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「皆で集会所に立て籠もりましょう。」


 村長が声を掛けてくれて、村長宅の人達が村の人達に声を掛けに散っていくのを見送っても、その場を動く気にはなれませんでした。


「どうしよう。」


 泣きたい気持ちになりながら溢すと、ぽすんとリーベンさんの手が頭に乗りました。


「貴女様の所為ではありません。皆が最善を尽くしますから、落ち着いたら今後の対策でもお考えになれば良い。」


 その優しい言葉に、頷きたくなくて視界が曇り掛けますが、ここで泣いて足手纏いにはなりたくないのでグイッと手の甲で目元を拭うと、軽く頭を振りました。


 と、リーベンさんが手を下ろして、何処か呆れたような顔になりました。


「さて、集会所に戻りましょうか。」


 促すリーベンさんの声に頷き返して歩き始めますが、集落の中は明かりを持った兵士さんや村の人達が右往左往する大騒ぎになっています。


 集会所に入っていくと、部屋の奥には避難してきた村の人達が息を潜めるように固まって座り込んでいます。


 キースカルク侯爵は入り口傍で報告を聞いたりして情報把握しているようでしたが、こちらの姿を見るなり走り寄って来ました。


「良かったお戻りでしたか。奥へ、何があっても隠れていて下さい。」


 そんな言葉を貰いましたが、それだけは違うような気がして、その場を動けずにいると、リーベンさんとキースカルク侯爵が顔を見合わせたようでした。


「隊長、カディ様!ご無事で。」


 ニーニアさんとサミーラさんもこちらに合流してきて案じるように手を握られました。


「カディ様、お顔の色が。手も冷たいですよ。あちらで座りましょう?」


 そんな優しい声を掛けてくれるサミーラさんにも答えられずに、小さく被りを振ります。


 どう考えても自分の所為なのに、こんなところで大人しく隠れているのが正解だとは思えません。


 あれは、調子に乗って解呪してやろうとしたこちらの行動を逆手に取られてハメられたということでしょう。


 前から裏にいる本命の敵は、こちらの手の内を読んで巧妙に妨害して来ると分かっていた筈なのに、何とかなると思い上がっていた自分が悔しくて堪らないです。


「済みませんリーベンさん、キースカルク侯爵。ちょっと動揺して。外出て頭冷やして来ます。」


 そんな断りを入れると、皆にギョッとした顔をされました。


「いいえ。中で待機して下さい。」


 キツめのキースカルク侯爵の静止が来ますが、こちらもしっかり首を振り返します。


「私が逃げ隠れしてて良い訳ないんです。それじゃ、あちらの思う壺です。私に照準を絞って来たんでしょう? 上等です。私が引き付けて全部覆してみせます。」


 拳を握って低い声で宣言すると、リーベンさんがまた呆れ顔になっています。


「全く。正気ですか? お姫様っていうのは、後ろに隠れて守られてるものなんですがねぇ。」


「そもそもお姫様じゃないですし。そういうの性に合わないんで。」


 苦笑いで返すと肩を竦められました。


「まあ、でしょうなぁ。でも、可愛らしいところもお有りになるんですから、頑張り過ぎはいけませんぞ? 突っ走る時も周りを巻き込んで連れて行っていただきましょうか。それなら、御身の安全くらいには目を配りましょう。」


「・・・はい。」


 そこは有り難くお願いすることにして、本当に現状で出来ることやるべきことがないのか、外に出て見極めてみようと思います。


 入ったばかりの集会所の玄関を出て、あちらこちら火を焚かれた集落を見渡します。


「リーベンさん。キースカルク侯爵にラスファーン王子とジェンキンさんの所在には気を配っておいて欲しいと伝えて貰えますか? 特にジェンキンさんは、この騒動の火付け役だと思います。意図してか駒にされたのか分かりませんが。」


「・・・裏には厄介な敵が控えていそうですな。」


 返事の代わりにそう言ったリーベンさんに、はっきりと頷き返します。


「負けられませんし、このままにも出来ません。」


「左様ですか。あくまでもぶつかって戦われるおつもりだと? ならばせめて、シルヴェイン王子殿下とは密に連絡を取り合って、いざという時には先程のように表立って頂けるように、仲直りなさって下さい。」


 そんな予想外の方向からお説教されるとは思わなくて目を瞬かせてしまいました。


「つまらない兄妹喧嘩をしている場合ではないでしょう?」


「・・・兄妹喧嘩、ですか?」


 思わずじっとりと問い返してしまうと、リーベンさんにはふふっと笑われました。


「まあ、これからの兄殿下の頑張り次第でしょうが、あれでは押しが足りません。貴女様に意識して欲しいならもっと頑張りが必要ですなぁ。」


「リーベンさん? 妙な焚き付け方しないで下さいよ? えーっとそういうことには雰囲気とかタイミングとか色々ある訳で。」


 モゴモゴと言い訳のように口にしてしまうと、これまた微笑ましげな笑みを向けられていました。


「はいはい。貴女様が物凄く奥手だということは分かっておりますとも。ですから、貴女様はそのままで構いません。あちらが頑張れば良いことです。」


 何か悟り澄ましたように言っているリーベンさんですが、絶対ろくでもないことを考えていそうですね。


 でも、そんなどうでも良いような話をした所為で、気持ちが解れて来ました。


 そうでした、こちらにも最終兵器がいるんでしたね。


「ノワ。」


 混乱状態の集落の様子に目を向けながら呼び掛けると、直ぐに肩に重みが来ました。


「我が君? もう大丈夫ですか?」


 そうこちらを覗き込むようにして訊いて来るノワに、苦笑いを返してしまいました。


「ごめん。もう大丈夫。」


 簡潔にそう返すと、ノワの目もふっと優しくなりました。


「我が君も、自分に必要なものには自分から手を伸ばすことを覚えて下さいよ? 私はあくまで今を生きている人間ではありませんからね。出来ることには限りがありますから。」


 そんな意味深なことを言い出すノワは相変わらずですね。


「あ、そう。よく分からないけど。とにかく今だよね? 私はどうするべき? 何が出来る?」


 そんな全振りをしてしまいましたが、ノワは神妙な顔後、笑顔になりました。


「我が君、守護の魔石が一つ砕けたことで、守護結界が張り直せなくなっています。」


「うっ。」


 余りにも痛いその現状に胃が痛くなりそうです。


「ど、どうしよう。」


 カダルシウスの王都の守護の要の前で作った簡単な魔物避け結界は、物凄く狭い範囲だから構築可能でしたが、この集落全体をカバーする守護結界は流石に無理です。


「集落の中に魔物を寄せ付ける仕掛けが持ち込まれているので、結界を張り直さない限り、集落ごと全滅の未来しか見えませんね。」


 非情にも言い切ってくれたノワに、心拍が上がって来ますね。


「ごめん。本当おバカでした。あの時、呪詛を消すより完全結界で魔石をカバーして守れば良かったです。はい。」


 反省点って後でなら幾らでも見つかるものなんですよね。


「そうですねぇ。でも、瞬時に判断出来なかったのは仕方がありません。私も言葉が足りませんでしたから。」


 ノワさん、実はさっきの対応力のなさに呆れてたんでしょうか?


「あ、我が君を責めてる訳じゃありませんよ? そういう嫌らしいところを突いてくる敵だと覚えておいて下さいというお話ですから。」


「そ、そうだね。」


 それでも、失敗は失敗です、地味に落ち込みます。


「一つだけ全滅回避の方法がありますが、さてこれが妙策と言えるかどうかですね。」


「どういう方向で問題があるのか教えて。」


 全滅というくらいですから、時間は余りない筈です。


「ええ。まず、これをやると下手をするとカダルシウスのエダンミール侵略なんていう難癖を付けられる可能性があります。」


「はい? 何で?」


 ノワが戯けたように小さく肩を竦めてみせました。


「この集落の守護結界が、エダンミールの守護の装置の管轄から外れます。つまり生かすも殺すもカダルシウス側が握ることになるという訳ですね。」


 何か大きなことを言い出したノワには物凄く嫌な予感がします。


「エダンミールの各地の守護結界は、中央監視システムの中にあると考えて下さい。装置の小型版を設置している大きな街と、そこから更に小さな集落には魔石に指令を送ることで結界を維持しているんです。」


「う、つまり魔石の不具合は致命傷になると?」


 また痛い現実が来ましたね。


「ええ。ただの不具合なら、魔石自身が修復機能を搭載していたり、代替運用の仕組みが作られているんですが、魔石が一瞬にして完全破壊されることは、想定されていなかったということですね。」


「あのぉ、ノワ先生。魔石って、普通は簡単に壊れたりしないものなんですか?」


 思わず小さく手を上げて訊いてみると、にこりと頷き返されました。


「ええ。長く世界を見て来た私ですが、あんなに気持ち良く魔石を砕いてしまえる人には初めてお会いしましたよ? 流石我が君。」


 カケラも流石じゃないんですが。


 この特異体質、物凄く迷惑以外の何ものでもないんじゃないでしょうか。


「そこに目を付けられたみたいですね。」


「つまり、完全にこちらを始末しに来てるってことだよね?」


「ええ。それだけ我が君があちらにとって脅威で、跡形もなく消し去りたい程邪魔だったということでしょうね。」


 にこにこと言ってくれるノワですが、そういうの本当にやめて欲しいです。


「えっと話戻すとして、その唯一の方法って具体的には?」


 とここで、ノワは不意に真面目な顔付きになりました。


『カダルシウス王都の守護の要から竜の魔石の魔力を分波させてここまで飛ばします。』


「・・・そんなこと、出来るの?」


 内緒話モードに入ったノワに疑わしげに返すと、ノワはふっと口元を歪めました。


『我が君が頼んで来て下さい。』


「・・・え?」


 それきり、ノワはこちらから視線を外して辺りを見渡すと、集会所の外に置かれた植木鉢を指差しました。


「あ、我が君あれで良いですよ。」


「はい? 何が?」


 話が見えずに問い返しますが、ノワさんこちらを向きませんね。


「敢えて一時凌ぎで済ませるなら、魔石やら魔法陣やらを用いない方法の方がかえって良いかもしれませんからね。あれなら、あの木が枯れたら契約が切れるという期限付きに出来ますからね。」


 カダルシウスの守護の要から竜の魔石の魔力を分波させて飛ばすシステムが、ってことでしょう。


 これはもう、やるしかないということなんでしょう。


「分かった。ノワを信じて取り掛かるけど、後で怒られたら一緒に謝って貰うからね。」


 そんな軽い問題ではないでしょうが、こちらにも心の逃げ道が欲しいんです。


「はあ。仕方ないですねぇ。今回だけですよ?」


 何故か偉そうなノワには思うことがないでもないですが、取り敢えず今は一先ず置いておいて、始めることにしようと思います。


「リーベンさん。方針は決まりましたから、集落の中心辺りで今魔物がいる方に寄った辺りで、守護結界を張り直そうと思います。付いてきて下さい。」


 そう声を掛けると、こちらのやり取りを窺っていた様子のリーベンさんが頷き返してくれました。


「畏まりました。」


 植木鉢を持って、歩き出すと、護衛の皆さんが囲んで付いて来てくれる他、キースカルク侯爵も気になったのか追って来ました。


 途中、魔物の様子を見に来ていた様子の魔法使いさん達の傍を通り抜けて、魔物と戦う兵士さん達に少し近寄った辺りで植木鉢を地面に置きました。


「促進魔法を掛けて木をある程度成長させて根付かせて下さい。」


 ノワの指示通り促進魔法でこちらの背丈を越えた木の幹に手を添えます。


『魔力を木の維管束の流れに沿わせて循環させて下さい。額をくっ付けるとやり易いですよ。』


 言われるまま額を付けて目を瞑ると、慎重に流し込んだ魔力が維管束を辿っていくのが感じられるようになりました。


『さあ、名前を呼んで行っていらっしゃい。』


 名前?アーダシンクスでしたっけ?


 そう心の中で確かめた途端、目の前にしとしととやわらかな雨の降る草原が広がりました。


 やわらかな雨を目を細めて味わうように上向けた鼻先に伝わせる青銀の鱗の龍が、優しげな目をこちらに向けました。


「雨が、降るんですね? 不快ではないですか? 雨宿りする場所要ります?」


 思わずそう問い掛けてしまうと、龍はふっと口元を歪めて笑ったように見えました。


『雨も嵐も日照りも、悪くない。何もないよりも移ろう景色というのは良いものだ。』


「・・・そういうものですか?」


 竜さんの感性は分かりませんが、まあ良いと言うのなら良いのでしょう。


『花が咲くのも悪くない。蕾はいくつも出来たのに、中々咲かぬものよな。まあ、日々確かめる楽しみがあるのも悪くないが。』


 これには目を瞬かせてしまいましたが、これは実は物凄く恥ずかしい空間なんじゃないでしょうか?


「え? もしかしてここって、私の現実の状況に影響受けてたりします?」


 聞きたいような聞きたくないような。


『気にせずとも良い。日々楽しんでおる故な。』


 ちょっと、頭抱えたくなって来ました。


 いいえ、考えるのやめましょう!


 今更不毛です。


「あの、ちょっと魔力分波して一時的に守って貰いたい場所があるんですけど。」


『ふむ。構わぬぞ?』


 拍子抜けする程物凄く軽いのりで許可が出てしまいましたね。

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