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蓄電池的な雷玉を預けて部屋を出ると、吹き抜けホールでザワザワと人の声が立つ何かの騒ぎが起こっているようです。
その中心がレイナード絡みじゃないことにはホッとしつつ、シルヴェイン王子と一緒にそちらに歩み寄ります。
覗き込んだ人だかりの真ん中には、魔法使い達に囲まれて追い込まれている小動物がいるようだ。
狐に良く似た小動物は震えながら額から生えた角を光らせているようです。
「魔物?」
ゲームの中のちょっと可愛らしい系モンスターで、最終的に主人公のペット兼使い魔になってしまうような、そんな狐っぽい生き物でした。
「ああ、あの凶悪なヤツだな。可愛い顔してあの角からの魔法攻撃がえげつない。人には懐かないが他の強力な魔物に擦り寄って行って、その魔物が自然放出してる魔力を食って蓄える。そうして、ある一定を超えると巨大化するんだが、そうすると使って来る魔法の種類が一気に増えて、倒すのに厄介な魔獣扱いになる。」
シルヴェイン王子の説明を聞いているだけでも、お近付きになりたくない魔物のようです。
「研究目的で生まれたばかりの時から塔で育てている個体がいた筈だが。」
成る程、あちらはリアル実験用モルモットちゃんのようです。
一歩間違えば、レイナードもそうなっていたかもしれないと思うと、ちょっと冷汗が出ますね。
「ええと、殿下? 第二騎士団のお仕事って、魔物討伐とかだったり?」
控えめに訊いてみました。
「ん? ああ。一部の凶悪な魔物と、魔獣討伐が主体だな。だから、魔法を使える騎士を育成している。」
こともなげに言われましたが、凶悪な魔物とか魔獣とか、滅茶苦茶危険なお仕事じゃないですか。
「・・・死亡率メッチャ高いんじゃ。てゆうか俺、死んで来いってことで第二騎士団に放り込まれたんですよね?」
怖くて答えは欲しくありませんが、つい確認してしまいました。
「は? 馬鹿かお前は。何も第二騎士団だけで戦う訳じゃない。それどころか、どちらかと言うと現場の作戦に対する魔法を用いた支援が務めだ。」
そうですか。
これには露骨にホッとしてしまいました。
最前線に投入される訳じゃないんですね。
「繁殖期の春先や秋口になると特に、魔物や魔獣が凶暴化して人里近くに出てくることがある。まずは涼しくなったら出動要請があると覚えておけ。」
成る程、今の時期はたまたま魔物や魔獣の討伐要請が余り来ない時期ってことですね。
今の内にしっかり訓練して逃げ足を鍛えておけと。
良く解かりました!
脳内で良いお返事をすると、気持ちを切り替えます。
現実逃避は精神崩壊を防ぐ為に非常に大事な救護活動だと思います。
「まあ、自信があるなら前線に送り込んでやってもいいが?」
この時間差で来る嫌がらせ的発言、今朝の朝食の時からちょっと見直し掛けた王子様の評価が暴落です。
「はは、全く笑えない暴言と脅しですよね? 取り敢えず、俺に対して抑えられない殺意が芽生えた時は、遠回しな嫌味じゃなくてストレートに言って下さいね。形振り構わず全力で逃げますから。」
乾いた笑い付きで返すと、シルヴェイン王子は片眉を上げて呆れ顔になりました。
「大丈夫だ。そうなった時は、逃げる間も与えずに鉄錆にすると約束してやる。」
この物騒な王子様の返答はどうでしょう。
まあ、裏を読まなくて良いお付き合いになりそうだと喜ぶべきなんでしょうか。
釈然としない気持ちのまま、フロア中央の魔物に目を向けました。
狐に似た魔物ですが、背中側の毛の色はシルバーグレイ、足の先と腹側はピンクゴールド、額から飛び出す角はドリルのように先端が尖っている真珠色、大きな粒らな形の瞳は朱色だが、これが苛立ったように凶悪な色を浮かべています。
「コルステアくんを呼んで急いで結界を!」
そんな声が囲む魔法使いから聞こえて来ます。
覗き込んでいると、ふと上がったその魔物の目と目が合った気がしました。
と、その途端に、大人しく追い込まれていた魔物の目がギラリと光ったように見えました。
及び腰になって、ちょっとだけ後退ったところで、唐突に地面を蹴って跳躍した狐が脅威的なジャンプ力で取り囲む魔法使い達の頭上を超え、何故かこちらに向かってきます。
「え?」
物凄く嫌な予感がしますが、ここへ来てからこの嫌な予感が外れた事ってないんですよね。
トラブルと悪意は漏れなく引き寄せるこの体質、何とかならないものでしょうか。
滞空しながら徐々に迫って来るピンクゴールドの柔らかそうな腹毛を、せめてここはちょっとだけモフモフっとさせて貰ってから、諸々の対策をってことに。
なんて平和な現実逃避を一瞬だけ掛けてから、直ぐにさっきコルステアくんが展開していた結界魔法の呪文と構造を思い出してみました。
この場に起点となる石はないので、あの角の先端を起点にして、循環して繋ぐようにぐるっと魔物さんの身体を覆う膜を張る感じで。
って事で、向かって来る魔物さんに向けて手を出して、コルステアくんの呪文に色々アレンジを加えてみます。
「内なる力を柱として包み込め。衝撃と熱、音と光、全ての透過を防ぎ、無害なるものへ変換を。」
途端に、ごそっと身体から何かが抜け落ちて、魔物さんの光った角の先からふわりと広がるように光の風船が膨らんで、魔物さんを包み込みます。
そのまま空中で失速した魔物さんは、レイナードの目の前にぼとっと落ちて来ました。
上空からの落下に怪我でもなかったか心配しましたが、直ぐに起き上がって毛を逆立てながらこちらを睨んでいるので、大丈夫そうですね。
その後魔物さんは何度か角を光らせていましたが、角の先から魔物さんを包むように光の膜が出来上がって、弾けて終了、を繰り返します。
しばらくすると、気付いたんですが、何故かその度に魔物さんの毛艶が艶々しっとりと輝いて来るように見えます。
全身撫で回したい誘惑と全力で戦うことになりました。
とそこで、ふと気付いたんですが、シーンとした周りからの沈黙が重い!
「レイナード〜、お前なぁ!」
低い唸るような声が隣から上がって、額に青筋のシルヴェイン王子にいつも通り胸ぐら掴まれます。
「貴様は、私の話を聞いてたのか! 誰がここで魔法を使って良いと言った?」
それでもかなり感情を抑えた声で言ってくださるシルヴェイン王子に、引きつった笑みを返してみます。
「だ、だってですね! 魔物に襲われ掛けたんですよ? 自分の身くらい咄嗟に守りますよね? これ、本能だと思いませんか?」
「本能でこんな高度な結界魔法発動させる奴が居るか!!」
これは、何言っても許して貰えないやつですね。
「はい済みません。ごめんなさいです! でも、コルステアくんのさっきの結界魔法真似しただけですよ? それは、ちょびっとだけアレンジ加えましたけど。ちゃんと呪文唱えましたし!」
深い深い溜息がシルヴェイン王子の口から漏れ出して、胸ぐら掴んだ手が諦めたように外されました。




