようだ。
今はエールと名前を貰ったヒヨコちゃんが第二騎士団に来たばかりの頃に、関わった大半の皆が密かに殺してしまうべきだと話していたのが今では信じられないくらい、魔物に対する考え方が変わってしまった。
安価な同情と共存を掲げてどうこうしたい訳ではないが、魔物は須く悪だとは思えなくなっている。
彼らも自らの持つ特性や魔法を駆使して、精一杯生きているだけなのだと。
だから、それが人間の生存とぶつかるようなら、自分は人として人の為に彼らを葬ってでも守る立場だ。
これを忘れてはならないのだと、今回のことではっきりと自覚した気がする。
「はあ、何事もなく早く帰ってこないかしらねぇ。」
マニメイラさんが溢した一言に、驚いてそちらを見返してしまった。
「全く。王女殿下になっても変わらず自由でいらっしゃるんだから。」
そう続けたマニメイラさんがむすっとした顔の中にも心配を滲ませているのに気付いて、更に驚いてしまった。
マニメイラさんとレイカさんは、レイナードだった頃から、コルちゃんやエール達のことで色々とぶつかっていたように見えたので、意外に思ってしまった。
「おねー様は最初からそういう人でしょ? 何を今更。そもそも心配したって始まらないんだから、待つしかないでしょ?」
コルステアくんに達観したように諭されているマニメイラさんが少しだけ面白く映った。
「何よ、コルステアくんだって、おねー様に反抗期真っ盛りだった癖に〜。急に大人し〜く飼い慣らされちゃって。」
「別に大人しくないし。おねー様はね、とにかく手が掛かるの。強気な癖に泣き虫だし、すぐ落ち込むし、時折謎に自己評価が暴落するし。メンテが大変なの。そういうのマメにこなせる奴を側に張り付けておかなきゃいけないのに。上は分かってないから。」
そう溢したコルステアくんの言葉には、納得出来る気がした。
「・・・そう聞くと、面倒な子よね。」
マニメイラさんの評価にはコルステアくんと合わせたように苦笑を浮かべてしまった。
「良いの。放っておけない奴が名乗りを上げれば、ね?ケインズ。」
そこで振られた言葉に困って眉を寄せてしまうが、ここは素直に頷いても良いところだろうと思う。
「そうかもしれないな。でも、上の方にもあの方自身にも、認めて貰うのには苦労しそうだけど。」
正直にそう続けると、コルステアくんが目を見張って、それからすっと滅多にない程表情を和らげた。
「そっか。そういう奴が現れたら、ただの勘違い野郎じゃない限り、僕も家族もしっかり後押ししてあげたくなるかもね。」
そう言って何となく目を合わせて微妙に微笑み合ってしまうと、マニメイラさんがにやりと面白そうに口元に笑みを浮かべた。
「あらあら、若いって良い事ねぇ。」
そんなマニメイラさんの合いの手が入ったところで、パタパタと伝紙鳥が飛んで来る音が聞こえた。
パタリと手の中に落ちた手紙からレイカさんの魔力と、誰か覚えのあるような魔力を微かに感じる。
元から魔力がはっきり見える方ではないのではっきりと認識は出来ないが、少しだけ戸惑っていると、向かいからコルステアくんが身を乗り出して来た。
「おねー様と、シルヴェイン王子の魔力?」
読み取って溢したコルステアくんのその声が、思いの外食堂に通ってしまったようで、奥の席から隊長達が駆け寄って来る。
「合流出来たのか?」
こちらもポツリと溢しつつ手紙を開くと、一番下に書かれた差出人が連名だった。
仲良さげにレイカさんの名前に寄り添うように書かれた殿下の名前には、少しだけもやっとしてしまった。
周りを囲まれて覗き込まれつつ、開いた手紙を始めから読み始めると、レイカさんの字でまずコルちゃんのことを改めて感謝され、サークマイトの件も申し訳ないと謝られた。戻るまでまだ少し時間が掛かると報告された上で、その間もお願いすると締め括られていた。
感謝の気持ちがしっかり込められた手紙だったが、余計なことは何も書かれていないあっさりとした内容だった。
それに続く殿下からの手紙は、何故かレイカさんの感謝の言葉を一つ一つ拾い上げてそれくらい頑張れと読み取れるような牽制めいた言葉選びに感じて思わず苦笑が浮かぶ。
ただ、最後にはこちらも戻るのにはもうしばらく掛かるとした上で、不在にしていることを申し訳ないと団長としての言葉と共に、非常事態として扱い遠慮なく隊長達に話をあげて相談していいと締め括られていた。
殿下にはどうやら恋敵として意識されているらしいという苦い気持ちと、それでもやはり上長として有能な人だと尊敬する気持ちがわいた。
「成程。団長殿下からも後押しがあったようだな。では、遠慮なく鍛え上げてやるとしようか。」
後ろから覗き込んでいたトイトニー隊長から掛かった言葉に、驚いて後ろを振り返る。
「え?」
何をどう読んだらそうなったのだろうか。
「まあ、何処の馬の骨とも知れんポッと出にこの先攫われるかもしれないことを考えれば、やむを得ないと認めたのだろうな。」
「はい?」
意味が分からなくて問い返すと、トイトニー隊長には何か残念そうな目を向けられた。
「ケインズ、存在感だ。手紙を読む限りやはりレイカ殿下もお前のことを特別枠に認定していそうだからな、後は上やら周りやらに認めさせる存在感を身に付けろ。」
いきなり何を言い出したのかと呆気に取られていると、周りの皆がニヤニヤと笑っているのに気付いた。
「へぇ、じゃ僕も出来る限りで手を回しておこうかな。がっかりさせないでね、ケインズ。」
何故かこれに乗っかるつもりのコルステアくんの言葉が不穏に感じる。
「ええ何々? 物凄く面白そうじゃない? こちらとしては手は出さないけど、特等席で見守りたいわぁ。」
マニメイラさんの喜色満面の言葉にはコルステアくんが冷たい一瞥を向けている。
「マニメイラさんは大人しくしてて、塔は誰にも手を貸さずに傍観してた方が効果的だから。」
「はーい。」
こういう時だけ素直なマニメイラさんが良く分からなかったが、水面下で急速に何かが整えられて行っているような気がする。
「あの・・・。」
助けを求めるようにトイトニー隊長に再び目を向けると、にこりと何かを隠したような笑みを返された。
「まあいい。とにかくお返事を差し上げろ。日常の何気ない報告でいいから毎日レイカ殿下に手紙を送れ。」
何気ない毎日のコルちゃん達の報告の中でも、レイカさんなら何か気付くこともあるかもしれないという意味だろうか。
軽く首を傾げつつ頷き返す。
「はい・・・分かりました。」




