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「我が君!」


 唐突に響いたノワの叫び声に、驚いて肩に視線を向けると、いつになく真面目な顔のノワが真っ直ぐ指差す先に、黒い人影が見えました。


 久々にご対面のあちら方の魔人さんですね。


 急に暗くなった空と吹き付ける突風、バンフィードさんとリーベンさんが風を切ってこちらに向かって来ようとしているようですが、これはこちらの会話を邪魔させない為の妨害で、他に被害が出る前に用件を聞き出した方が良さそうです。


「久しぶり。真っ直ぐ私目指して来るのは初めてだよね? 用件は?」


「お迎えに上がりました。」


 抑揚のない声でしたが、何かを堪えるような瞳が見えた気がしました。


「慌てなくても向かってるのに。王都で待っていてくれれば良いわ。」


「いいえ。一刻も早く始めるべきだと。」


 これは、何をと聞けばいいのか、誰がと聞くべきか。


「貴方の契約者が?」


「・・・いいえ。」


 そう答えた魔人の声は少しだけ震えていて、いつかのようにこのまま泣き出してしまうのではないかというくらい頼りない声でした。


「今すぐのご招待は無理なので、待っていて下さいっていうのは?」


「保ちません。双子の王子の身体は、今すぐ魔力循環を切り離さないと、両方とも心臓が止まって腐敗してしまいます。」


 そこまで切迫した事態になっていたとは。


 というか、サヴィスティン王子の身体に入ったラスファーン王子をエダンミールは本当に始末しようとしていたのですね。


 ただ、本体もそこまで切迫した状態だったとは、あちらも予想外だったのでしょうか?


「それじゃ、ラスファーン王子を連れて即行でそちらに向かう手段があるということ?」


「双子の王子は、腐りかけの身体を捨てれば直ぐに戻れます。」


 ただ、そうすると入る身体はあるのでしょうか?


「本体には貴方が入っているのではないの?」


「いいえ。私には元から双子の王子の身体は必要ありませんでした。」


 そうだろうと思っていましたけどね。


「良くわからないのだけど、貴方の契約者は? そして、誰が私を何処へご招待したいの?」


「私の契約者は・・・厳密にはこの世にもう生きておられません。この招待は、ある方と私が望んでおります。双子の王子のラスファーン王子の本体のある場所までお連れします。」


 質問には漏らさず答えてくれましたが、どうにもすっきりしない回答でしたね。


 ただ、拒否出来るものでは無さそうですね。


「そんなの、選択肢なんかないようなものじゃない。」


 答えたこちらに魔人は満足してしたのか、一つ頷き返して来ました。


「では、降りて来た翼竜にお乗り下さい。きちんと調教されておりますので、手綱を掴んで跨っていて下されば、真夜中頃には到着致します。」


 当然のように告げられた言葉に、顔が引きつります。


「え? 一人で? 竜に乗るの?」


「はい。スピード重視で一人乗りでのご利用をお願い致します。」


 何でしょうこの、テーマパークの乗り物の乗車前アナウンスみたいな台詞は。


「一人で? 怖いんですけど。」


 その間にも着地体勢に入っている翼竜さんは確かに一匹だけですね。


「試作騎ですので、一匹しかご用意出来ておりません。」


「へぇ、試作なんだぁ。本当に大丈夫?」


 諦め悪く溢してしまいますが、これは例の黒幕様の策略的ご招待なんでしょう。


 そして、断ることも出来ないし、たった一人で乗り込むこと決定なんですね?


 頼れるかどうかはともかく、ラスファーン王子は戻ってくれそうですが、ファラルさん無しでは何をどうして良いのやら分かりませんが?


「ご安心下さい。翼竜は貴女を落としたりは決して致しません。それに、貴女様には魔法があります。」


 それはまあ、いざとなればそうですけど。


「彼を退け、全てを正すことが出来るのは貴女だけです。ずっとお待ち申し上げておりました。」


 これまた、意味深なことを言い出しましたね。


「ふうん。まあ、遅かれ早かれこの展開は見えてたことだよね? ノワ。」


「ええ。守りが薄いことは残念ですが、実際には壁がどこまで役に立つのかという問題でもありましたからね。逆に足手纏いになるくらいなら、すっぱり置いて行きましょう。」


 言いましたねウチの魔人様。


「分かった。それじゃノワはずっと付いてきてくれるってことだよね?」


「ええ。エダンミールの現状は、過去の私にもほんの少しだけ責任があるような気がしますからね。きちんと我が君をサポートしつつ見届けます。」


 そう聞き捨てならない台詞がサラッと付け加えられましたね。


「ちょっと待て、何で今こんなところでいきなりカミングアウトしてくれてる訳? 主人の私は下僕のあんたの過去の尻拭いもさせられる訳?」


「ふふ、仲良し主従ですね!」


 ハートマーク付きな弾む口調が無性にムカつきますが、パンチもデコピンも魔法も華麗に回避してきますからね。


 覚えてろとひと睨みしてから、丁度隣に降り立った翼竜さんに向き直りました。


 着陸の余波で周りの皆さんは漏れなく吹き飛ばされたようですが、何故かこの場所だけ無風無衝撃でしたね。


 魔人さんの干渉でしょうか。


 仕方ないので姿勢を低くしてくれている翼竜によじ登って鞍に跨って手綱を掴みます。


 エールに何度か乗ったことがあって良かったかもしれないですね。


 と、周りの皆さんに声を張り上げて事情を話そうとしたところで、バンッという衝撃音と共に、あっという間に上空に飛び上がっていました。


 途端に身体にかかるGに悲鳴を上げながら俯いていると呆れ声のノワさんの風魔法が聞こえて来て楽になりました。


「学習機能、何処行きました?」


「う、煩いよ。エールより速く飛ぶし風圧酷くて、息が詰まって首折れるかと思った。」


 そこからは、暮れゆく夕日を眺めつつ、灰色に沈んでいく不毛の大地のようなゴツゴツした地表を眺めている時間になりました。


「ノワ、そう言えばファラルさん抜きのスタートで本当に良かったの?」


「ああ、それなら大丈夫ですよ。ファラルも奥の手を使えば瞬時に戻れますからね。ただ、その後身動きが取れなくなるだけで。」


 にこにことそんな何も良くない話をしてくれるノワには深々と溜息しか出ません。


「それなら、慌てずに帰って来て貰った方が良いじゃない。」


「いいえ。最後はどの道あの身体は邪魔にしかなりませんからね、ない方がかえって良いかもしれません。」


 またこちらの分からない話を始めましたね。


「我が君、これからのエダンミールでの色々には、カダルシウスの者達は関わらない方が良いんですよ。一緒に到着したとしても、我が君だけが連れ出された筈です。その上で、閉じ込められたカダルシウスの者達を人質に交渉でもされたら、我が君は断れないでしょう? 結果として、これから先行スタートしといた方が良かったという話に落ち着きますよ。」


 そう言われるとそうかもそれないとも思いましたが、何というか今回のエダンミール行きは、ノワに良いように誘導されて、こき使われに来てしまっただけのように感じるのは気の所為でしょうか。


「我が君、敵地に入る前に一つだけお約束を。実は割と無敵な我が君にも、一つだけ弱点があります。」


 神妙な顔で言い出したノワに、嫌な気分になりつつ目を向けます。


「え? 無敵じゃないでしょ、全然。」


 物理的に物凄く弱いことくらい知ってます。


「お気付きでない、と。本当に我が君は、可愛い方ですね。」


 最後の一言に心の中で、おバカでって枕詞付けてることには気付きましたからね!


「さて、それでは神々の寵児と言われる異世界転移者について、ちょっとだけお勉強の時間です。」


 何故か小道具としてノワの鼻の上に小さな小さなメガネが装着されましたね。


「異世界から呼ばれてやって来る転移者は、世界に降り立つ前に魔人と条件交渉の時間が取られます。あれです、中身だけセコク入れ替わった我が君にはなかったやつですね。」


 最後の一言絶対要らないですよね。


「その条件交渉の際に、大抵外見補正や能力値上昇が入ったりする事情もあって、転移者の皆さんは元の自分の身体のままではなく、こちらの世界で魔人が世界に吐き出される時のように、身体を作り替えて出現させるんですよ。」


 それは確かに、言われてみるとそうなってるでしょうね。


「そういった事情で、勿論元の世界には戻れないと初めに了解を得ています。」


 なるほど、と半眼になってしまいました。


「それって、呼ばれて魔人と話したけど、やっぱり嫌だって没交渉になる場合もあるの?」


「条件で絞り込まれた上での呼び出しなので、ほぼないですけどね。過去には稀にあったとか? まあ流石にそこまでは知りませんが。」


 最後ちょっとだけ目を泳がせたノワを見る限り、交渉時には良いことばっかり並べ立てて納得させてたんでしょうね。


「話を戻しますが、そんな訳で身体を作り替える時に、ちょっとした祝福として聖なる魔力を使い尽くす、つまり使命を果たし終わるまでは死なないという特性が与えられています。」


「病気とかで死なないだけじゃなくて、まさか斬られても死なないとか、ゾンビみたいな?」


 ゾッとしつつ答えると、ノワが嫌そうな顔になりました。


「我が君、例えがエグすぎです。斬られても傷口が盛り上がって元通りとか、そういう具体的な想像はやめましょう。ご飯が不味くなりますよ?」


 はい、具体的に想像させて頂きましたとも。


「ふうん。なんか知らないけど死なないと。」


「ええ。死なないんです。ところがそれにはちょっとしたイメージトレーニングが必要なんです。救世主がこんなところで傷付き倒れる訳がない!とか。」


「はい?」


 どん引きつつ突っ込んでしまうと、ノワさん作り込んだ笑みを浮かべて下さいましたね。


「んー何となく分かった気がする。それぞれのシナリオに無敵性を信じるような項目を盛り込んであるってことね?」


「我が君、純粋さを無くしたら楽しく生きられませんよ?」


 サッサっと手の甲を払う仕草で続けるように促してやりました。


「つまりそれには弱点が一つあるんです。自分の死や致命傷を受けたイメージを明確に脳裏に浮かべてしまうと、無敵性が失われます。」


「ん? それって、怪我する場面をイメージしてしまったら負傷の事実がキャンセルされないから、実際に怪我してしまうってこと?」


 考えつつそんなことを溢すと、ノワがまた嫌そうな顔になっていました。


「我が君は、妙に勘が良いんですよね。そういう仕組み本体には気付いて欲しくないのに。まあ良いですけど。そんな訳で、例えば怪我ならキャンセル出来ずに負ってしまったとしても、転移者は聖なる魔法持ちなので、時間が掛かっても大抵治せたりする訳ですよ。ところが、致命傷や死のイメージは聖なる魔法を使ったとしても瞬時には覆せないので本当に身体が死んでしまう事態になるという訳です。」


 ささっと済ませてしまったノワですが、ちょっと引っ掛かることがありました。


 が、これはまた後日じっくり追求することにしようと思います。


「ふうん。だから、何が起こっても死なないし大怪我もしないってイメージトレーニングしておきなさいってことね。」


「その通りです。」


 何でしょうかこの、世の中舐めてるのかと言いたくなるような無性にムカつく無敵感は。


「なるほどね。転移者が世界に人扱いされてない理由が分かってきたかも。」


 世界の謎を紐解く度、生き辛くなる気がするのは気の所為でしょうか。


「私ね。今回のこれが終わったら、普通に生きる普通の人間を目指そうと思います。カダルシウスの守護の要を、必要だろうが無かろうが、さっさと修復して聖なる魔法は返上する!」


 大宣言をしたところで、前方に暗がりの中にポツリポツリと灯が見えるかなり大きな集合体が見えて来ました。


 下から上までの高さがかなりありそうなので、高層の建物が乱立しているような場所でしょうか。


「見えて来ましたね。エダンミール王都ナシュタールです。」

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