405
「現在エダンミール魔法大国と呼ばれるこの国土は、元は荒れ果てた人の住めない見捨てられた土地だったそうです。」
ファラルさんの話はエダンミールのそもそもから始まるようです。
「建国王がこの地に各国の守護の要を模した守護の魔法装置を構築したことによって、人の住める魔物に脅かされない街を築けるようになりました。王都の本体装置から連動する各地の守護装置へ効果を転送する形で構築した仕組みは画期的なものでした。」
それが魔王と呼ばれた存在だとしたら確かに凄い人だったのでしょう。
間違えても真似は出来そうにないですけどね。
「ところがその装置には一つだけ欠陥があって、それを補う為に建国王が改良を重ねている最中に亡くなってしまったのがそもそもの問題でした。」
そのリカバーを遺された誰かがしたのだとして、それが完全ではないから何とかしてくれとかいう依頼だったらどうしようかとドキドキしてしまいました。
「その欠陥は建国王自身の魔力で装置を起動させる必要があるというものだったので、当時大事になったそうです。」
それはそうでしょう。
「カディ殿。建国王は、魔王と呼ばれる程の魔力を持ち一般魔法に対する飽くなき研鑽の下、創意工夫を凝らして建国された人でしたが、実は密かに古代魔法を使える血筋でもあったのだそうです。装置の中に古代魔法の要素が一つだけ入っていて、やむなく取り入れるしかなかったそれを他の誰かでは補えなかった。」
それで古代魔法を使える血筋のレイナードが魔王に仕立て上げられそうになったのかもしれません。
「彼の死後、装置は止まってエダンミールは建国後たったの3年で国土を失う危機に晒されましたが、そこで遺された者達が禁忌を犯し、とある存在を縛り付けることによって、装置の稼働を維持出来てしまったのです。」
ここで、一気に不穏な話に移行して来ましたね。
「それは、世界にとっては許されざる解決策だった。その所為なのか、神の加護のないエダンミールは、どんどん国として目指す先を見誤り歪んでいった。そこで、そんなエダンミールにジャッジを下す為に、私は呼ばれた筈でした。」
言って、意味ありげに少しだけ苦い笑みをこちらに向けたファラルさんは、躊躇いなく続けました。
「そして、失敗した私は彼と共にエダンミール王家に縛られる存在に成り下がってしまいました。」
これはかなり色々端折った話で終わりましたね。
まあ、エダンミール王家の秘密をこんなところで包み隠さず話せる訳がないのかもしれませんが、取り敢えず一言です。
「それって、私がファラルさんに協力することで、エダンミールが国として崩壊なんてことになりませんか?」
そんな片棒を担がされるのは是非ともやめて貰いたいです。
エダンミール王家がどうなろうと正直自業自得って気がしますが、罪なき国民全てにその余波がいくのは如何なものかと思います。
大量難民が生成されたとして、周辺国家で受け入れることは、人が住む範囲が限られているこの世界の性質上、難しいんじゃないでしょうか。
「それは、成り行き次第でしょうね。」
「ふうん。大量難民を周辺国家が受け入れると思ってるんですか? そこを対策しないなら、手は貸せませんね。」
はっきりとそう返してみると、ファラルさんは言葉に詰まったようで少しだけ眉を顰めました。
「では、カディ殿がエダンミールの次の王になりますか?」
「嫌です。謹んでお断りで。それくらいなら、ファラルさんがなれば良いじゃないですか。」
即行で投げ返しておくと、ファラルさんも嫌そうな顔になりました。
「分かってて言ってませんか? 私には性格的に向いていませんし。第一もう不可能なんです。」
途端に頑なな強張った顔になったファラルさんは、また何かを諦めたようなノワと似たような顔になりました。
「長く果てがない命に嫌気がさすのはまあ分からないでもないですけど、貴方はまだ生きてるんだから、投げやりな気持ちで世の中の全てにフィルター掛けて見てちゃ駄目ですよ。」
ついお説教口調で話してしまうと、ファラルさんが何か眩しそうにこちらを見ました。
「・・・カディ殿。私はもう、生きているとは言えない状態なんです。本音を言うと、生きていたくない、生きていることを許さないで欲しいと思っています。」
そんなことを揺れる瞳で言い出すファラルさんには、苦い顔になってしまいますね。
「だから、その物凄いネガティブ思考は、何ともならないんですか?」
「そう、ですね。もう何ともしたいとも思わないんですよ。」
寵児の成れの果てがこんな心病んだ人達ばかりになるのは、明らかにこき使い過ぎな世界だか神様だかの所為ですね。
「はあそうですか。そこは神様に啖呵切った要求項目の一つですからね。暇になったら何か考えてみますか。長い命を持て余してる人の組合とか。秘境とかに、仙人様の隠れ里みたいなの作ってそこに引きこもってられるようにするとか。」
「・・・・・・そんな自由が、許されるんでしょうか?」
やや呆れ気味に言ったファラルさんですが、直ぐにクスッと小さく笑い声を立てました。
「そうですか。少しだけ楽しみになってきましたよ。」
それから優しい笑みを浮かべたファラルさんが、そっと頭の上に手を持って来ます。
最近、よくこうやって頭を撫でられる機会が増えた気がしますが、大人の男性から見下ろすと撫でたくなる高さなのかもしれません。
「えっと、話戻しましょうか。ファラルさんやエダンミールに囚われてる誰かさんの詳しい状況は現場に行かないと教えて貰えないとして、何をどうするかはその時決めるしかないですね。」
「それで結構ですよ。・・・ノワ殿が貴女の側を離れない理由が分かった気がしますよ。」
そう言って頭を撫でるファラルさんに、不本意な気持ちで顔を上げました。
「今は、良いとしてですよ? ノワのあの歪んだ執着ってどうにかならないものですか?」
思わずファラルさんに相談してしまいましたが、途端に小さく吹き出し笑いされてしまいました。
「それは、難しい問題ですね。」
そんな大人な流し方をしたファラルさんにはすっかり子供扱いされてるようでちょっと納得出来ませんでした。
と、周りの皆さんに黙って思いっ切り聞き耳を立てられてる状況下でファラルさんとの話が一段落したところで、集会所に新たな訪問者があったようです。
入って来てラスファーン王子のところに向かって行くのは、援助隊のジェンキン副隊長です。
こそっと何処かに現状報告をしに行こうとしていたり、動きの怪しい人だけに、迎える方としては身構えてしまいますね。
「ラスファーン王子? “饗宴”本部から伝言がございます。少し宜しいでしょうか?」
側にいるこちらをチラッと見てから言ってくるジェンキンさん、かなり感じ悪いですね。
「ふん。連れ出して始末しろとでも言われたか?」
そう皮肉げに返すラスファーン王子ですが、ジェンキンさんはそれに引きつった顔で愛想笑いしています。
「まさかそのような。色々と状況も変わって参りましたし、王都で是非殿下と今後のことを話し合いたいと。」
「どの面を下げて? 私が王都から逃げ出すハメになったのは、本部の連中が私を見捨てた、いや切り捨てたからだが? 言葉巧みに王宮に連れて行って、陛下の御前に突き出そうとしたのは誰だ?」
ラスファーン王子は、そんなことがあって、ここまで逃げて来たんですね?
「そ、そのようなことは。少なくとも私は感知しておりませんでしたよ?」
「ふん。最早奴らともお前とも、話す事はないな。」
はっきりと言い切ったラスファーン王子にはホッとしますが、“饗宴”の本部の人達はこれから要注意ですね。
「そう仰らず!」
ジェンキンさんがそう口にした途端、そのジェンキンさんの背中から染み出すように黒い靄が立ち上り始めます。
「キーィ!」
「我が君!」
いつの間にやら後ろ足にしがみ付くようにしていたジャックと肩の上からノワが同時に警告の声を上げました。
呪詛の帯に手を翳して聖なる魔法を展開しようとしたところで、ノワが指先に飛び付いて来ます。
「ダメです我が君!!」
かなり強い静止に慌てて魔力を引っ込めますが、それでも完全には止めきれなかった魔力が黒い帯に接触した途端、パンと音を立てて弾け飛んでいきます。
弾け飛んだ魔力の一部に黒い靄が絡み付いて、外に誘導するように勢いを付けて飛んで行くようです。
「守護の魔石を狙ってます! 追い掛けて!」
ノワに言われて物凄く嫌な予感と共に慌ててその場を飛び出します。
そういえば、魔力を流すと起こることのある魔石破壊能力があったんでした。
これまた敵方に裏をかかれてる感満載ですが、とにかく阻止しないと大変なことになります。
「カディ様!」
護衛さん達が走って追い掛けて来ますが、説明している暇もありません。
真っ直ぐ飛んでいく呪詛の絡んだ魔力が二つ、集落の柵の側に設置された魔物避け魔石の乗る台に吸い込まれる様に向かって行きます。
「還元!戻って来て魔力!」
慌てて絡む呪詛を解く聖なる魔法を飛ばしますが、一歩間に合わずで魔石に染み込むように呪詛と魔力が吸い込まれます。
途端にピシピシと魔石にヒビが入り始めてしまいます。
「我が君!手遅れだから離れて!」
魔石の設置された台の側の柵の向こうにゾッとする様な数の光る目が見えました。
「カディ様!!」
リーベンさんに引き戻されて、バンフィードさんが前に出て剣を構えてくれますが、途端にパシン!と甲高い音を立てて魔石が砕け散ってしまいました。
途端に柵に近寄る魔物達の群れが目に入って、流石にゾワっと全身に恐怖が広がりました。
「隊長、レイカ様を! 食い止めます!」
「バンフィード! 頼む。」
その短いやり取りの間にリーベンさんに抱えられて集落の中心に運ばれていきます。
「待って! バンフィードさんお一人じゃ!」
「黙ってて下さい! 非常事態ですからあっちの殿下にも助けを求めます!」
確かに、あの数の魔物を食い止める為には兵士も魔法使いも総出で掛からなければ集落の人達も無事では済みません。
「必ずお守りしますから大人しく私の側に居られますね?」
念を押すように言われて、泣きたい気分になりながらも頷き返します。
「村長宅に失礼する! 魔物が柵を越えた! 直ぐに戦えるものは戦闘に加わって欲しい!」
いつの間にか辿り着いていた村長宅で声を張り上げたリーベンさんに、村長宅の人達を始め、この家に宿泊予定だった神官さん達、魔法使いさん達が慌てて表に出て来ます。
「一体何がありました?」
村長がこちらに問い掛けて来るのに、リーベンさんが下ろしてくれてから、チラッとこちらを見て話し始めます。
「細かい事情は後です。魔物避け魔石が一つ砕けて、かなりの数の魔物が侵入してこようとしていました。今、ウチのバンフィードが1人残って戦っています。直ぐに救援を!」
それに、魔法使いの1人が兵士達の泊まる厩に走って知らせに行ったようです。
「リーベン、彼女を安全な場所に。私とクイズナーは出る。」
風のように側を通り抜けながら、シルヴェイン王子の声が掛かります。
「ま、待ってください。私も、魔法でお手伝いしますから。」
何とか上擦った声で言い募りますが、シルヴェイン王子はこちらを一瞥もせずに返して来ました。
「ダメだ。リーベン、傷一つ負わすな。」
「承知致しております。」
その短いやり取りの後、シルヴェイン王子はクイズナー隊長を伴って走って行ってしまいました。




