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 朝の目覚めは爽快とはいきませんでしたが、深く眠った感覚はあって、大業後の昏睡状態を回避した後とは思えないくらい、普通の朝がやって来ました。


 一々全ての行動を気遣ってくれる周りの皆さんにもうし訳なく思いつつ、さっさと馬車に乗り込んで移動が始まりました。


 いつも通り馬車の隣を警護してくれるファラルさんからちょこちょこ気遣う言葉を貰いつつ、ラスファーン王子も今日は妙に大人しくて、時折馬車が大揺れした時などさり気なく支えに手を伸ばしてくれたりと、思わぬ優しさを発揮してくれたのには驚いてしまいました。


 そんな道中、昼休憩を小さな町に寄って過ごすことになったのですが、馬車が止まって降り立った途端、シルヴェイン王子がこちらに駆け寄ってきます。


 何かあったのかと待ち構えていると、にこりと極上の笑みを浮かべてから、さっと流れるような動作で抱え上げられていました。


「え?」


 流石に、公衆の面前で色んな意味で何を堂々と構いに来ているんだろうと目を瞬かせてしまいました。


「通りに小さな食堂があるそうだ。連れて行こう。」


「はいえっと? シルに運んで貰わなくても、歩けますし。」


 物凄く恥ずかしくなって冷静を保とうと目を逸らしつつ返すと、シルヴェイン王子がすっと顔を寄せて来てスリっと頭に頬擦りしたようでした。


「私がこのまま連れて行きたいんだ。」


 昨日までより更に糖度が増した囁きに、びくりと身動ぎしてしまいました。


「ちょ、どうしたんですか? あ、あのですね、エダンミールの兵士さん達とかに、あの2人の関係は?みたいな目で見られますから!」


「見ていれば良いだろう?」


 こちらが慌てているのにもどこ吹く風、良い声で囁いて来るの、何とかならないでしょうか。


「あの、シルのあちらでの立場とか、大丈夫なんですか?」


 チラッと遠くに見えたエダンミールの魔法使い達に目を向けつつ言うと、ふっと優しく微笑み返されました。


「大丈夫だ。こちらの身元は完全にバレたが一先ず目を瞑ってくれそうだ。それに、クイズナーが上手くやる。」


 そのクイズナー隊長への丸投げ感満載な発言は、クイズナー隊長的にはどうなんでしょうか?


 後でお説教されてるところとか、ちょっと見たいような?


 とか考えていたのに気付かれたのか、再度来た頭の頬擦りと、うっかり目を上げてかち合ってしまった視線の熱さに、顔中から湯気が出そうな気がしました。


「あ、あの、シル? ちょっと近いって言うか近過ぎるんですけど?」


「バンフィードよりも近いか?」


 そこで何故出て来たバンフィードさんと脳内ツッコミしてしまいましたが、何を張り合い始めたんでしょうか?


「ピン差でシルの方が近いですけど。てゆうかバンフィードさんのはただの変態なので無害ですけど。シルのはちょっと。」


 言い淀むと、シルヴェイン王子が目を細めて口角を上げました。


「私のはちょっと?」


 そこで意地悪く追求してくるシルヴェイン王子は、久々の俺様仕様ですね。


「た、食べられでもしそうで。じゃなくて! 何なんですかもう。過保護とか通り越して壊れてないか心配になりますよ?」


 漸く落ち着いてそう言い返してみると、シルヴェイン王子が一瞬だけ何か辛くて泣きそうな顔になった気がしました。


「考えてみたら、王都までの3日間は、何の制約もない自由時間だ。その間に君とゆっくり過ごすのも悪くないと思ったんだが?」


「へぇ、ゆっくり? 私はシルがここまでべったりだと、ちっともゆっくりな気分にはなれませんが?」


 これまた正直に答えてみると、シルヴェイン王子はふっと口元を緩めて笑った。


「私は、こうやってレイカとじっくりゆっくり話す時間さえ、これまで作ることが出来ていなかったんだな。」


 しみじみとそう言われると、どう返して良いのか分からなくなります。


「レイカ。」


 物凄く愛おしげな優しい声音で名前を呼ばれて、背筋を辿られるようなむず痒い気持ちになります。


「シル、その、私はシルって呼んでるんですから、シルも私のことは今はカディって呼ぶべきでは?」


 何とか熱過ぎる視線と言動を控えて貰おうと、話を逸らしてみましたが、咄嗟に出て来た話題としては悪くない話ですよ?


 最早こちらの身元は隠し切れていない状況ですが、それでもはっきりとレイカと呼ばれ続けるのはダメな気がします。


「成程、確かにカディも悪くはないが、私はレイカと呼びたい。」


 何というか、いつになく自分の要望を表に出すシルヴェイン王子はやはり何か様子がおかしいような気がします。


「シル、それじゃせめてエダンミールの人達に聞こえる場所ではカディって呼んで下さい。」


「分かった。」


 また眉下がりの優しい顔を寄せて来るシルがスリっと頰を寄せて来るのから目を逸らして、目的地らしき食堂に目を向けました。


 小さな町のこと、手頃な食堂は数える程なのでしょう、入り口前にはエダンミールの魔法使いさん達と兵士の一部の人達がいました。


「シルくん! 彼女ちゃん連れてこっちいらっしゃいよ。」


 ミーアさんがそう誘ってくれますが、彼女ちゃんて。


「ミーア、俺は彼女と2人で座るから。」


「何その邪魔するな的な態度。」


 シルヴェイン王子の初めて聞く作り込みの俺呼びに新鮮さを感じてしまいましたが、ミーアさんの半眼気味な突っ込みに居た堪れない気持ちになりますね。


「彼女から今のところミーア達に話せることはない。それより限られた彼女との時間を邪魔しないで欲しい。」


 これを大真面目に真っ直ぐ返すシルヴェイン王子に、大分驚いてしまいますね。


「ちょっとシル? 失礼じゃないですか? あの、本当に大丈夫ですか?」


 特にエダンミールの魔法使いさん達と親しく話したいことがある訳ではありませんが、本当にシルヴェイン王子の様子がおかし過ぎです。


「・・・シル坊。いくら久しぶりに会えた彼女ちゃんだからって構い過ぎ。彼女ちゃん物凄く困った顔になってるぞ? そういうの気を付けないといつか愛想尽かされるよ?」


 もう1人の魔法使いさんまでそんなことを言われたので、シルヴェイン王子の腕を叩いて注意を引いてみます。


「シル、下ろして下さい。魔法使いさん達には確かに何もお話することはないですけど、お昼は同行の皆さんも一緒に食べますから。」


「・・・そんなに私と2人きりは嫌なのか?」


 また顔を殊更に近付けて囁くように言うシルヴェイン王子にはもうお手上げです。


「ク、クイズナー先生!」


 ここは、きっと近くにいる筈のクイズナー隊長に助けを求めてみます。


 と、本当に近くに居た様子のクイズナー隊長がそっとシルヴェイン王子の肩に手をかけました。


「シル。手加減してあげて下さい。その方そういう方面はどうやらまだお子様だったようですから。いきなり過ぎると逃げられますよ?」


「そこは逃す隙を与えなければ良いだけではないのか?」


 ちょっと待て、2人してどういう見解でしょうか。


「クイズナーさん、やっぱ良いです退場。シル、良い加減にして下さい。度を越した執着は愛情とは別物ですよ? 何をそんなに追い詰められてるんですか?」


 流石にイラッと来て下ろして貰いつつ言い募ると、シルヴェイン王子の顔が急にしゅんとしてしまいました。


「その面倒臭いスイッチが入ったのは、どうせ、叔父様からの遠隔操作でしょう?」


 それには図星だったのか、シルヴェイン王子が黙ってさっと目を逸らしました。


「リーベンさん、叔父様に伝紙鳥書くので送って下さい。連れ戻さないと大事な事情の擦り合わせも出来ないから態々迎えに来てるのに、途中で要らない横槍入れて欲しくないですね。本当に。」


 苛立ちのままにそう溢してしまうと、リーベンさんが途端に何処か気まずそうな顔になったのは、今回王弟殿下の手先になったのがリーベンさんだったからでしょう。


 本当に腹が立って来たので、食堂に入って席に着くと、リーベンさんから伝紙鳥の紙を貰って長文の抗議文を書き綴ってやりました。

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