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「どうなってるのかまず構造を説明しろ。それからこいつは、取り敢えず放っておいても無害なのか?」
魔物さんを顎でしゃくって問い掛けてくるシルヴェイン王子に、改めて毛を逆立てている魔物さんに目を向けてみます。
と、艶々毛皮の魔物さんは相変わらず物凄い目付きで睨んで来ます。
その目付き、何処となく誰かさんを彷彿とさせるような。
じいっと観察してみると、震えながらキイッと小さく威嚇の声を上げました。
それから、不意に背中を丸めると、ポテンとお尻を地面に下ろして前脚を揃えてお座り体勢になりました。
そこから、チラッチラッとこちらに目を向けて来るんですが、あれ何でしょうか。
「おい。」
シルヴェイン王子の促すような声が掛かりますが、なんでしょうか滅茶苦茶可愛い仕草の魔物さんから目が離せません。
「殿下、ちょっとだけ待って下さい。今の内にちょっとだけ、ほんのちょっとだけで良いので、モフって来てもいいですか?」
「は?」
シルヴェイン王子の裏返った声が、この後の展開を予感させますが、その前に滑り込みで、モフってきてやります!
さっと前に出て怯える魔物さんの艶々のお背中をそっと撫でてみます。
ふわっふわ、もふっもふの手触りに、顔面と言わず全身が弛緩しそうです。
そのまま首の後ろから頭の上までナデナデしていると、魔物さんが鼻面を上げてクンクンと匂いを嗅いで来ます。
「うわあ、滅茶苦茶可愛いんですけど。殿下、この子飼っちゃダメですか?」
ちょっとだけ目元を潤ませて上目遣いで、鋭い突っ込みで話しを戻されるのを覚悟してましたが、シルヴェイン王子からは微妙な沈黙が。
「・・・騎士団の宿舎は・・・、馬以外の動物の持ち込みは、確か禁止だ。」
かなり真面目な方向から答えが返ってきてしまいました。
シルヴェイン王子、やっぱり根が真面目な人なんですね。
予想外の方向からのジャブには、取り敢えず真っ直ぐ返してしまったみたいです。
そこから、咳払いが一つ。
「どころか、王城内での魔物の飼育は特別許可が必要だ。特にその凶悪なサークマイトのような魔物は、魔法使いの塔で魔法結界を張った専用の檻の中だけで飼育が許可されている。」
教科書を読むように淡々と説明を終えたシルヴェイン王子は、凪いだ目になっていました。
ここから、どんな嵐が来るのか、ちょっと怖くなって来ました。
「あー、じゃ。ペットにするのは無理ですねぇ〜。」
取り敢えず、愛想笑いしておくことにします。
とそこで、やけに静かな周りの魔法使いさん達を割って、マニメイラさん達が出てきました。
「サークマイトに微弱な魔法反応。で? レイナード様は、何でサークマイトに懐かれてるのかしら? それ、塔で実験用に飼育してたやつよね? 脱走?」
懐かれてるで手元に視線を落とすと、魔物さんがレイナードの袖に頭をスリスリして、もっと触れと言わんばかりの円らな瞳を向けてきます。
誰かさんに似たギロリと睨むような目では最早ありませんね。
「ええと、人に懐かないんじゃなかったですっけ? この魔物さん。突然変異?」
「・・・サークマイトがどうやって擦り寄った自分より強い魔物や魔獣から魔力を食べてるのかは知られてないけど。レイナード様、魔力を与えた?」
「いいえ、全く、全然? てゆうか、魔力ってどうやって与えるんですか?」
マニメイラさんが、すっと目を細めてレイナードを見極めるように見詰めて来ましたが、途中から何か諦めたのか、ふぅと息を吐き出しました。
「殿下。レイナード様、塔でお預かりして徹底的に調べちゃ駄目でしょうか?」
「・・・それは止めてやってくれ。実験動物扱いかとか、殺す気かとか大騒ぎして、挙句塔を跡形もなく吹き飛ばしそうな予感がする。」
寒そうな口調で言って下さいましたが、その通りですね。
もしもそんな事になったら、吹き飛ばすまで行かなくても、最大火力で塔の結界に穴開けて脱出を試みますよ?
ここはシルヴェイン王子の隣でうんうん頷いておくことにしました。
「うーん。まさかとか言えないところが苦しいところですね。それじゃ、レイナード様には正直に何をやったのか話して貰いましょうか。」
マニメイラさんの目がギラギラしてます。
獲物を狙った狩人状態ですね。
この人マジで怖いです。
シルヴェイン王子に言われた通り、敵に回すのは止めておこうと思います。
「ええと、この子が飛び掛かって来ようとするから、コルステアくんがさっき張ってた結界? あれの真似して、この子の角を起点にして結界を展開しただけですよ?」
マニメイラさんの目が誤魔化すなよと訴えて来ます。
「ええとだから。呪文もコルステアくんのをところどころ真似して、この子の身体を包む規模で結界を膨らませて、攻撃的な力を遮断して無害化するように織り込んだんですけど。そしたら、この子が角から魔法発動すると、結界が展開されて魔法は結界内で循環された挙句、何故か毛艶がもふっもふのふっわふわになるように変換されてるみたいです。触ってみます? 物凄く究極に癒されますよ?」
ついでに魔物さんの首の後ろをうりうりとかき混ぜながら撫でてあげます。
もうこれ、愛玩用の長毛種のペットを撫でてる感触です。
済みませんが、魔物って何? って惚けられるくらいの癒しですよ?
「ちょっと、何処まで都合の良い結界よ。サークマイトが使おうとした魔法が変換されるから、結界維持の必要もないまま、半永久仕様? サークマイトは外に一切魔法を展開出来ないから、魔物として警戒する必要もない。そして、今後サークマイトの魔法の研究もそもそも展開されないから不可。つまり、ただの毛艶が良い狐型の愛玩動物じゃない。」
それは苦い苦いお顔でまとめ上げて下さったマニメイラさんでした。
何だか済みません。
「結界の効果と安定面を考えると、そのサークマイトはいっそレイナードさんにお預けするのが良いかもしれませんね。その代わり、レイナードさん込みで、結界の、検証研究にご協力頂くということでどうでしょうか?」
先程奥の部屋に篭った中で名前の判明しなかった魔法使いさんが提案して来ます。
「レイナード自身がその研究対象にならないのならば、協力も考える。」
ここでシルヴェイン王子が出て、どうやらレイナードを庇ってくれるようです。
「このサークマイトを置いてレイナードを塔に近付けないという研究の仕方もあるはずだからな。そこは一線を引くように。」
と、魔物さんはシルヴェイン王子の言葉の意味を察したのか、キュッとレイナードに身を寄せて来ます。
本来凶悪な魔物だそうですが、そうは全く見えない可愛らしさです。
「ジオラス、貴方の負けよ。ここはそれで折れなさい。」
「はい、そうですね。今回はここで引きますよ。」
マニメイラさんと、ジオラスさんの不穏な会話は何でしょうか。
このジオラスさんて人、レイナードをモルモットちゃんにしたい人なんじゃないでしょうか。
ふう、油断も隙もありませんね。
そしてシルヴェイン王子、有能で部下思いとか、ちょっと、いやかなり見直しましたね。
ただのドSでパワハラで腹黒い上司じゃありませんでした。
仕方ないから、新生レイナードは全面的に貴方に付いて行きますよ!
そんな脳内展開してる内に、塔の奥から魔物用の檻やら餌やらお世話グッズなんかが続々と運ばれて来ます。
魔物さんと始まるモフモフライフに、気持ちも鰻登りに上がって来ました。




