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「シルくん。ちょっと来てくれる?」
馬足が先頭から落とされて、完全に止まってしまってから、ミーアからこちらに声が掛かった。
クイズナーと馬を降りて向かった先には、サヴィスティン王子の身体が縛り付けられた馬がいた。
「ラチットがね、心臓が完全に止まって魔石化したって言うのよ。」
そうなると、蘇生の可能性は全くなくなる。
「亡くなったことを、主要メンバーで確認しようってことになって。それでシルくんにも立ち会ってもらうべきだと思って呼んだのよ。」
「・・・それは、カダルシウス側の人間としてか?」
慎重にその意図を問いただしてみると、ミーアはほろ苦い顔で頷き返して来た。
「そうしとけば、シルくんが王都や王宮に入る理由が出来るでしょ?」
「・・・偽名で入国しているが?」
今ミーア達と行動を共にしている大きな理由は、実はそれだ。
まあ、レイカがカディと名乗って聖女様の侍女として入国していることも問題だが、それは“王の騎士”が招いたとか、適当な後付けの理由を出して来れるものなのかもしれない。
「いーわよ。用意すれば良いんでしょ? シルくんを私が特例でカダルシウスから入国させた理由を。」
それは、そんなに簡単に用意出来るものなのだろうか?
カダルシウスとエダンミールは友好国扱いなので、国境検問はかなり緩いものだったが。
「あれ?っていうことは、パディちゃんは? 何者?」
不意にそれに気付いた様子のラチットが口を挟んで来る。
「あー、パディな。」
これは流石に勝手には答えられない。
「レイカが前の旅で出会った知り合いだそうだ。」
適当に目を逸らして誤魔化してみたが、ラチットとミーアの冷たい視線が突き刺さる。
「・・・まあ、それは良いとしましょうか。それより、カディちゃんよ。ラチットが言うには、ピアスする前のシルくんやクディも相当だったみたいだけど、カディちゃんの魔力は桁違いなんですって。」
「そ、量も色も質も、大体何で魔王なのに聖なる魔法が使えるんだ?」
規格外過ぎるレイカの魔法力はエダンミール人にさえ、理解を超えているのかもしれない。
「中身が寵児だからだ。」
隠したところで、これは知られてしまう事実だ。
「古代魔法の禁呪を使って、元の身体の持ち主が中身だけ異世界に逃げた。そのとばっちりでその厄介な身体に招き入れられたのが、彼女だ。」
「・・・それは、カディちゃんにとっては紙一重な話なのかもなぁ。」
ラチットは正しく理解してくれたようだ。
「えーでも、無尽蔵に魔力を生み出せる魔王の身体よ? どうせ入れ替わるならその方がお得でしょ。」
「こうして色々と厄介ごとが付随してる上に、本人は制御下手で魔法を自在に操るとは程遠そうだぞ?」
そう正直にレイカの魔法事情を明かしておくと、ミーアも流石に苦笑いで察したようだ。
「さて、王家の求める魔王の役目は何なのやら。その魔王を生み出す為に、この王子さんは犠牲になったんだろうな。生まれて来ることも出来なかったのに、身体だけ葬って貰えずに利用されてた訳だ。お可哀想に。さっさと死亡確認して貰って燃やして貰えると良いよな。」
ラチットのまとめに、誰もが同意するように小さく頷いた。
そこへパタパタと場違いな音が聞こえて、伝紙鳥がこちらに飛んで来る。
手の中にパタリと落ちた紙は誰から送られて来たものか分からないが、ここでは開きたくない。
数歩下がったこちらに、ミーア達も少し離れて立つヘイオス隊長も分かっていて知らん顔をしておいてくれるようだ。
クイズナーが前に出て隠してくれている間にサッと開いてしまうことにする。
そこには整った字で、パドナ公女から迎えを寄越す旨が記されていた。
具体的なことは何も書かれていない手紙だったが、パドナ公女はこちらの動きを把握しているのだろうか?
今彼女が何処にいるのか、どんな状況下にいるのかも分からないが、手札は多い方が良い。
手紙から目を上げると、こちらを見ているミーアと目が合った。
その微妙にじっとりした視線に、口元が苦くなる。
「パディからだ。」
「あーパディちゃんね。あの子は何処にいる訳?」
世話話の延長のように訊いてきたミーアに、やはり苦い笑みが浮かぶ。
「さあな。正確には分からないが、王都だろう。」
「・・・ふうん。」
何か意味ありげに相槌を打ったミーアが更に口を開こうとしたところで、街道の先から駆けてくる馬が目に入った。
何となく目で追っていると、その馬はこちらを避けて通り過ぎて行くかと思えば、徐々に速度を落として目の前で止まった。
馬から降りて来たのは、何処かの騎士服を纏った若者で、よく良く顔を見たところで声が漏れた。
「フィー?」
パドナ公女の護衛として共に王都まで旅したが、騎士服を身に纏って髪を整えただけで、随分と印象が変わった。
「シル様。王都までご案内しますのでお急ぎ下さい。」
そんな言葉を掛けてくるフィーに、目を瞬かせてしまう。
「パディから言われて来たのか?」
「ええ、まあ。ところで、お急ぎになったほうが宜しいかと存じますので、説明は移動しながらで宜しいでしょうか?」
また馬に乗ろうとしながら言ってくるフィーに軽く首を傾げてみせると、少しだけ眉を寄せた難しい顔をされた。
「シル様の大事な方が、昨晩から王宮にお入りです。一刻も早くお越しにならなければ、手遅れになります。」
気を取り直して説得に入ったフィーは、深刻な様子だ。
「どういう意味だ?」
途端にフィーは、チラッと周りを窺って続けるべきか一瞬迷ったようだ。
「王宮の実権を握っているのは、王太子殿下です。シル様の大事な方が王太子殿下に捕まってしまえば、無事には済まないでしょう。」
フィーの口からはっきりと出て来た王太子という言葉に、こちらの顔が強張る。
「やはり王太子が全ての裏に居たということか?」
少し声音を落として聞き返すと、フィーはそれには答え難そうに目を逸らした。
「全てが何を指すのかは分かりませんが、昨晩の時点で件の方は王太子殿下を出し抜いて逃げ出されたようです。ですが、いつまでもという訳にはいかないはずです。」
出し抜いて、その一言にホッとすると同時に急ぐ理由には納得が行った。
「だが、駆け付けて救い出す算段は?」
何処までを手助けしてくれるつもりがあるのか問うつもりで続けると、フィーは目を細めて不機嫌なのような困ったような微妙な顔になった。
「我が主人が出来るのは、王宮内へお招きすることまでです。後は、お身柄を確保されて逃げ出されるなり、そちらでお考え下さい。」
なるほどという返事が返って来た。
「分かった。それで十分だ。急ごう。」
そう返してからこちらをジッと窺っていたミーアに視線を移した。
「悪いが先を急がせて貰う。ここからは別行動で頼む。」
「・・・シルくん。確かに、私じゃ王都には入れても王宮には入れてあげることは出来ないわ。でもそれだと、シルくんに何かあっても“願い”が手を貸して何とかしてあげることは出来なくなるわよ?」
パドナ公女がどうやって王宮内に招き入れてくれようとしているのかは分からないが、彼女はメルビアス公国の公女という公の立場を持つ人ではあるが、エダンミール内で何か力を持つ訳ではない。
エダンミールの王宮内で身を守るなり抜け出したりするなら、国内で発言力のある魔王信者団体からの擁護がある方がまだ相手への牽制になるかもしれない。
「では、どうすれば良い?」
エダンミールのことはミーアに聞いた方が早い。
「“王の騎士”だったファラルさんにまだ“王の騎士”のフリをして貰った上で、“願い”本部に顔を出して関わりを作って貰う。それからなら、“王の騎士”権限で“願い”の一員であるシルくんを王宮に入れることが出来ると思う。」
スピード感は遅れるが、それも一つの手なのかもしれない。
ただ、ここにいるファラルが上手く“王の騎士”を演じられるのか、また信じて貰えるのかは鍵になりそうだ。
「確かにそれなら王宮には入れるかもしれないが、国王を操れる王太子から件の方を取り返すことや守ることは出来ないのではありませんか? シル様は、カダルシウスの王子としてその場に居られた方が宜しいのでは?」
驚くほど理知的に語ったフィーには驚いてしまった。
ただの公女様の護衛で、伝言係だと思っていたが、本当はそうではなかったのだろうか。
「ミーア。これは私個人の借りで良い。ファラルを“王の騎士”扱いで“願い”に連れて行って欲しい。それから、“王の騎士”のフリをしたファラルと共に王宮にいるレイカと私を訪ねて貰いたい。」
レイカを取り戻すならカダルシウスの王子としての立場があった方が良いが、レイカの目的を果たすには、恐らく“王の騎士”と一緒でなければならない筈だ。
「その時、私がレイカと合流出来ているか分からないが、ファラルは本当の“王の騎士”が何処にいるのか知っている筈だ。レイカと本当の“王の騎士”を引き合わせたい。」
そこから何が起こるのかは分からないが、後は成り行きに任せて、最後にはレイカと共に無事にカダルシウスに帰還出来れば良い。
「それじゃ、私がシルくんを訪ねる理由は、“願い”がシルくんと関わりが出来たからだと言い切って良いわね?」
「それが代償なら、仕方ない。」
カダルシウスの王子が魔王信者団体“魔王を願う会”と関わりがある、つまり個人的に賛同していて擁護しているということになるわけで、宜しいはずがない。
だが、それでレイカをエダンミールの闇から守れるのならば、父上や叔父上も容認してくれる筈だ。
後は、“願い”の会長と話して自分の名前を勝手に利用するなと釘を刺すしかない。
「じゃ、決まりね。」
ミーアの声を合図に、クイズナーと共に急いで馬を取りに戻ることになった。




