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 昼間の騒動から出発が遅れた為、援助隊が予定していた宿泊先の町に辿り着けず、今夜はその手前の集落に宿を乞うことになった。


 魔物避け結界を集落の数カ所に配した魔石で張って柵で囲った人里といった作りだったが、当然宿屋がある訳でもなく、村の集会所に間仕切りを設けて大使と聖女様御一行が寝泊まりし、その他援助隊や兵士達は納屋や厩に分散して雑魚寝することになるようだ。


「アダルサン神官達と私達は、何とか村長宅に雑魚寝で話がついたわよ。」


 疲れた様子でそう報告してくれたミーアは、流石に寝不足で目の下にくまが出来かけているようだ。


「シルくんは元気ねぇ。やっぱ若さかしら。」


「あれ〜。いつまでも若さが売りのミーアちゃんがそんなこと言っちゃって良いの?」


「ラチット殺すわよ? 売りって何? 私は事実まだ若いの!」


 ミーアとラチットの相変わらずなやり取りを聞き流しつつ、集会所に入っていく一団を見送った。


 レイカはカディと名乗って、神殿から返礼の大使のキースカルク侯爵に付いていくよう派遣された聖女の侍女という無理矢理な設定になっているそうだ。


 最早、エダンミールの兵士達やミーア達も加えた王都へ向かう一行の誰もがそんなことは信じていないが、“王の騎士”という特殊職だというファラルという男が微妙に庇う立場を取っているからか、誰も突っ込めなくなっているようだ。


 だが、カダルシウス側の誰よりも厳重に守られているのは、ここからこうして姿を見ることも出来ない程囲われている状況を見れば明らかだろう。


 さて、そのレイカにどうやったらこっそり接触することなど出来るのだろうか。


「ミーア殿、我々は少し神殿所属の聖女殿と話して来る。」


 そんな折に、抜け駆けのようなことを言って来たのはアダルサン神官だ。


「ちょっとアダルサン神官、自分達だけズルいわよ? 私達だって聞きたいのを“王の騎士”が止めるから我慢してるのよ?」


 すかさず言い返したミーアだが、この追跡の旅の間に随分と砕けた話し方をする間柄になったようだ。


 アダルサン神官の方もふっと抜け目ない笑みを浮かべてみせたりしている。


「私達は、神官として神殿所属の聖女殿と挨拶とちょっと言葉を交わすだけだ。」


 そんな躱し方をしたアダルサン神官に、ミーアは更に眉を寄せた。


「ずるいわねもぅ〜。」


 そう言いつつもそれ以上止めなかったミーアを見て、これはと思い立った。


「あーミーア? 俺もちょっと覗きに行って来る。もしかしたら知り合いに会えるかもしれないからな。」


 そんな言い訳をしつつ、クイズナーにもさり気なく頷き掛けておく。


「はいぃ? もう、みんなして勝手なんだから。シルくんは大人しくしとかないと彼女ちゃんに二度と会えなくなっても知らないからね。」


 遂にはそんな脅し文句まで付け加えたミーアは、お疲れなのだろう。


「あんたはもう休め。疲れてるだろ?」


 言外に絡むなと付け加えつつ宥めてみると、ミーアはぷうと頬を膨らませつつ、村長宅に向かって歩いて行った。


 と、ラチットだけが去らずにこちらに寄って来ると、ずいっと顔を覗き込んで来た。


「あんたも実はあの美少女ちゃんの顔に騙されてる口か。あの外見で、あの気の強さは見てるだけなら良いけどな。身近に居たら胃に穴が開くぞ?」


「・・・大丈夫だ。そんなやわな胃はしてないからな。」


 つい本音で返してしまうと、ラチットには呆れたように肩を竦められた。


「王子様の部下なら、あの美少女ちゃんと顔見知りでも不思議じゃないのか? にしても分からないのは、なんでカダルシウス側はあの子がエダンミールに来る事を許したんだろうな?」


 それは多分、自惚れでなければ、自分を追い掛けて来たのだろう。


 確かに、連れ戻し要員としては最適だ。


 現に、今から帰ろうと誘われたら一も二もなく頷き返して、全てを放り投げてでも、カダルシウスに帰ってしまえる自信がある。


 彼女をエダンミール王都になど、絶対に行かせたくない。


 が、何やら他の目的が出来てしまった様子の彼女は、止めだてしてもファラルという男と一緒に、ラスファーン王子を連れて王都に向かうことを止めないだろう。


 そして結果として、それが正解になるのだろうという気がする。


 彼女は異世界から来た神々の寵児で、聖なる魔法を扱える能力と引き換えに、神の意思に従う義務があるのだろう。


 彼女が時折漏らす寵児の事情を繋ぎ合わせると、大凡そのような制約がありそうだ。


 それを遮ると、彼女の存続が危ぶまれるなら、こちらも出来る手伝いをしつつ、見守るしかない。


 とはいえ、レイカがファラルやラスファーン王子と親しげに話しているのを見ると、面白くない気持ちになるのは仕方がないことだろう。


 だからこそ、今の内に彼女の前に姿を見せて、自分を迎えに来たという当初の目的をしっかり思い出して貰わなければならない。


 それから、出来ればラスファーン王子からも彼の関わったことの真相を聞き出しておきたい。


 これはアダルサン神官と目的が被るので、一緒に行動した方が効率が良いだろう。


「ラチット、時間と状況が許せば、何か聞きたいことの一つくらいは訊けるかもしれないが? 何かあるか?」


 これくらいなら、これまで面倒を見て貰った手間賃として悪くない取引だろう。


「言うねぇ、シル坊。余り調子に乗るなよ? 一言言っとくが、ミーアを怒らせるな。ミーアが敵に回ったら、あんたらちょっと困ったことになるからな?」


 ラチットは苦々しく溢しつつ、これまで触れなかったミーアのことを口にした。


 確かに、今回のサヴィスティン王子追跡の魔王信者団体側の責任者がミーアだというのは引っ掛かった。


 一魔王信者団体の役職持ちだとしても、国家としての王子の捕縛責任者に抜擢されるなどということがあるだろうか?


「公的身分を持っているってことか? いや、それにしては護衛が見当たらないし、自由に活動し過ぎだろう。」


 思わず漏らした予測に、ラチットがにやりと笑った。


「それ以上は内緒だ。ただ、勘違いはするなよ? ミーアは権力を持ってるって訳じゃない。利用しようとしたり、頼ろうとしても、それには応えられないだろうからな。」


 そうよく分からない説明をしたラチットは、何か気が済んだのか、こちらに手を挙げて挨拶すると、ミーアを追って村長宅へ向かって行った。


「シル。これを外して、あちらに合流しますか?」


 認識阻害の腕輪を触りながら声音を落として言うクイズナーに、被りを振る。


「一先ずレイカにだけは顔を見せようとと思うが、まだ今はミーアの側にいた方が良いだろう。成り行きを見守ってレイカに何かあった時に、外からの助けになれれば一番だな。」


「・・・成程。では、これを嵌めたまま、堂々と訪ねて行きましょう。あの方には認識阻害は効かないようですからね。」


 少し考えてから答えるクイズナーに、小首を傾げて促すと、口元を少しだけ歪めた。


「あの方、解析能力だけなら恐らく向かうところ敵なしですからね。」


 少し苦い口調のクイズナーだが、何かしらレイカを認めているのは間違いない。


 それだけの時間を彼女と共に過ごしたクイズナーが、少しだけ羨ましくなる。


 そういう意味では、レイカの側にいる誰よりも、自分は彼女との付き合いが浅いのかもしれない。


 バンフィードから、あんな言葉と態度を取られる訳があるのだとしたら、今こそ彼女との時間をしっかり持って、距離を縮めたい。


 歩みを早めて、先を行くアダルサン神官達を追い掛けると、村の集会所の開け放たれた入り口から中に入って行く一団にアダルサン神官が声を掛けて、赤茶色に髪を染めたレイカがそれに振り返るのが見えた。


 少しだけ顔の印象も違って見えるのは、化粧の仕方だろうか?


 確かに、王家の聖女で王女のレイカとは若干印象が変わっている。


 だが、レイナードとして魔法訓練場で初めて見掛けた時から強烈に感じた、無視出来ない程特別な魔力の波動は変わりがない。


 その感覚はクイズナーのように目に見えるものではなく、肌で魔力の波動を感じるようなものだった所為で、誰にも共有出来ずにいた。


 不快ではなく、正直に認めるなら強烈に惹かれる魔力に、レイナードだと思っていた頃は、それを認められずにいたのも事実だ。


 アダルサン神官を追い掛けてさり気なく近付くつもりが、無意識にレイカを真っ直ぐ目指して近付いてしまっていたようで、護衛にさり気なく進路を遮られた挙句、驚いたように目を見開くレイカと目が合ってしまった。


『シルヴェイン王子』とレイカの形の良い唇が確かに音を乗せずに動いたのを目にしたら、堪らなくなった。


 だっと駆け寄りそうになったところを、ぬっと割って入ったバンフィードに遮られた。


 確かに、端から見たら立派な不審者だ。


「何ですか貴方は?」


 分かっていて冷たい口調のバンフィードには覚えてろよと思いつつ、愛想笑いを貼り付ける。


「バンフィードさん。その人達は大丈夫ですから、入って貰って下さい。」


 レイカの少し物言いだげなじっとりした声が聞こえて、その対象はどちらだろうとドキドキしてしまったが、とにかくこれでレイカと漸く話が出来る。


 集会所に入っていくレイカ達を追って戸口を潜った。

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