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「は? 記憶喪失? 頭に外傷はないんだろ? 精神的な要因?」
扉の外から、少しだけ聞き覚えのある声が聞こえてくる。
朝から物凄く嫌がられながらもお世話になった、例の中年男だ。
「はあ、勘弁してくれよ。俺はな、朝からあいつに顔の洗い方から服の着方まで教えたんだぞ? またやり直しか?おい、マジでやめてくれよ。」
嘆き節になる気持ちは分かる。
確かに大の大人の男、推定年齢20歳過ぎが、洗面だの着替えだのを手伝われなきゃ出来ないって、ちょっとどうかと思う。
「あー、従者にキレられて捨てられたんだった? まあある意味可哀想な子じゃない? 甘やかされるだけ甘やかされて、手に負えないからって親に見放されて、騎士団にぽい。で、お馬鹿ちゃんだから、何も出来ないのに従者も大事にしないから。」
聞こえて来るだけで、本当に頭痛がしてきそうだ。
こめかみに手を当てたところで、話し声の2人が部屋に入って来る。
「おいレイナード、まさか、俺の事も忘れたなんて言うんじゃないだろうな?」
はい、演技入りまーす。
怪訝そうに中年男を見詰める、で、徐に眉間に皺を寄せて、頭を痛そうに抱え込むポーズ。
って、背中痛! 体勢戻す。
「ほら〜。さっきなんか、お父さんが横領だの失脚だの、極め付け愛人の子だって言ってみたのに怒らなかったのよ?」
「いやお前、それはマズイだろ。嘘は良くない嘘は。あの堅物伯爵様が横領で失脚する訳がないだろ。荒唐無稽過ぎて呆れただけじゃないのか?」
あー、嘘でしたか。
ダメ男の父は出来る人でしたか〜。
だったら子供はまともに育てましょうね〜。
公害になってますよー、お宅の息子さん。
ぽいは駄目ですよ、ぽいは。
ゴミの不法投棄は、現代でも犯罪ですからね〜。
落下物は落とし主の責任ですって、高速道路にも書いてありますからね〜。
一頻り現実逃避を終えたところで、哀しそうな顔で2人を見詰めてみることにする。
と、おじさん先生が、うっと言葉に詰まったような顔を向けて来る。
中年男さんも何だか情けないような眉下がりの顔になる。
このダメ男さん、洗面の時にチラッと鏡見ましたが、顔だけは良い。
それはもう、誰だこのイケメンって挙動不審になりそうになったくらいだ。
見慣れない彫りの深い目鼻立ちで、パーツバランスが絶妙。
プラチナブロンドの真っ直ぐな肩下まである髪は、男の癖に絹糸のようにサラリと流れる見事さで。
何処かの綺麗で有名な火口湖の色を思い出すような少し緑に寄った青い目は、少しつり目がちで、所謂切れ長の目という涼やかさを醸し出している。
薄い形の良い唇で微笑んだら、女子達の目を漏れなく釘付けに出来てたでしょうとも。
絶対にモテてたに違いない。
そして、そっち方面も絶対ダメ男だったに違いない。
女子泣かせてそう。
そして、恨まれてそう。
だから、集団暴行事件に遭ったんでしょうね。
その自己完結してしまった状況分析に、これからどう生きていけば良いのか、更に自信がなくなってしまった。