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「ケインズさん! 部屋のほうは問題なかったですか?」


 朝一番、昨晩の内に知らされていた第3騎士団の食堂に足を踏み入れると、イヴァンくんに声を掛けられた。


「ああ、おはようイヴァンくん。部屋を大急ぎで用意してくれたのはイヴァンくんだったって聞いたよ。」


 夕方第三騎士団への泊まり込みが決まってから、急いでサークマイトの檻を入れられる広さの独立した個室の用意がされたそうだが、それを引き受けてくれたのがイヴァンくんだと聞いている。


「ありがとう、お陰様で聖獣様達も檻の向こうとこっちで寄り添うみたいに仲良く休んだみたいだ。」


 感謝を込めて微笑み掛けてみると、途端にイヴァンくんは照れ笑いを返してくれた。


「いえ、ケインズさんと聖獣様のお役に立てて良かったです。それに、ベックリーも手伝ってくれたので、全然平気でしたよ。」


 ここで出て来た弟の名前に目を瞬いてしまった。


 忘れがちになってしまうが、弟のベックリーは第3騎士団のなりたて騎士だ。


「そうか。逆にベックリーがいつもお世話になってます。」


 兄として頭を下げてしまうと、イヴァンくんは慌てて手を振った。


「いいえ。ベックリーは一個下の後輩なんです。」


 確かに、イヴァンくんとの歳の差はそのくらいになりそうだ。


「これまでは、隊が違うからそれ程接する機会がなかったんですけど、団長命令でケインズさんがウチにいる間は、ベックリーはウチの隊に出されることになったんですよ。」


「え?」


 これには驚いて声も大きく聞き返してしまった。


 ちょっと待って欲しいという展開だった。


 ルーディック団長は、自分を何だと思っているのだろうか?


 というより、コルちゃんの方を気にしているのなら納得出来るのだが。


「聖獣様が一緒だからな。」


 冷や汗をかきつつそう返すと、イヴァンくんはコテンと首を傾げたようだった。


「あ、ところでケインズさん、ウチの食堂は要注意ですよ。日替わり定食以外頼まないで下さい。」


 そんなことを真顔でボソッと耳元で囁くイヴァンくんに、今度はこちらが首を傾げると、苦笑いを返された。


「料理長、俺達で密かに実験してるって噂があるんですよ。特定のお気に入りに特別料理を出してくれるんですけど、それで筋肉はどうだとか、少し身が締まったかとか確認してくるらしくて。そしてその特別料理の味が時折酷いって話しなんですよ。」


 それは、何というかちょっと怖いかもしれない。


 いつも勇敢な騎士達でも、特別にと言われて食事に得体の知れないものを混ぜられたりするのは怖いに違いない。


「そ、そうか。」


 それから言われた通りに日替わり定食を頼んで、料理長に目を付けられないようにそそくさと席に着いて朝食をとり始めた。


 日替わり定食のお味は、まあ可も不可もなく普通だ。


 第二騎士団ナイザリークの食堂に比べると若干庶民食寄りな料理かもしれないが、それ程違和感はない。


 身構える程のこともなく食べ終えると、部屋に戻ることにした。


 部屋に戻ると用意して貰っていたコルちゃん達用の餌をそれぞれのトレイに入れてまずは檻のすぐそばで寄り添うコルちゃんの前に、もう一つを檻の扉を開けてそっと差し入れる。


 外に出す許可はないので、食事も檻の中で与えることになる。


 今日中には魔法使いの塔から結界を張れる魔法使いが来て、この部屋に魔法防御と逃亡防止の結界魔法を施してくれることになっている。


「コルちゃん、中の子にも食べるように言ってくれるか?」


 そっと頭を撫でつつ声を掛けると、コルちゃんはこちらを見上げてキュウッと啼くと、檻の中にツノを差し入れて中のサークマイトとツノを絡ませ合う。


 具体的にその行動の意味は分からなかったが、きっと愛情表現の一つなのだろう。


「仲良しで良いな。」


 そんな言葉が口からこぼれ落ちて、思い浮かぶのはレイカさんの姿だ。


 出会った時はあのいけすかないレイナードの姿だった。


 それなのに、ある日突然人懐こい弟分のようになってしまって、始めは嫌々だったのに、気付けば面倒をみずにはいられない存在になっていた。


 それから、いきなりそのレイナードが女性化してしまったレイカさんから事情を知ることになった。


 その時は、正直どう接して良いのか分からなくなりかけたが、オンサーさんが中身は少し前に入れ替わっていて自分達が親しくしていたその人のままだと、だからこれまで通りで良いと話しているのを聞いて、確かにその通りだとレイカさんという存在を受け入れられた気がした。


 それからレイカさんが好きだと自覚するまでに時間はかからなかった。


 レイナードの姿でいた時は変な思考回路と言動をする奴だと思うことが度々あったが、異世界から来た女性のレイカさんだと分かった途端に全てがピタリと嵌まり込むようにしっくり来るようになった。


 そして、そのどれもが可愛いと思えるようになって、それなのにランバスティス伯爵やシルヴェイン王子が囲い込み始めたところから、手を伸ばしてはならない存在だと半ば諦めの気持ちも湧いた。


 死に掛けて命を救われてからは特に、皆にとって特別に大事な人なのだと思うようになった。


 そんな時に呪詛を受けたレイカさんを皆は遠巻きに困ったと溢すようになったが、自分にとっては側に近寄っても許される猶予期間になったように感じた。


 レイナードの姿に見えても、レイカさんの温かな魔力が見えるようになっていたお陰で、レイカさんとして捉えられるので違和感はなかった。


 旅に出てからは逆にレイナード扱いの方が難しく、護衛として雇ったリックさん達に違和感を持たれないように頑張る必要さえあった程だ。


 そして、旅の折り返し地点、大神殿でまた姿を変えたレイカさんは、可愛くて愛おしくて、自制を働かせるのに随分頑張った場面がいくつもあった。


 そして、帰還した王都で、レイカさんは文字通り救国の聖女になり、そして王女として王家に迎え入れられた。


 前々からシルヴェイン王子に好意のあるレイカさんのことを、ここで諦めようと、諦められると一時は思ったが、やはり愛おしくて大事な女性ひとだという気持ちはなくならなかった。


 特に周りに渦巻く思惑を耳にして、それに振り回されそうになっているレイカさんを放っておけないと、助けになりたい、守りたいという気持ちはもっと強くなったような気がする。


 レイカさんを守れる人間に、どんな形でも側にいられる自分になりたいと願って、隊長達の後押しを貰えることにもなった。


 その為に精一杯頑張ることと、何よりレイカさんに側にいて守ることを許して貰えるように、今の内から関わりを持っていたい。


 それにコルちゃん達を利用するのは少々気が咎めたが、隊長達からも手紙を出して良いと問答無用の後押しも貰えたし、必要なことだからと自分への言い訳も出来た。


 後はどう書くかだが、時折仲良く見つめ合いながら餌を食べる二匹を目にして、気持ちがふっと緩んだ。


 という訳で部屋の小さなテーブルで、悩みながら書き始めた手紙は、何故か迷い迷った挙句、かなり硬めの丁寧な書き出しで結局は状況説明が主体の事務連絡のような手紙になってしまった。


 これまで家族以外の女性に手紙など書いたことがないことが災いしたのかそんな出来上がりになってしまったが、次回からは少しはさり気なく気持ちを乗せたような上手い手紙を書けるようになりたい。


 これにも努力が必要になりそうだ。


 そんなことを考えつつ手紙を畳み終えたところで扉が叩かれる音が聞こえて来た。


「はい!」


 返事をして扉を開けに行くと、扉の向こうには王城魔法使いのマニメイラさんとコルステアくんともう1人若い魔法使いが立っていた。


 レイカさんがコルちゃんを迎えた時も様子を見に来ていたマニメイラさんにはちょっとだけ面識がある。


「おはようございます。第二騎士団ナイザリークのケインズ様。」


 そう少しだけ戯けた様子で挨拶してくれたマニメイラさん達を、こちらも笑顔で迎える。


「王城魔法使い様方、お手間をお掛けします。どうぞお入り下さい。」


 ゾロゾロと入ってきた3人は、早速檻に近付いていて、コルちゃんが立ち上がって警戒の目を向けている。


「コルちゃん、大丈夫だ。その子の為に結界を張ってもらうんだよ?」


 そう言い聞かせるように話し掛けると、コルちゃんが眉下がりにこちらに助けを求めるような目を向けて来ました。


「へぇ、本当に普通のサークマイトなのにね。王女殿下の聖獣様の彼女なのかしらねぇ。」


 そんな台詞を無遠慮に口にしたマニメイラさんに、口元が苦くなる。


「彼女、なの? ケインズ。」


 今度はコルステアくんだが、彼は流石に何か分かっているのか、檻を無遠慮に覗き込むようなことはせず、少し離れた位置からコルちゃんの方を眺めている。


「さあ、分からないですけど、仲良しなのは間違いないと思います。」


 先日のこともあり、何となくどう話していいのか分からなかったが、必要なことだけ返すと、向こうも黙って頷き返して来た。


「あの、聖獣様も元はあんなサークマイトだったんですよね?」


 もう1人の若い魔法使いが躊躇いがちに話し掛けて来た。


「そうよぉ。王女様に出逢って王女様の魔力に染まって進化するまでは、ただの凶悪なサークマイトだったからね。」


 ほろ苦い顔で言うマニメイラさんの言葉にはそういえばそうだったと肯いてしまう。


 檻の中のコルちゃんに凶悪な目で睨まれたことが、確かにあった。


「さて、とにかく結界張りましょうか。」


 マニメイラさんの号令で、3人は部屋の隅に魔石を置いて準備を始める。


「コルステアくんが張る?」


「いえ、オルヴィンにも手伝わせようと思います。」


「はい。王女殿下の聖獣様の為に、頑張ります!」


 コルステアくんとオルヴィンくんという新人くんが結界魔法を展開するようだ。


 2人の呪文詠唱が聞こえて、結界展開はあっという間に終わったようだ。


 コルステアくんは四方を見渡して結界の完成状態を確認してから、こくりと頷くとこちらを向いた。


「ケインズ、上手く張れてると思うけど、しばらくは様子見をして気を付けておいて。」


 コルステアくんに声を掛けられて頷き返す。


 と、マニメイラさんとオルヴィンくんが檻にまた近寄っていく傍ら、コルステアくんはこちらにそっと近寄って来た。


「この間はごめん。ケインズの気持ち、良く考えてなかった。父上にも怒られて、反省してる。」


 ちょっと素直になれない難しいお年頃のコルステアくんのことは、レイカさんも苦笑いで流しつつも可愛がっていた。


 最近では、かなりお姉さん大好きな弟に落ち着いていたからこそ、レイカさんの為にと暴走してしまったのだろう。


「ううん。伯爵からも謝罪して頂いたし、状況も少しだけ聞いたから。」


「うん。どうせおねー様のこと盗られるなら、おねー様のことを誰よりも大事にしてくれる奴じゃなきゃ嫌なんだ。いつも強気で偉そうに笑いながら周りを振り回して、でも誰よりも優しいおねー様が泣いてるところなんか見たくない。」


 それは分かる。


「うん、そうだよな。レイカさんは誰よりも幸せになるべき人だ。」


 自分がそうしたいとはまだ口に出しては言えないが、密かに目指す目標にすることくらい許して欲しい。


「また、あのサークマイト達を見に来がてら、話しに来ても良い?」


「ああ、勿論だ。」


 コルちゃんとサークマイトのことも勿論だが、レイカさんのことを案じる気持ちを誰かと共有出来るのは、正直とても助かる。


 ふと目に入ったレイカさんへ送る予定の伝紙鳥が帰って来たら、内容に問題がなければコルステアくんに見せるのもいいかもしれない。


 そう思うとふと口元に笑みが浮かんだ。

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