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「あ! ケインズさんじゃないですか?」
街中を歩いていると、唐突に声を掛けられた。
振り返った先には見覚えのある青年が立っていて、笑い掛けて来る。
「イヴァン君?」
ファデラート大神殿から王都に戻った時、第三騎士団からレイカさんに個人的に協力を申し出てくれた人だと聞いている。
王都を出る前に既に所属の騎士の解呪をしたことで、第三騎士団の中に知り合いが出来ていたレイカさんは、彼らに助けられて数日を王都で過ごしていたが、その時に見掛けたことのある青年だ。
あちらは、自分が副隊長の1人のマーシーズの息子だと知っているようで、親しげに話し掛けられたりした。
「お久しぶりです! 今日も神殿帰りですか?」
そんな事情通な突っ込みをされて驚いてしまう。
「お忙しい王女様に代わって、ケインズさんが神殿にいる聖獣様のお世話をされてるって聞いてますよ?」
疑問が顔に出ていたのだろう、そう説明してくれたイヴァン君に、少しだけ苦い笑みを返してしまった。
「ああ、そんな話まで回ってるとは思わなくて、ちょっと驚いたな。」
正直にそう返すと、イヴァン君はますますにこにこと嬉しそうに笑いながら近寄って来た。
「王女様は、お元気にしてらっしゃいますか?」
何故か皆、当たり前のようにレイカさんのことを訊いて来るが、本当は何一つ知らされていないのと同じようなものだ。
「ああ、お会いする機会は中々ないけど、元気でいらっしゃると思う。」
当たり障りなくこうして答えるのは、何故自分の役目なのだろうかとか、卑屈なことまで考えてしまう。
「そうですか! 良かった。王女様は俺達第三の皆にとっては、救いの女神様なんですよ。」
そんなことをにこにこと無邪気に答えるイヴァン君が羨ましくなって来る。
「もう直接お話する機会なんか二度とないって分かってるんですけど、王都の街をご案内しながら一緒に歩いたこととか。魔物退治や神殿の解呪にお供した事とか。俺にとっては一生の自慢に出来るなって。」
イヴァン君の言う通りなのかもしれない。
今関わる事さえ許されないことを嘆いてばかりで、これまで関わって来たレイカさんとの思い出を振り返ることさえ出来なくなっている自分が、心貧しいのかもしれない。
「でも、ケインズさんのことは普通に羨ましいですけどね。王女様の特別なご友人って立場だし。あの王女様にカッコいいって言って貰えるなんて、羨まし過ぎですよ。」
「え?」
特別な友人扱いなどではないと言い返そうとしたところで、耳に入って来たカッコいい発言には、思わず聞き返してしまった。
「・・・そんなこと、言われた事ないと思うけど。」
「あ! あれは、ケインズさんが居なくなってから言ってたんでした。内緒だったのかな? でも、王女様が言ってたんですよ? ほら、王女様と別行動で第二の人達と接触して王子様を助けるって。出来ることをして来たいって言ってたケインズさんは、確かに俺から見てもカッコよかったなぁ。」
続いたイヴァン君の言葉には、目を見張ってから、物凄く照れ臭くなった。
「そ、そうだったかな? あの時は色々焦りもあって、精一杯やったつもりだったけど、後から色々怒られたこともあったし。」
思い出せば、あれは誰から言われたことでもなく自分で決めて、自ら踏み出した大きな一歩だったのかもしれない。
思い出して誇らしい気持ちになることもあれば、青臭い未熟さだと感じることもあって、自分にとっても甲乙付け難い出来事だった。
でも、そうやって他人から評価されることだったのだと思うと、嬉しい気持ちが湧いて来た。
特に、レイカさんがそんな風に思ってくれていたと知って、心が温かくなった。
「そっか。失敗でも成功でも、踏み出さないと何も始まらないんだよな?」
ここずっと、踏み出そうとしてやっぱり躊躇ってと、足踏みを繰り返しているような気がする。
一足飛びにレイカさんの隣を目指すのは難しいかもしれないが、背伸びして時折飛び跳ねてでも、その視界に入るように、友人だと言って貰えるような人間を目指すくらいしたって悪くないはずだ。
友人という間柄なら、レイカさんの意に染まない何かが起こった時に、相談にのることくらい出来るかもしれない。
始める前から全てを無駄だと諦めて切り捨てるのは、やっぱり違うだろうと思う。
聞きたくも知りたくもなかった色んな話を聞かされて、正直どうして良いのか分からなくなっていたが、少なくともレイカさんが帰って来た時に、笑顔でお帰りを言えるようになっておきたい。
それから、こちらで知り得た王都や王城の状況をなるべく正確に、誰かの思惑で操作されていない話としてレイカさんに伝えられたらと思う。
「王女様に次にお会いしてお話する機会があったら、イヴァン君のことも話しておくよ。」
そう締めくくると、イヴァン君はキラキラした目をしながら頷き返して来た。
「ケインズさん、お引き止めして済みませんでした! どうぞお役目頑張って下さい!」
そんな言葉を残して去って行ったイヴァン君を見送って、王城に向けて足を進めていると、後ろから歓声が聞こえてくるのに気付いた。
振り返って目を凝らすと、遠く緩やかな坂の下から第二騎士団の旗を翻した一団が登ってくるのが見えた。
魔物討伐に出ていた何処かの隊が戻って来たのだろう。
今王都では、妹達の言葉通り、魔物討伐する第二騎士団の人気が急激に上がっているのだそうだ。
第二騎士団の制服は、魔物の討伐遠征が主体だから何かと汚れやすいという理由から、地味で目立たない色柄になっていて、これまでその制服は他の騎士団と比べても埋没しがちだったが、ここ最近はその地味さも中身を引き立てて良いという謎の人気が出ているそうだ。
そういえば、居残り隊の先輩騎士達が、街に制服で出るとモテるんだと嘯いているのを聞いた。
今回の遠征で一番近場で早く戻る予定だったのは、第一のトイトニー隊長の隊だった筈だ。
魔法演習はトイトニー隊長に見てもらうことが多かったので馴染みのある人だが、第二騎士団では団長殿下の代理を務めるのはいつもこのトイトニー隊長だ。
殿下の補佐官ランフォードさんも殿下に何かあった時はトイトニー隊長を頼っていたようで、あの事件の時も一番に接触してトイトニー隊長とランフォードさんを繋ぎつつ指示を仰いだのだった。
道の端に寄って近付く歓声を聞きながら王城への坂を登り切ると、通用門を潜って中に入った。
兵舎に向かって歩いていくと、向こうから先輩騎士が走って来るのが見えた。
「ケインズ! 隊長が呼んでる。急ぎみたいだぞ?」
そう声を掛けられて、慌ててそちらに走り寄る。
「済みません。神殿から今帰ったところで。」
途中でイヴァン君と少し立ち話をしたが、それ程長い時間ではなかった筈だ。
「玄関に直行しろ。トイトニー隊長が戻られるの待ってるらしいから。」
そう言われて、引き続き玄関まで走ることにする。
ここ最近、訓練にはしっかり参加しているが、慌てて任務に当たることのないまったりした日々を送っていた所為か、玄関前に辿り着いた時には少しだけ疲れたような気がした。
「ケインズ、間に合ったな。」
そう声を掛けられて、頷き返す。
「トイトニー隊長とこれから最終調整することになるが、お前に特別任務が下りそうだ。」
そんなことを言われて隊長を見返してしまった。
「まあ悪くない話だと思う。しっかり頑張って来いよ。」
中身を知らされないまま言われた激励の言葉にはどう答えたものかと大いに戸惑ってしまった。




