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「それじゃリーベンさん、ご送付お願いしますね。」


 冷たい口調でレイカが差し出した伝紙鳥を、リーベンが乾いた笑いで受け取っている。


 レイカは、恋愛絡みにはどうしようもなく察しが悪いが、そうではない事には細かいことにも気が回って、周りの状況を良く見て判断している。


 少し追い詰められた気持ちになっていたのは確かだが、こちらの態度から正確に状況を把握されたのには何というか非常に格好が付かない状態になってしまった。


 レイカの直ぐ隣の席を確保してから、同じテーブルにキースカルク侯爵と聖女役だというニーニア、ラスファーン王子、王の騎士ファラルがそれぞれ席に着くのを見守った。


 同席した面々が微妙過ぎて、何を話題にしたら良いのか最早分からない状態だ。


 側のテーブルではミーアとラチットがぶうぶうと文句を言っていたが、聞こえなかったフリをすることにした。


 あのテーブルにはクイズナーをいかせたので、上手く話を逸らしてくれるだろう。


「あー、カディ? 叔父上にはいつもあんな強気なのか?」


 手紙の中身をチラッと盗み見たが、結構強めに非難する文体だった。


「え? えっとまあそうかもしれないです。」


「叔父上が怖くはないのか? あれでも界隈では一番恐れられる人だぞ?」


 界隈、つまり王宮であり国でと言い換えることも出来る。


「それは怖いに決まってるじゃないですか。誰をって叔父様だけは怒らせちゃダメだって知ってますよ? 大体ここに来る許可取るのに石化と凍結と磔を気力で振り切って、灼熱の焼印を捧げ待って許可証が燃え尽きる前に引っ手繰るようにして承認印貰って来たようなものなんですから。」


 婉曲過ぎてよく分からなかったが、非常に苦労してもぎ取った許可だったのだろう。


「そうか。それは済まなかったな。」


 無難にそう謝っておくと、レイカは少し眉下がりにこちらに小さな笑みを向けてくれた。


「いいえ。私も言えなかったことがまだあるし、そういう色々を整理してからじゃなきゃ進められない話だったと思い直しました。特に、シルには立場もあるし。」


 少し硬い口調になったレイカは、この細い小さな身体で、思うよりも多くのものを抱え込んでいるのだろう。


 その重荷を一緒に背負って生きて行きたいと思っていたのに、リーベンに言われて量らずしも自分の中ではもう気持ちが固まってしまった。


 それなのに、未練たらしくこうして最後の3日間をせめて独占したいというのは、身勝手な話なのだろう。


「レイカ私は。」


 思わず本音を口にし掛けたところで、パタパタと伝紙鳥が飛んで来る羽音が聞こえた。


 それがレイカの手元にパタリと落ちて来る。


 目を瞬きつつ受け取ったレイカがチラッと周りを見渡してから、今開くかどうか迷っているようだ。


「急ぎだといけないから、サッと目を通した方が良い。」


 そう小声で告げると、レイカは神妙に頷き返して来た。


 それから、もしかしてレイカとして自分宛に飛んで来る伝紙鳥を受け取るのは初めてなのかもしれないと思い至った。


 確かに、ファデラート大神殿に行かせた時も、定時連絡をクイズナーに送る時一緒に送っていたから、レイカが直接受け取ることはなかった筈だ。


 そう思い至ると、送り主が誰なのか、非常に気になりだした。


 夕方ではなくこの時間に送られて来たということは、すぐに返信が欲しい急ぎの用件の可能性がある。


 レイカは反対隣を固めるニーニアの方へ寄ってこそっと伝紙鳥を開いたようだ。


 読み進めるレイカが突然動きを止めて目を見張ったようだ。


「誰からだ?」


 気になってそっと声を掛けると、レイカが驚いたようにびくりと身体を震わせた。


「あ、えっと。ケインズさんです。今置いて来たコルちゃんの面倒を見てくれていて、それで。」


 随分と言い訳がましく続けたレイカだが、そんなに面白くない顔になっていただろうか。


 確かに、どうしようもなく面白くない。


 自分がレイカの隣を空けると言ったら、一番にそこに落ち着きそうなのは、間違いなくケインズだ。


 いい奴だというのは分かっている。


 第二騎士団ナイザリークでの勤務態度も悪くないし、将来性も十分にある。


 将来は隊長格くらいには出世もするのではないかと思う。


 性格も悪くない。


 レイカとのことを許されたら、浮気は絶対にしないだろうし、自らの持てる力の全てでレイカを守ろうともするだろう。


 レイカといつも笑い合っているような仲の良い夫婦になって、可愛いレイカを独占して可愛いレイカの子供を愛情一杯に育てて行くのだろうと想像出来てしまう。


 うん、非常に気に食わない。


「シル。ちょっとこれ見てくれませんか?」


 そのレイカが憎い恋敵からの手紙を見ろというのは、レイカの中での自分の立ち位置を大いに疑ってしまう発言だと思ってしまった。


 とはいえ、見せてくれるものは見るの一択だ。


 黙って覗き込んだ手紙には、レイカルディナ王女殿下と公式な宛名があって、どうやら恋文の類ではなさそうだ。


 内心でヨシヨシと頷きつつ、読み進めると、レイカが自分に手紙を見せた理由が分かった。


「成程、これは困ってるだろうな。」


 自分が不在で絶対に連絡を取れない状態だから、トイトニーはケインズにレイカに連絡を取って指示を仰ぐように言ったのだろう。


「帰ったら謝らないといけないな。」


 レイカの聖獣と実験用サークマイトの恋?なのかどうかは分からないが、前例のない事態にトイトニーも困った筈だ。


 最近では品行方正で、魔物らしいところの全くなかった聖獣だ。


 だからこそ、下手なことは出来ずに保護する方向に決まったのだろう。


「取り敢えず帰ってコルちゃん達の様子を見てからどうするかになるとは思うんですけど。私は、コルちゃんが望むことならなるべく叶えてあげたいと思うんです。」


「日頃の献身に応えて、か? 確かに、魔法使いの塔で出会したあの時の魔物とは全く別の生き物になったからな。」


 褒美の一つもあっても悪くないだろうが、アレの子世代がどうなるかは、ちょっと考えたくない。


 普通の魔物として生まれて来てくれるほうが有難い。


「そうだな。そこは君に任せる。」


「はい。でも、ケインズさんにはまた更にご迷惑を掛けてしまいました。」


 そこで溜息を吐くレイカに、やはりもやもやする。


「仕事だ。気にするな。」


 そう言い切ってしまった自分は、どうにもレイカの男性関係には一生寛大になれそうにない。


 諦めるしかない自分の元からレイカを攫って行く男なら、余程の者でない限り認めたくない。


「シル、何だか冷たいですよ? そういうところがパワハラ上司だって言うんです。」


 パワハラが何か知らないが、上司としてではない、兄で保護者で誰よりもレイカを愛する者としてだ。


「冷たくない。それくらいでヘタれるような奴は要らん。」


「ほら、そういうところですよもう。要らないとか言わないの、大事な人材じゃないですか。」


 口を尖らせながら言い返して来るレイカが堪らなく可愛い。


 噛み合わなくても、レイカがこちらに目を向けて答えてくれる時間がずっと終わらなければ良いと思う。


 国に戻れば、レイカも父上と叔父上の決定を聞くことになるだろう。


 そして、それを受け入れると自分が答えたら、レイカはもう許してくれないかもしれない。


 裏切られたとまた泣くだろうか。


 そうなっても、慰めることも許して貰えそうにない。


 せめて今だけでも、レイカに寄り添って愛を捧げたい。


 いつかその愛の形が変わってしまうとしても、いつまでも愛していると、いつかはそう信じて貰えるように。


「そうだな。ところで、ケインズとはどうなってるんだ? 随分と色気の無い手紙だが?」


「何を勘繰ってるんですか? ケインズさんとはこちらに出掛けてくる前にきちんと話しましたよ? シルを連れ戻してどうなるかは分からないけど、とにかく迎えに行くって言ったら、分かってくれて。お兄さん的な友人にって。そう落ち着きましたから。変なフィルター越しに見てヤキモチ妬かないで下さい。面倒臭い。」


 余りな言葉が来るが、それにしても気概が足りない。


「何だそれは。ケインズには私が返事を書く。」


 決然として言い切ると、レイカがムッとした顔を向けて来た。


「もう良いですシルは。相談して損しました。」


「いや、怒るな。あれは私も知っていた方が良かったことだ。」


 宥めるようにそっと頭に手を乗せると、ふるっと頭を振られて落とされた。


「分かった、一緒の紙に続けて書いて、連名にしよう。」


「余計なことは書かないで下さいよ。ケインズさんとはこれからも良い友人関係を続けたいんですから。」


 自分に気を遣っているのかそんなことを言い募るレイカに、苦笑が浮かぶ。


「分かった分かった。」


 そう宥めながら、今度こそ優しく何度も繰り返し頭を撫でた。


 微妙に拗ねたように唇を尖らせたままのレイカのそれを、少し音を立てて吸ってやりたいという誘惑と戦いつつ、もう二度と許されることはないのだと、胸が苦しくなった。

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