406
「トイトニー隊長、ご協力感謝する。ケインズ、良く来てくれた。」
第三騎士団ケミルズ隊長が現場に足を踏み入れたこちらに気付いて声を掛けてきた。
トイトニー隊長始め、魔法の得意な隊員数名で向かって来た特別任務は、王都市街で見付かった魔王信者団体の秘密アジトの一つ、魔物の研究飼育施設への立ち入り調査への協力だった。
調査自体は第三騎士団が主体で行うが、魔物相手なので、第二騎士団に協力の打診があり、トイトニー隊長から魔物絡みなら王女の魔物を預かっている自分にもと話が降りて来たようだ。
正直に言って、レイカさんが手懐けたペット認定の聖獣達とその辺の魔物達では全く別の生き物だと言っても過言ではない。
恐らくレイカさんが側に置いて余剰魔力を与えたことで魔物ではなくなってしまったのではないかと皆は分析していた。
そういった事情を加味すると、自分が魔物相手に何か役に立ってとは全く思えなかった。
「まあそう気負うなケインズ。第二騎士団としてもお前が野生の魔物と接して何かあるのかどうか確かめるつもりで連れて来ただけだ。成果を必ず求めている訳でも無根拠に期待している訳でもない。」
そんなトイトニー隊長の言葉を貰って、知らず力が入り過ぎた顔になっていたのだろうと気付いた。
「はい。」
何とも複雑な気分で返事して、家畜小屋のような臭いが漂う一画に足を踏み入れた。
広い半野外の庭ような場所だが、表に大きな建物があるので、通りからはこの庭を見通すことが出来ない。
いくつも並んだ檻には様々な魔物が入れられていたが、どれも元気がなくぐったりとしているようだった。
小型から中型の魔物までなので、そこまでの脅威ではなさそうだが、毒持ちだったり魔法を使う魔物もいるので慎重に調査が進められているようだ。
「この魔物達は、どうなるんですか?」
並んで様子を見ていたトイトニー隊長に問い掛けると、その視線がふいとこちらに向いた。
「ん? まあ、魔物だからな。殆どは殺処分だ。それでなくても、守護の要が完全復活した影響で随分弱っているだろうからな。」
それもそうだと頷き返したが、ふいにレイカさんやコルちゃんの顔が頭に浮かんだ。
「そうか・・・コルちゃんは、レイカさんの聖獣だから、守護の要がきちんと稼働し始めても変わりがなかったんですよね。」
そんな当たり前のことが思い至らなくなる程、元魔獣のコルちゃんが側にいることに慣れてしまったようだ。
「その、脆弱で人に害のない魔物なら、王都から出して放してやるとか、そういうことにはならないんですか?」
何となく、レイカさんが居たらそんなことを訊くのではないかと思って口にしてしまった。
「・・・ケインズは、すっかりあの方のやり方に絆されてしまったようだな。そうだな、ただの密猟者が捕まえただけの魔物なら、それでも良かったんだろうが、何をどれだけ実験改造されたか分からない魔物は、流石にそのまま放す訳にはいかない。」
確かに、可哀想だが仕方の無いことなのだろう。
「そうですね。失礼しました。」
そう答えて口を噤むと、トイトニー隊長はこちらをじっと見極めるように見返して来る。
「ケインズ、第二騎士団にいるのが辛くなったらいつでも言え。他の騎士団に斡旋状を書いても良い。だが、出来ればお前はここでのし上がれ。」
そんな言葉を少し声音を落として真剣に言われて驚いてしまう。
「トイトニー隊長?」
何を言いたいのか良く分からなかった。
「最低でも隊長職までは上り詰めろ。」
「はい?」
いきなり藪から棒に何を言い出すのだと思っていると、トイトニー隊長は眉を寄せてもどかしげな顔になった。
「あの方は、殿下になる以前にウチの人間だったんだ。好き勝手に踏み躙って貰っては困る。この際どんな関係でも良い。お側に上がって文句を言われない人材を育成する。」
その言葉に目を見張ってトイトニー隊長を見返してしまう。
「その人材に立候補するだろう?」
そう口元をにやりと歪めて言うトイトニー隊長に、一も二もなく頷き返していた。
「是非、ご指導お願いします。」
こちらも真剣な眼差しで答えると、トイトニー隊長は満足げに笑みを浮かべてあちらも頷き返して来た。
「では、カルシファーが帰って来たら、正式にどういう扱いにするか詰めようと思う。因みに、死んだ方がマシというくらいキツいかもしれないが、頑張れ。」
最後はかなり無責任な流し方をしたトイトニー隊長だが、それでも試してみたいと思った。
「トイトニー隊長! 少しこちらに来て頂きたい。」
ケミルズ隊長からそんな声が掛かって、トイトニー隊長に続くようにそちらに向かう。
ケミルズ隊長が立って覗き込む檻の中から少しだけツノが外に飛び出している。
先端の尖った真っ直ぐ伸びる渦巻きのあるツノは、サークマイトのものかもしれない。
そっとトイトニー隊長の横から檻を覗き込むと、そのツノがすっと上がって、尖った鼻の根本近くにある真っ赤な目と目が合った。
やはりサークマイトだ。
本来の凶悪な程の瞳の強さはないが、少しだけ吊り上がった目はオドオドと怯えたようにこちらを見上げている。
コルちゃんよりもかなり細身の身体と顔も肉が落ちたように細いのは、餌を満足に与えられていないのかもしれない。
だが、そもそも魔物は口から摂取する食べ物よりも魔力を摂取して生きている。
そのお陰で、実際には数ヶ月摂食しなくても魔力さえ摂取出来れば生きていけるものなのだという。
この檻に閉じ込められたサークマイトは、どちらが足りていないのか、それとも両方足りていない状態なのか分からなかったが、弱っていることは間違いない。
「こちらの三つの檻は、魔力遮断の魔法が施された檻になるようです。サークマイトはこの状態でも檻からツノを出して日光や月光から魔力を摂取出来るものだそうですが、実はこの檻にはツノが接触すると魔力を吸収する魔法も施されているようでして。恐らく、サークマイトは殆ど魔力摂取を出来ないまま檻に閉じ込められていたようですね。」
そう説明してくれたのは、立ち会った魔法使いのようだが、淡々と語って他の檻の調査に向かうようだ。
「いくら魔物とはいえ、残酷なことを。」
ついそう溢してしまうと、それを拾った様子のケミルズ隊長に肩を竦められた。
「まあ確かに、ここに巣くってた魔王信者共の神経は疑うが、相手は魔物だ。しかも、王都内で散々我々を煩わせてくれた魔物達の出先がここかと思うと、それでもちょっと憎らしい気持ちにはなるな。」
それは確かに、第三騎士団の騎士として正しい感性なのだと思う。
だが、すっかり割り切れなくなってしまっている自分に、苦い気持ちになった。
「では、このサークマイトはやはり殺処分で?」
「ああ。厄介な特性でも植え付けられていないと良いが。大人しく眠ってくれることを祈るよ。」
当たり前のように答えるケミルズ隊長に、頑張って頷き返す。
それから、檻にもう一度視線をやって、怯えるサークマイトに努めて優しい目を向けた。
「可哀想にな。直ぐに楽にしてあげるからな。」
そうそっと声を掛けて檻から距離を取るように離れた。
「隣は守護の要に寄り集まっていたネズミ魔物の一種です。これは檻の中の半数近くは死んでいそうですが、残ったネズミが若干食い荒らしているようです。」
こちらは明らかに異臭が漂っているが、残ったネズミ達の健康状態もやはり良くないようだ。
「ゾッとするな。魔物には魔力摂取が絶対に必要だと証明したかったのかどうか知らないが、頭がイカれてるとしか思えないな。」
ケミルズ隊長の言葉に頷きつつも、覗き込んでみた檻の中では、虚な濁った目のネズミ魔物達が憑かれたように口を動かしているのが見えた。
魔物は人を脅かす存在で、だから人は魔物を寄せ付けない守護の領域内で暮らしている。
その領域内に不運にも迷い込んでしまった魔物や人を襲ったり襲おうとする個体は討伐の対象だ。
これは長く人間社会の常識としてあった考え方だが、では人が不当に連れ込んだ魔物はどうなるのだと決まりはない。
今回は確かに何を施されたか分からない魔物達を長く守護領域内に留めることが出来ないという事情は分かる。
実際もう暫く放っておいたとしても、魔物達は自然に死んでしまうのかもしれない。
死んでから病気を撒き散らすかもしれない危険を考えると、やはり今処分するしかないのだろう。
そんな色々をぐるぐると考えてしまいながら、ふと頭に浮かぶのはレイカさんだ。
レイカさんがこの場にいたら、やはり仕方ないと泣きながらでも処分に頷くのだろうか。
それくらいなら、レイカさんを煩わせる前に、割り切れないものの中から自分が引き受けられることは引き受ける方が良い。
レイカさんの身を物理的に守る役目は、バンフィードさんを始め護衛騎士の人達が引き受けてくれるだろうから、そうではない何かで、レイカさんの助けになれる人間になりたい。
そんなことを心に刻みながら、魔物達の調査は進んでいった。




