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「あーもう疲れた〜。何だろこの達成感のない結末って。」
ミーアのぼやく声を聞きながら、モソモソと昼食を摂っているが、こちらも心ここに在らずだ。
この広場の何処かで同じく昼食を摂っている筈のレイカの顔が頭から離れない。
味気ない旅食に文句を言っていないだろかとか、連れて行ったラスファーン王子とはやけに仲が良さそうだったが、いつの間に知り合ったのか、とか。
もっと一大事な心配事が山程あるのに、今頭の中を占めているのは、そんなつまらないことばかりだ。
久しぶりに目にしたレイカは相変わらず可愛くて、抱き寄せて他の者の目から隠してしまいたくなった。
「・・・末期だな。」
ボソッと呟いてしまうと、隣でクイズナーが呆れたような吐息を漏らしていた。
「失礼。先程、魔物討伐の際に魔法援護して下さった方に一言お礼を申し上げたく。」
そんな聞き覚えのある声が聞こえてサッとクイズナーと目を見交わしてしまった。
「シルくん? 行ってあげる?」
ミーアが気を遣ってくれたようで、そう問い掛けて来るのに、一つ頷いてクイズナーと一緒に立ち上がった。
あの混戦状態で気付くとは流石だが、上手く接触してくれたものだ。
近付いて行くと、バンフィードは何でもない顔をしつつ型通りの礼を口にし始めた。
「あの魔物相手に思いの外手間取っておりまして、あそこで魔法使い殿の鮮やかなご助力大変助かりました。」
確かに咄嗟にかなり精度の良い魔法を放ってしまっていたが、少なくともミーアやラチットには見られていなかったので後で適当に誤魔化せるだろうと思っていた。
「いえ、偶々上手く決まってお役に立てたようで。」
控えめに返しておくと、バンフィードがすっと目を細めたようだ。
「腕の良い魔法使い殿を見込んで、少しご相談が。これから宜しいでしょうか? 少しお時間を頂きたい。」
上手にこの場を離れる理由をでっち上げてくれている。
「まあ、少しなら。彼も連れて行くが良いか?」
チラッとミーアの方に目をやるが、ラチットと何か話し込んでいるようだ。
今なら大丈夫だろう。
「ええ。では。」
言って先に立って歩き始めるバンフィードに従ってこちらもクイズナーを伴って足を進める。
「あの方にはまだ貴方様を見付けたことは話していません。」
前を向いたまま抑えた声音で話し始めたバンフィードの背中に強い視線を向けてしまう。
「王都であの方の護衛中に貴方様の火魔法を拝見いたしました。実はあの方に命を救われてから、行使された魔法の中に微かに持ち主の魔力の残滓が見えるようになりました。」
だから、あの氷魔法を放ったのが自分だと気付かれたのだろう。
忘れ掛けていたが、自分とクイズナーは外見の認識を阻害させる魔道具を身に付けたままだった。
「それでも、良く分かったな。」
認めない訳にもいかずそう答えると、少々ムッとした表情になったバンフィードがチラッとこちらを振り返った。
「貴方は、ウチの主人がどんな気持ちで貴方を案じていたのか、そして今回追い掛けて来たのか、良くお考えになって頂きたい。」
真っ直ぐザックリと来た糾弾に返す言葉がなく、聞き入るしかない。
「来たからには色々と用事がお出来になったようですが、目覚めた時に貴方が居なくなったと知ったあの方が、どれ程傷付かれたか。そしてそれを誤魔化すように追い掛けると即決されたあの方が、手段を選ばずあの叔父君から許可をもぎ取ったのには、あの方を守ると誓った我々ですら止められなかった程です。」
軽く見るなというバンフィードの言葉には胸が痛くなる。
実際その通りなのだろう。
目覚めてからのあの短期間で、返礼の大使一行に紛れ込んだ手腕には驚くしかない。
それも、あの叔父上を説得して許可を取ったとは、どうやったと逆に聞いてみたい程だ。
エダンミールからの援助隊とサヴィスティン王子がカダルシウス王都に入ったあの日、謁見の間で自分が去った後に繰り広げられた守護の要修復についても、満を辞して訪れた筈のエダンミール側に否やを言わせず許可をもぎ取ったと聞いている。
兄の王太子から後日談として聞いたが、あれは相当出来るぞと兄が結論付けたのは印象的だった。
「済まなかった。彼女にはきちんと詫びるつもりでいる。」
こちらも真っ直ぐそう返すと、バンフィードがピクリと眉を上げた。
「それだけ、ですか?」
厳しい口調で追求してくるバンフィードには苦笑を返すしかない。
「自分の手の中に決定権がないことで、彼女を煩わせたくない。もう二度とだ。」
縁談が一時的に流れたと話した時のレイカの傷付いた顔が忘れられない。
それなのに、そんな彼女を抱き締める権利のない自分が堪らなく惨めで悔しくて、あんなことには二度としないと心に誓った。
「はあ。貴方様は何もお分かりでないようだ。今度すれ違ったら、もう次はないと思われた方が良い。最後の警告です。それでは、これからあの方に貴方様のことを伝えて参ります。今夜の宿ででも、機会をお作り下さい。」
バンフィードはそう一方的に告げると、ふとクイズナーにも頷き返してから去って行った。
「あのバンフィードから、あれ程言われるとはな。」
溜息混じりにクイズナーに溢すと、彼にはまた肩を竦められた。
伯爵子息のバンフィードは、第一騎士団に見習い時代から所属していた所謂エリート騎士だったが、兄の婚約者候補筆頭だったキースカルク侯爵令嬢のアルティミアと幼馴染だったそうだ。
顔見知り程度の付き合いに見えていた2人だが、兄とマユリの婚約が決まってアルティミアが領地に帰ることになった頃、バンフィードも唐突に第一騎士団に辞表を出して辞めてしまった。
領地に帰って伯爵の後継者になるのだと思っていたが、レイカと共に王都に戻って来た頃にはキースカルク侯爵家とヒルデン伯爵家からの婚約願いが受理されて2人の婚約が正式に整っていた。
その両家はレイカに恩義を感じているようで、もしもレイカが王女として単独派閥を作るならこのニ家が筆頭になるだろうとまことしやかに囁かれていた程だ。
レイカには権力思考はなさそうなので実現はしないだろうが、ニ家はレイカが健在な間は何処の派閥にも属することはないだろう。
となると、レイカの結婚相手について画策が始まるのではないだろうか。
それを防ぐ為に、叔父上は動かざるを得なくなる可能性があり、もしかしたらレイカが王都を離れている今頃、婚約者候補の洗い出しが始まっているかもしれない。
これにはまた心が騒ぐが、今の打つ手のない自分にはどの道どうしようもないことだ。
「バンフィード殿は、あの方に心酔されている様子でしたからね。それを恋心と勘違いしなかったところは評価出来ますが。まあ、あの方のお相手には厳しそうですよ。」
クイズナーの評価には口元が苦くなる。
色々と越えなければならないものは多そうだ。
「彼女の気持ちは、本当に私にあるのだろうか?」
本当はイマイチ不安に感じていたそれを口にすると、クイズナーが少しだけ困ったように目を細めた。
「どうなのでしょうか。一月一緒にいながらも、それだけは確信が持てませんでしたね。強いて言うなら、誰も求めていないようにしか見えず。それなのに、貴方のことを我がことのように案じ、好意を全面に出しているケインズのことも戸惑いながらも遠ざけようとはせず、親しい友人として扱っていたように見えました。」
異世界人のレイカは自分達とはそもそも感性が少し違うのかもしれないが、マユリと兄を見る限りそうだとは言い切れず。
「時折不安になる。レイカに真っ直ぐ想いを伝え続けて振り向かせるつもりでいたが、本当にそれが正しいのか。レイカを私は幸せに出来るだろうか。」
ついそんな言葉が口を突いて出てしまい、はっと我に返る。
「いや、今のは忘れろ。何でもない。」
この上なくバツの悪い気分になった。
「宜しいのでは? 人生の内で一度くらいは真剣に恋の悩みを抱えてみるものだと、人生に彩りを添える大事なものなのだと。タイナーが力説しておりましたよ?」
この他人事感満載な言葉には反発を覚えてしまう。
「そういうお前は? 私より余程長い人生を生きてるんだから、一度と言わず幾度も彩ったんだろうな?」
「ふふ。それはどうでしょうね?」
完全に良いようにあしらわれてしまったが、親よりも歳の離れたクイズナーにこの手のことで勝てる筈がない。
「まあ良い。今夜、漸く会って話せる。」
油断すると顔の全面に溢れ出しそうな想いを咳払いで押し込めると、ミーア達の元へ戻るべく踵を返した。




