398
昼食後直ぐに出発することになった馬車の中で、向かいに座ったラスファーン王子が真っ直ぐこちらを向いて口を開きました。
「お前も聞きたいことと話したいことが山程あるだろうが。まずは私の話を聞いて欲しい。」
相変わらず上から話し掛けて来た王子ですが、許可を取って来たのでまあ良しとしましょう。
「良いですよ。」
王子はそれに何処かホッとしたような顔になって、それから不意にこちらの顔色を窺うような目を向けて来ました。
「・・・お前は、私を恨んでいないのか? それよりも、憐れみが強いのか?」
少しだけ俯きがちに問い掛けて来たラスファーン王子には、溜息が出ます。
「恨むというか。腹は立ってますよ? それはもう色々と。でも、目先の苛立ちより、奥の本命を狙うのは当然でしょう? それに、貴方にはまだ都合良く抹殺されてもらっては困ることがありますからね。」
にこりと笑顔を返すと、王子は何処か気が抜けたような笑みを浮かべました。
「そうか。私にまだ利用価値があるなら、そうすれば良い。どの道、長く生きられないことははっきりしたからな。今が失われることを恐れて蓋をして来たことと、向き合う時間が来た。出来るだけ詳しく事実が知りたい。」
そう口にしたラスファーン王子の顔は、何処か不意に見せることのあるノワの顔に似ている気がします。
そのままにしておきたくないような、何かの犠牲になりながら、どうにかすることを諦めたような。
つまり、何とかしてその表情を覆してやりたいと思ってしまうんですよね。
「その為にも、お前には私の知るこの身に対する全てを話しておくべきなんだろうな。」
そう口にしたラスファーン王子は、顔付きを再び改めて、真っ直ぐこちらに目を向けて来ました。
「私が覚えている始めから、私は双子の弟サヴィスティンと魔力を循環し続ける魔道具を腕に嵌められたまま育った。」
始めの頃、双子王子の片割れの魔人は腹の中にいる内に契約したと言われて、契約相手は片割れ王子だと思い込んでいた訳ですが、よく考えればそんなことはあり得なかったんですよね。
「その腕輪を嵌めた人は誰か分かってるんですか?」
その人が契約者である可能性が高いだろうとドキドキしながら返答を待っていると、ラスファーン王子はそれに口元を歪めて笑いました。
「私達の母上だ。」
あっさり返ってきましたが、そう答えたラスファーン王子の様子からそれは余り有益な情報ではないのだろうと想像が付きました。
「私達が10歳になる前に亡くなっているがな。」
やはりという追加情報でしたね。
「魔人が未だ健在ということは、少なくともお母上が契約者ではないということですよね?」
「・・・ああ、そうだろうな。」
その返事を聞く限り、魔人の契約者をラスファーン王子ははっきりとは知らないということのようですね。
「契約者には全く予想が付かないんですか?」
「・・・いや。何となく、あの化け物なんだろうなとは分かっていたが。」
そこまで話してからラスファーン王子は言葉を切って視線を逸らしました。
「・・・お前は、エダンミールという国がどういう国か知っているか? 魔法大国、魔法使いの楽園、口当たりの良いことを言い続けているが、実態はそんなもんじゃない。魔王を求める国? いやそれも生易しい。どんなことをしても魔王を作り出そうとしている国、だ。」
「・・・はい?」
これには流石に目を瞬かせながら呆れた声を上げてしまいました。
そんなことを国を上げて掲げているとしたら、寝言は寝てから言って下さいと偉い人に吐き捨ててやりたくなりますね。
途端に返って来たラスファーン王子の失笑は、苦くて笑みになり損ねていました。
「冗談ではないのだ。その理由は知らされていないし、他の者達は知らないことだが、王族に生まれた者は幼い頃から刷り込まれるように聞かされ続ける。お前達は魔王を生み出す為に生まれて来たのだと。それだけの為に生きるようにと。」
何故と、答えられない問いを発してしまいそうになりますね。
「理由には予想も付かないんですか?」
「ああ。恐らく代々の国王だけが知ることなのだろう。そうそれと、“王の騎士”だ。」
また曰くありげな“王の騎士”が来ましたね。
「“王の騎士”というのは? エダンミールには彼の他に騎士は居ないんですか?」
「ああ。エダンミールには“王の騎士”以外の騎士職はない。代々の王の傍に必ず居て、“王の騎士”には王に次ぐ全権が与えられているそうだ。だが、王の傍にその存在を示しながら、表立って何かをした記録はないと言われている。」
それがファラルさんだとしたら、物凄く嫌〜な予感がしますね。
「へぇ〜。それはまあ、王都に行ったらファラルさんが教えてくれそうな気がしますね。今そこの深掘りは止めときましょう。それで? その化け物認定の想定契約者さんは誰なんですか?」
話を戻してみると、ラスファーン王子はまた口元を歪めました。
「兄上。王太子マーズリードだ。」
そう確信めいた表情で言われましたが、思わず首を傾げてしまいました。
「えっと、その兄王子様とは歳が離れているんですか?」
「いや? 一歳と離れていないな。私達が生まれた頃、あの人は生後8ヶ月だ。」
そんな赤ん坊が魔人の契約者などと、普通に有り得ない話じゃないでしょうか?
「あの人は生まれたその瞬間から意思を持った存在で。普通の赤ん坊が寝返りをする頃には魔法を使って自らを浮かせていたそうだ。一歳の誕生日には、魔法実験をする部屋を欲しがり、その頃から慌てて付けられた教師達はいつの間にか姿を消していった。恐らく、魔法実験の材料にされたのだろうと言われている。それから、あの人は化け物と恐れられるようになったんだ。」
成程という寒気のしそうな相手ですね。
絶対にお目にかかりたくない人物ですが、どうせ避けて通れる筈がないんでしょうね。
「まあ、そういうこともあるだろうな。先程も言ったが、王族は魔王を作り出す義務がある。だから、生まれてくる王族は、漏れなく何らかの実験台でもあるということだ。父上があの化け物をどうやって生み出したのか知らないがな。」
物凄く嫌な話に突入しましたね。
「私達は双子になるように操作された上で、2人分の魔力が育ったところで片方を殺し、もう片方がその魔力を取り込む実験をされていたようだ。だが、その実験の詳細を知った母上は、片割れが死ぬことを受け入れられなかった。そこに、兄上が付け込んだというわけだ。」
これはもう、黒幕らしい腹黒さですね。
「本当は死んでしまっている片割れの中に魔人を入れて、私との間で強制的に魔力循環を繰り返すことで心臓を無理矢理動かして魔石化を防いでいたのだとして、胎内では上手くいった仕組みも、出産後には継続出来なかったのだろう。そこで腕輪を嵌めて代用したといったところだろうな。」
詳しく説明してくれたラスファーン王子は、苦い顔で何かを堪えるような表情をしました。
「私は生まれながらに2人分の魔力をこの身に宿すことが出来たが、サヴィスティンの身体を生きた状態に保つ為に魔力を一日中循環し続ける必要があった。だがこれが、身体にかなりの負担が掛かる行為だったのだ。」
これは何となく想像が付くような気がしました。
「母上が死ぬまでは、サヴィスティンの中にいるのが魔人だとは知らなかったから、弟の為にと宥める母上の言葉にそれは仕方なく従っていた。」
これは、レイナードに聞いた幼い頃の双子の王子達との出会いの話とも一致しますね。
だからと言って、レイナードを魔力暴走させて、未来のシナリオを暴露して追い詰めたことは、許されることではありませんが。
「母上が亡くなってから、兄上が実はと明かしてくれたのが、サヴィスティンの中身が魔人だという話だった。」
これは、巧妙に誘導された跡がありありですね。
「そして、その不自由な身体の方を魔人に押し付けて、私がこれまで健康を保ってやっていたサヴィスティンの中に入って過ごせば良いと提案したんだ。」
それが今の状態で、但しその手段が気になります。
「魔人の身体というのは、生身ではなく世界に繋がっていて、魔人の意志に従って凡ゆる場所に再構築して出現が可能なのだと。だから、出現場所だけ魔人に指定させて、その再構築した身体に目印を付けて飛べば良いと。」
これには首を傾げてしまいます。
「魔力循環を繰り返しているのに、世界に繋げて再構築出来るの?」
「ああ、再構築してから大急ぎで循環を再開すれば問題ないようだった。その魔力循環を辿って中身をサヴィスティンの身体に移せば良いからそれも難しくない手順だった。」
これで、サヴィスティン王子に眠りの魔法を掛けるつもりで還元してしまった時に、中身がないように見えたことや、サヴィスティン王子の身体を満たす魔力が何故かいつも目視出来たことも、説明が付きました。
サヴィスティン王子の中に見えた魔力はそもそもラスファーン王子の魔力だったということですね。
「だが、最近は私の本体の状態が悪くてな。だから、魔力循環も上手く働かなくなってきていたのだろうな。」
心臓の魔石化が始まったサヴィスティン王子の身体は、もう限界を迎えていたのでしょう。
「それに、魔人の契約者については、これまで考えてみたこともなかったが、まあ兄上に良いように使われていたということだ。」
マーズリード王太子、かなりの曲者のようですね。
それはともかく、王子に会った時から考えていた提案をする時でしょう。
「ラスファーン王子。貴方に自分の身体に戻って、魔力循環を止めることを提案したいんですが。」
「サヴィスティンは、いやサヴィスティンの身体に入っていた魔人は、身体を失うことになるのだろう? 抵抗されるのではないか? 兄上を出し抜けるだろうか?」
そんな懸念点を挙げるラスファーン王子に、少しだけ苦い笑みを返しました。
「多分ですけどね、魔人には人間の抜け殻など本当は必要ないんですよ。実際、これまでいろんな場面で、サヴィスティン王子に入っていないその魔人さんが暗躍しているのを見掛けましたからね。」
王太子マーズリード、やはりとんでもない危険人物のようですね。
ラスファーン王子はその王太子の手の平の上でずっと良いように転がされ続けていたということなのでしょう。
そして、カダルシウスに対して何らかのケジメを付ける必要が出て来たので、丁度身体の限界を迎えていたラスファーン王子を切り捨てることにしたと。
「王都に着く前には決断しておいて下さいね。」
ラスファーンは複雑そうな表情のまま黙って頷き返して来ました。




