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エダンミールの双子王子のカラクリは、サヴィスティン王子の現状をしっかり見てみたことで、漸く分かったような気がします。
「これまでどなたも気付いていませんでしたか? サヴィスティン王子の身体は、主がとうに亡くなっていたんじゃないかと思うんです。」
双子の王子の片方に魔人が成り代わっているのだとは、ノワも認めていましたが、そもそもそれは完全な成り代わりではなかった筈なんです。
囚われていたシルヴェイン王子を助ける為に幽体離脱して王都に出掛けた時、女魔人が話していましたが、魔人は人間の身体に入って動かすことは出来ないのだと。
生身の人間を維持したり動かすことは出来なくても、既に亡くなっている身体なら、システムに入ることも再構築することも出来たのではないでしょうか。
ただ、その亡くなっているサヴィスティン王子の身体に、もう1人の王子の中身が入っているのは、何故どうやって?という疑問は残ります。
「本来なら亡くなったその時に心臓が魔石化するところを、実際には魔石化は極ゆっくりと進んでいた。それは、これまで片割れ王子が魔力循環を繰り返していたから、完全に魔石化せずに辛うじて生身を保って来たってことなんじゃないかと思います。」
この解説に、魔力見をしていたファラルさん以外の人達が驚きの目を向けて来ます。
「でも、そろそろその身体は寿命のようですよ? ラスファーン王子?でしたっけ?」
目を向けた先で、王子が何か覚悟を決めたような諦めたような顔付きで見返して来ました。
「・・・その名で呼ばれるのは、随分と久しぶりだな。間違いなくこの世に生を受けた時に貰った私の名の筈だったが。私の本当の身体は、この身体を保つ為に絶えず魔力を循環させていた所為で、無理が祟ってボロボロなのだ。」
だから、動かせるサヴィスティン王子の身体を使っていたのだとして。
この成り代りを裏で取り仕切っているのは誰なのかですね。
そんな会話をしながらさり気なく周りを観察しておくと、先程サヴィスティン王子に駆け寄って来た援助隊の副隊長ジェンキンさんがそおっとその場を離れようとしているのが目に入りました。
あれは、締め上げるべきか泳がせるべきか判断に迷いますが、泳がせるにはこちらの手数が足りません。
せめて、この国に既に入っていて何かの調査を開始している筈のシルヴェイン王子やクイズナー隊長に接触出来れば良いのですが。
「ジェンキン副隊長は、どちらに行かれるのですか?」
鋭い口調ではっきりと問い掛けると、離れ掛けていたジェンキン副隊長が、びくりと身体を震わせながら立ち止まりました。
「え? いや、ちょっと。」
言葉に困って目を彷徨わせるジェンキン副隊長ですが、怪しいことこの上ないですね。
と、王子が歪んだ笑みを浮かべて吐き出しました。
「カディ?と呼べば良いのか? 放っておけ、アイツは“饗宴”に確認を取って、私の始末を相談して来るつもりなんだろう。」
“饗宴”というのは、魔王信者団体の名称でしょうか?
「あーあのぉ。カディさんでしたっけ? 貴女何者?っていうのは一先ず後回しにするとして。サヴィスティン王子ではないそちらの方は、ラスファーン第二王子殿下でいらっしゃるのでしょうか?」
魔王信者団体の使者のお姉さんが、魔力見の人達の後ろからこちらに割り込んできました。
「それは、王都へ戻って父上の前で説明しよう。それで構わないな?王の騎士ファラル?」
王子が意味深に話を振ったファラルさんですが、この人も突っ込みどころ満載なチグハグで良く分からないことになっている人ですね。
「・・・ラスファーン王子、貴方のことは個人的には非常に同情しておりますが、この国らしい闇の一つだ。だが、漸く止まっていた時が動き始める。」
ファラルさんの方も、含みのある言葉を発して、ふっとこちらに微笑み掛けてきました。
「貴女に賭けてみましょう。カディ殿、貴女は漸く現れた全ての条件を満たす人だ。」
何か不穏な発言が始まって、寒気と共に口元が引きつります。
「え? 私は、必要とあらば出来る範囲で貴方のお手伝いしますよっていうスタンスなんですけど?」
ノワさんのお膳立てがある以上、断れない案件なのは分かりますが、ちょっとくらいは後々の保身に走っておきたいじゃないですか。
「ふふふ。私を焚き付けた癖に、今更手を引こうというのは身勝手では? 知りたいでしょう? 私がこんな状態で、王子に“王の騎士”と呼ばれる理由が。・・・いや、貴女は知っておくべきだ。」
最後は何やら真剣モードになったファラルさんの発言は、相変わらず不穏な匂いがぷんぷんします。
が、周りの皆さんも“王の騎士”というワードに騒ついているようですね。
「ヘイオス隊長? 彼が“王の騎士”だというのは本当?」
魔王信者団体の使者のお姉さん、ミーアさんがヘイオス隊長に詰め寄っていますが、それに対するヘイオス隊長は苦い顔です。
「・・・分かりません、が、恐らく本当なのでしょう。」
「そもそも“王の騎士”が、何故援助隊に?」
「分からんが、隊長は知っていたのか。いや、知らなかっただろうな。陛下を始め、上の方々の考えはいつも不透明だ。」
「・・・まあ、そうだわね。」
ヘイオス隊長とミーアさんの間では何か結論が出たような雰囲気になったようです。
「さて、それじゃ。カディちゃんだったかしら? 改めて、お姉さんとお話しましょうか?」
と、こちらに向いた矛先に、どうしたものかと目を泳がせていると、そのミーアさんを魔力見をしに来た人達の内の1人がぐいっと後ろに引き寄せました。
「ミーア、ダメだ。その子には触っちゃいけない。そっと放っておこうな。“王の騎士”が言っただろ? 全ての条件を満たす人物だって。」
「ラチット? “王の騎士”が王都に招いたってこと?」
問い掛けるミーアさんに、ラチットさんという人が苦い顔になりました。
「そうだとしたら、分かるだろう? つまり、出来損ないじゃなかったってことだ。」
「・・・そういう? え? でもそれって、確かに触れないけど、大事じゃない?」
いやいや、お二人の会話がどういう意味なのか、知りたいような知りたくないような。
思ったより大きな事態にドボンと巻き込まれているような気がしますが、きっと気の所為です。
「カディ殿、後のことはキースカルク侯爵にお任せして、帰りましょうか?」
ポンとキツめに肩に手を置かれて、笑顔の圧が凄いリーベンさんに言われました。
「リーベンさん・・・。何だかごめんなさい。でも、色々諦めて貰えると嬉しいかも。これからまともに生きていく人生を手に入れる為に色々頑張らなきゃいけないみたいなんですよ。」
「・・・それは、寵児だからですか? それとも貴女だからですか?」
少し声を落として問い掛けるリーベンさんに、へらりと困ったような笑みを返してしまいました。
「きっと、どちらもなんでしょうね。世界だか神様だかと調整しながら、存在意義の落とし所を探ってる。それが、レイナードさんに成り代わった異世界人の私の生きる道みたいなので。」
リーベンさんが痛ましいものを見るような目を一瞬こちらに向けてから、肩に置いた手を頭に移しました。
「では、仕方がありませんな。何処までもお供いたしましょう。」
優しげな目付きになって頭を撫でてくれつつ、最後には悪戯っぽい目で笑いました。
「まあ、無謀に突っ込もうとなさる際には、それでも全力でお止めしますが、ね。」
そう言って、面倒な色々を抱えるこちらの事情を汲み取ってくれたリーベンさんには感謝です。
それに漏れなく巻き込むことになってしまったのは申し訳なかったですが、正直心強い気持ちになってホッとしてしまいました。
そんなこちらのこっそりやり取りを見ていたのか分かりさんが、ファラルさんがヘイオス隊長やミーアさん、アダルサン神官と話を付けてくれているようです。
「ラスファーン王子の身柄は一先ずカディ殿にお預けしつつ、これまで通り我々援助隊で護衛しましょう。」
“王の騎士”という何やら特別な地位を持つファラルさん主導で、サクサクと段取りが決まっていきます。
王子にはもう少し突っ込んで色々と聞いてみたかったので、その時間を与えてくれるつもりのファラルさんには感謝ですね。
エダンミール王家の秘密とか、本来なら絶対に関わりたくないような場所に踏み込んで行くことになりそうですが、避けられないレールに乗せられているようですし、いざとなればノワも何か助言してくれるでしょうし、きっと何とかなるでしょう。
そう割り切ることにして、その場でグイッと伸びをします。
「はあお腹空いた。そろそろお昼ご飯にしても良いよね?」
よく考えたら昨晩は消化に良いスープ、今朝も念の為にと軽めの朝食だったので、腹持ちは最悪です。
「大丈夫ですよ? ハイドナーが昼食のバスケットは死守していた筈ですからね?」
バンフィードさんがやけに力の籠った様子で保証してくれましたが、また欠食児童的な扱いになっていないでしょうか?
まあ食事はとっても大事なことですけどね。
という訳で、王子を手招きつつ最初に昼食準備を始めていた魔物出没地点に戻ることにしました。




