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馬車を降りて借り受けることになった集会所にラスファーン王子を連れて向かって行きながら、エダンミール王都に着く前に最低限済ませておきたいことを考えたりしていると、いつの間にかかなり厳重に周りを囲まれて護衛されていることに気付きました。
いくら何でもあからさま過ぎないかと思いましたが、わざわざこちらを待って側を歩くキースカルク侯爵の硬い表情を見て、物申すのは諦めようと思いました。
ちょっと、流石に表立ってやり過ぎた感満載ですね。
ただ、あの場でどうしてもラスファーン王子の身柄の安全を確保したかったのと、ファラルさんとはきっちり手を結んでおきたかったんです。
ノワの言動からの憶測ではない現実的な確認をそろそろ始めていかないと、王都に着いた後では根回しが間に合わないと思ったんです。
ここからもかなり強引にこちらの主導で展開して行こうと思うなら、そこは大事なポイントですよね。
「ファデラート大神殿の神官アダルサンと申します。カダルシウスの聖女殿にご挨拶をしたいのですが。」
そんな声が囲まれた人垣の外から薄っすらと聞こえて来て、その懐かしい名前に驚いてキョロキョロした途端、人垣の切れ目からそれ以上に驚きの人物を見付けてしまいました。
「シルヴェイン王子?」
思わず口の中で呟いてしまいましたが、見詰める視線の先でそのご本人と目が合った気がしました。
髪は黒く染めていて、一瞬ふわっとした靄に全身が包まれていた気がしたので、認識阻害系の魔法でも掛かっているのかもしれません。
印象的な赤に寄った紫色の瞳があちらも驚いたように大きくなって、それから優しげに微笑みの形になりました。
口元も優しげに端が上がっていて、破壊力のあるイケメンスマイル状態になっていますが、そのまま距離を詰められて目を瞬いている間に、すっと間にバンフィードさんが入って隠されてしまいました。
「何ですか貴方は?」
それは冷たい口調のバンフィードさんに、それは殿下ですよとは言えないのでそっと袖口を引っ張りました。
「バンフィードさん。その人達は大丈夫ですから、入って貰って下さい。」
アダルサン神官とシルヴェイン王子というつもりで返しましたが、よく見るとシルヴェイン王子の後ろにクイズナー隊長も控えていましたね。
微妙にじっとりした口調になってしまいましたが、シルヴェイン王子もクイズナー隊長もこれは纏めてお説教ということで。
集会所には小学校の小振りな体育館サイズの大部屋が一つとお茶や軽食くらいは用意出来そうな簡易厨房にトイレが併設されているようです。
その大部屋に間仕切りの用意が始まっていましたが、その端に寄ってキースカルク侯爵が手招きしています。
そこへラスファーン王子を連れたまま向かうと、自然とアダルサン神官やシルヴェイン王子達も集まって来たようです。
「カディ殿。一から全て事情をお伺いしたい、が。その前に、貴女への訪問者達を交通整理していただきたい。」
言って、キースカルク侯爵がラスファーン王子、アダルサン神官、シルヴェイン王子と順番に視線を移しました。
確かに、これは何処から手を付けたら良いのか分からない状況になっていますね。
「・・・それじゃ、アダルサン神官からいきましょうか。ご用件は私に対してで宜しかったでしょうか?」
そう話したところで、キースカルク侯爵がシルヴェイン王子に厳しい目を向けました。
「それは、ここに居合わせている者達に聞かせても問題ないことなのでしょうか?」
そう疑うのも無理もないよく分からないメンバーになっていましたね。
「あのお二人はカダルシウスの間者的な人達だから大丈夫ですよ。逆に堂々とこちらに来てしまって大丈夫かその方が心配なくらいですよ。」
じっとりした目を向けて見返してみると、シルヴェイン王子が苦笑い状態になりました。
「ああ、認識阻害の魔道具でも装着されているのですか?」
そこでアダルサン神官がシルヴェイン王子に向かって話し掛けていて、どうやらアダルサン神官には正体を明かしているようです。
「そういえば、アダルサン神官にはこの魔道具は効果がないのだろうか?」
「ああ、まあ。私は実は聖なる魔法よりも感知能力の方が高くて、それで神官になった身でして。」
少し苦い口調のアダルサン神官のこれは意外な告白でしたね。
そんな会話が交わされ始めると、シルヴェイン王子の正体に薄っすらと周りの皆さんが気付き始めたようですね。
「あの〜。彼等とは私が後でじっくりゆっくりお話しますので、それまで触らないで下さい。」
こう皆さんに対して釘を刺しておくと、流石に周りがそれもそうかという空気になりました。
「では、早速始めさせて頂きましょう。私達ファデラート大神殿からの調査員は、カダルシウスでも猛威を奮った呪詛問題の真相を確かめるべく、エダンミールに派遣されております。そしてサヴィスティン王子が深く関与した証拠を提示して、エダンミール国王にもサヴィスティン王子の捕縛と尋問の許可を貰っておりまして。」
そこで、ラスファーン王子とこちらを交互に見るアダルサン神官に、どう答えたものかと少しだけ躊躇いましたが、遠からず全ての真相が明かされる筈なので、概要くらいは話しても問題ないでしょう。
「ノワ。はい、出てくる。マルキスさん事情もあるでしょう? アダルサン神官には何処まで話してOKなの?」
と、左肩の上にちょこんと僅かな重みが来ます。
「ちょっと我が君。呼ぶ時はこっそり小人数でって言ってるじゃないですか。」
そんな文句をぶちぶちと溢すノワのことは放っておくことにして、目を見張るラスファーン王子を何でもないように見返します。
「サヴィスティン王子というのは、そもそも実在しない人物なんですよ。本来は生まれる前に亡くなっていた遺体に魔人が入って、魔法と魔人の特質で無理矢理維持成長させているように見せていた器だったそうですが、それをいつの頃からか双子の片割れラスファーン王子が中身を移して動かしているというのが現状だそうです。」
簡単に説明してみせると、馬車に乗っていなかった人達が驚きの顔になっていました。
「そんなことが、魔法で可能なのでしょうか?」
眉を寄せながら難しい顔付きで口を挟んだのはモルデンさんです。
「魔王信者団体の“魔王の饗宴”の技術と、とある人の協力で可能になっていたみたいですね。」
その場に何とも嫌な忌避感のある空気が漂います。
「ま、まあ、それはそうだというなら有り得ることなのだろうと納得することに致しましょうか。しかしそれなら、サヴィスティン王子と呼ばれる器に入って実際に犯罪行為を行っていたのは、そちらのラスファーン王子ということになるだけなのではないでしょうか?」
アダルサン神官のその主張は正しいです。
「ええ、その通りです。彼が今回のカダルシウスを中心とした諸々の件に関わっていたのは間違いがありませんよ。間違えて欲しくないのですが、私は彼が無実だから疑いを晴らしたいなどと思っている訳ではありません。」
これには、皆が眉を寄せて難しい顔になりました。
「但し、事件の全ての裏に彼が関わっていた訳でも、カダルシウスの王都での件の本当の黒幕が彼な訳でも無いんですよね。そして彼は、彼が直接関わりがなかったものも含めて全ての罪を擦りつけられて、エダンミール側から生贄として切り捨てられそうになってるんです。」
もう一つ落とした爆弾に、皆さんの表情が険しくなります。
「待って頂きましょうか?カディ殿。まさかラスファーン王子殿を連れ戻って、その本当の黒幕を炙り出そうとされているとか、エダンミール側に喧嘩を売ろうとか考えておられないでしょうな?」
キースカルク侯爵の慎重な発言にはにっこり笑顔で頷いておきます。
「まさか。私個人でそんなことが出来る訳がないじゃないですか。“王の騎士”というんでしたか?ファラルさんの本当のお仕事を少しだけお手伝いするついでに、エダンミール側にラスファーン王子自身をカダルシウスに頂く交渉をしてみるのはどうかと思っています。勿論、ご本人にその意思があればになりますが。」
当のラスファーン王子を始め、これにも周りに混乱するような空気が流れます。
「カダルシウスが仮にラスファーン王子を貰ったとして、何か役があるのか?」
これは黙っていられなかった様子のシルヴェイン王子ですね。
「ありますよ。勿論、先程も言いましたが、本人にその気があればですが、カダルシウスには彼が属する“魔王の饗宴”が手掛けた実験の犠牲者達が幾人も存在します。まだ幼い子供達がその大半ですから、彼等がこれから無事に生きていけるようにその研究内容の開示と出来る対策を立て対処に取り組んで頂きます。余生をそのように生きるのであれば、引き取る意義もあるでしょう?」
言ってラスファーン王子に視線を移すと、考え込んでいたラスファーン王子が目を上げてこちらを見返して来ました。
「父上を始め上の者達は、限界を迎えているサヴィスティンの身体に入ったままの私を見殺しにして使い捨てる予定だった。全ての元凶である私は、自らの死が迫っていたから形振り構わぬ暴挙に出たのだと、上手く持っていけば全ての怒りの矛先を逸らすことさえ出来るかもしれない。しかも、そうしておけば魔人は残って、今度は私の空の身体に宿らせれば良い。」
淡々と語ったラスファーン王子は、顔色を失って胸の辺りを握り締めています。
「だがな、私の本当の身体は先程も言ったが、ボロボロなのだ。普通に動くことすらままならない。少し歩けば息が上がって、無理をすれば直ぐに倒れる。そのような私の身体で何が出来る?」
「・・・まあそこは、サヴィスティン王子の器に魔力供給をしなくなったとして、何処まで負担が減るか、賭けにはなるでしょうね。それに、私の聖なる魔法で多少なら整えられるかもしれないし。だから、聖なる魔法持ちのクリステル王女と一緒に行動する事が多かったんじゃないんですか?」
冷たい言い方になるかもしれませんが、彼自身が罪なき人達を犠牲にして来たことは間違いのない事実です。
辛くても苦しくても、その気があるなら罪を少しでも償ってから逝くべきだと思うだけです。
「・・・そうだな。そうするべきなのかもしれないな。」
これまで見て来たあの傲慢なサヴィスティン王子からは考えられないような言動ですが、それだけ切り捨てられかけている今の状況にショックを受けているのでしょう。
彼にとっては、どう転んでもこちらの提案を受け入れる他、これから生きる術はないですからね。
「だが、ラスファーン王子が条件を飲んで我が国に来たとして、思いの外元気になって、こちらが望んだ役目を果たさず逃げるなどという可能性もあるのではないか?」
シルヴェイン王子の懸念は、消しようがないでしょうね。
「そうですねぇ。その辺りは、物凄く厳重に監視兼護衛を付けるしかないですよね? それは何か良い手がないかちょっと考えてみますね。」
ラスファーン王子の件はそれで片付いたような話になりましたが、ここからどうしたものか、まだ問題は山積みです。




