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「では、君自身の名前がファラルなんだな?」
“王の騎士”ファラルが抜けた身体で目を覚ました男は、“王の騎士”はジジ様であり、ファラルは自分だと語った。
昼時兵士達から携帯食を譲って貰いつつ、少しだけ速度を落として馬を走らせるのだが、その間にファラルと話をしてみようと思ったのだ。
「ええそうですよ。我が公爵家には、時折長命の者が生まれるんですが、その者達がジジ様を迎え入れて“王の騎士”として国王にお仕えして来たんです。だから正確には、ジジ様を迎え入れた者が“王の騎士”なんですけどね。」
ラスファーン王子とサヴィスティン王子の関係性を聞いていたから、中身の入れ替わりというものがあるのだと理解出来たが、もしもそんなことは知らずに彼の話を聞いていたら到底納得できなかっただろう。
「では、君は長命種なのか?」
チラッとこちらの話を聞いている筈のクイズナーに目を向けてしまったが、淡々とした読めない表情をしていた。
「ああ、そうですね多分。一般的には長命種って歓迎されないんでしょう? でも、我が家は別なんですよ。なるべく途切れずにジジ様にお身体を提供しなければいけないので、長命だと分かった子供はすぐにジジ様とお会いするんです。」
何でもないことのように言うファラルだが、それは、彼の家に生まれた長命種の子供達が代々ジジ様とやらの器として犠牲になって来たということなのではないだろうか。
そこまでして引き継がれていくジジ様の器の価値とはなんなのか。
エダンミールの闇は多岐に渡っていて、根深そうだ。
「“王の騎士”の役目とはなんなのだ?」
これを訊いて答えてくれるかどうかは賭けだが、訊かずにはいられなかった。
「王の側で魔王を探し続けること。」
真面目な顔でそう答えたファラルに、頭を抱えたくなった。
何故、そうも魔王に拘り続けるのか。
いつもそこで話が躓いてしまう。
だが、それはもしかしたら偶像的な魔王ではなく、何か明確な役目を求めていて、それが出来る者を魔王と呼んでいるのではないだろうか。
では、エダンミールが魔王に求めている役割がそもそも何なのかということだ。
恐らくそれは、建国の時に建国王だった魔王が出来ずに暗殺されてしまって未だ残っているエダンミールにとっての懸念事項に起因するのではないだろうか。
それは、今の自分の立場としては知らずにおくのが正解だと思うのだが、その役割を求められるのがレイカならば話は別だ。
レイカに何を求めていて、その役目をレイカが果たすとレイカはどうなるのか。
知らずにいられる筈がなかった。
今も正に、エダンミールの闇に真正面から突っ込んで行こうとしているレイカが何処かで躓いた時に、身動きが取れなくなったその時に、割り込んで救い出すのは自分の役目だと決めたからだ。
「もう一つだけ知っていることを話すとしたら、我が公爵家は王家の某系なんですよ。ジジ様と時の女王様の子孫が紡ぐ家系で、ジジ様が女王様を愛した所為で役目を果たさなかったから、その結果を見守り、いつか時が来てジジ様が役目を果たす時に手助けをするのが存続理由なんですよ。」
ファラルの告白には、また更に頭を抱えたくなった。
何処の国でも王家を陰ながら支える家系というものが存在する。
それは、表に出せない様々な役割を担っていて、特殊な技能を受け継いでいたり他人には言えない役割を果たしていたりで、それがなければ王家が存続出来なかったりするのも事実なのだ。
分かっていても、今のところ日の当たる場所で王族をしている身としては、グッと胸に来る話だ。
それはともかく、今聞いた話を纏めると、エダンミール王家には建国の頃に遡る何かの秘密があって、魔王の役割を果たせる者を求め続けて来た。
その秘密は恐らく許されざる何かだった為に、寵児の仮名ジジ様が遣わされた。
だが、そのジジ様は時の女王と恋仲になって、その秘密に関わる何かの役割を果たさなかった。
その代わりに女王との間に子孫を残してその子孫と共に、やはり魔王の条件を満たす者を待ってエダンミールを見守り続けた。
「いや待て。そうなると、君達のジジ様は、まだ生きているということか?」
途端にファラルが少し怪しげな顔付きになってこちらをジッと窺うような目を向けて来た。
「そうだと言ったら?」
少しだけ皮肉げな面白がるような顔付きだったが、嘘を言っている訳ではなさそうだ。
頭の中が混乱して来る。
「寵児は長命なのか? ・・・いや、そんなことはない筈だ。」
直ぐに浮かんだのはレイカの顔だ。
胸の奥がギュッと締まって、痛んだ。
「それにしてもあの人の魔力、凄いですね。」
唐突にそんなことを言い出したファラルに目を戻すと、夢見るようなうっとりした顔になっている。
「僕達は、ジジ様を受け入れると眠ってしまうんですけど、ジジ様が次の身体に移ると目を覚ますんです。そうすると、ジジ様が自分の身体にいた間の記憶を共有出来るようになるですよ。」
だから、それ以降も不都合なく生きて行くことが出来るということだろうか?
「魔王の身体に寵児の中身。それも極上の、誰もが惹かれる綺麗な魔力が溢れるように満たされてる。ジジ様が、あの人に託そうとしてるのも分かりますね。何でも出来そうだ。でもあの人、これから生きて行くのが大変なんじゃないかな? どんな使命を負わされているんだろうか。」
ファラルの言葉に、眉を寄せて身を乗り出してしまった。
「どういう意味だ?」
「・・・うーん。これは、寵児の秘密みたいだから、僕からは言えないですね。あの人本人に聞いてみれば、教えて良いことは話してくれるんじゃないかと思いますよ?」
そんな風に中途半端に話を切られてしまったが、レイカの秘密主義の根底はこの辺りにあるのだろう。
何かを抱えているのは知っていたが、それはレイナードと入れ替わった話をしてくれた時に、ある程度までは明かしてくれたと思っていた。
まだそんな重い事情を抱えているとは思わなかった。
それは、誰を好きだとかそんな話に簡単に踏み切れなかった訳だ。
「ジジ様の望みを果たす為に、我が家もあの人の手助けがしたい。ですから、僕は貴方に付いていくことにします。ジジ様の記憶から、あの人を助けに行く貴方のお手伝いが何か出来ると思います。」
その申し出は正直有難いが、ジジ様の望みが何なのかは早いうちに把握しておきたいところだ。
「分かった。宜しく頼む。」
一先ずそう返事をしてから、チラッとクイズナーを振り返る。
と、やはり微妙に苦い顔付きで何か考えているようだった。
その内に前列から食事休憩の終わりと、速度を上げる伝達の声が回って来た。
「シル。一言だけ。」
そうそっと声を掛けて来たクイズナーを振り返る。
「あの方、かなりのお人好しですから、早く合流して沼から救い出した方が良さそうです。」
クイズナーのその一言には賛成だ。
エダンミールはそれは闇深くある意味可哀想な何かを抱えているのかもしれないが、その全てをレイカが抱えてやる必要はない筈だ。
最低限、そう最低限の援助をしたらきっちり取り返してカダルシウスに連れて帰る。
そして、この腕の中に抱えられなくとも、彼女に伸びてくる汚い手を横から払い落とすくらいはして許される筈だ。
「そうだな。迎えに行こう。」
話はそれきりになったが、気持ちがすっと切り替わった。
自分達の目的は、エダンミールの援助でも裏事情の把握でもない。
何やら一仕事あるレイカのお迎えと、エダンミール側からの賠償を受け取ることだ。
速度を上げ始めた前列に続いて、街道を速度を上げてエダンミール王都を目指して走り始めた。




