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「前方に援助隊の一団を発見!」
「何やら騒ぎが起こっている様子です!」
遠目にそれらしき集団を見付けてから最後の追い込みに入ったが、近付くにつれて人の騒ぐ声が聞こえて来る。
休憩する為に止まった場所なのだろうが、そこを右往左往する非常事態が起きているようだ。
「御者の乗っていない暴走馬車が突っ込んで来ます!」
「中に誰か乗ってるかもしれん。御者台に飛び移って馬を抑えろ!」
兵士隊長のヘイオスの指示で前を行く兵士達の数名が暴走馬車に向かって行くようだ。
「一団の中程に、魔物が一匹いる模様!」
それが援助隊が騒いでいる理由なのだろう。
「半数は魔物退治を手伝いに入れ!」
ヘイオスの指示で兵士達は二手に分かれるようだ。
「シルくんとクディも手伝いに行ったら? 魔物退治しながら援助隊の様子見も出来るでしょ?」
ミーアの提案に乗ることにして頷き返すと、魔物の姿がチラッと見える方向に向かう兵士達に着いて行くことにする。
小さな林の側の街道傍で魔法詠唱の声と掛け声、剣戟の音が聞こえて来る。
風魔法で牽制した後に武器攻撃と、中々に連携の取れた動きをしている。
魔物討伐部隊の責任者をしている身としては、ちょっと興味を惹かれる現場だった。
近付きながら目を凝らした先で、武器攻撃班の中で目を引く存在が2人だ。
1人はエダンミールの兵士で階級のありそうな制服を着ている。
そしてもう1人は、キースカルク侯爵家の私兵の制服のようだが、見覚えのある男で、ただ今ここにいることが意外過ぎて思わず目を見張ってしまった。
キースカルク侯爵の娘アルティミアの婚約者バンフィードだ。
彼はレイカの専属護衛騎士になる為に、一度辞めた第一騎士団に再入団した筈だった。
今回だけキースカルク侯爵に同行が決まったのだろうか。
そんなことを考えつつ、振り上げた手の先に魔力を集めて、シルが一番得意という設定になっている氷魔法で氷槍を作り出して魔物にぶつける。
と、ギャッと叫んだ魔物にその隙に先程の2人がトドメを刺した。
周りから一斉に討伐完了の歓声が上がったが、バンフィードはそれには混ざらず、さっさと踵を返してその場を走り去って行く。
その視線を辿った先で、もう一つ人だかりが出来ていることに気付いた。
そこを取り囲むヘイオス隊長とミーアや神官達もその中心にいるようだ。
つまり、そこに遂にサヴィスティン王子を見付けたということだろう。
「シル。」
クイズナーに促されて頷き返すと、こちらもその人だかりに駆け寄って行った。
「はあ?」
「ちょっとお嬢ちゃん? いきなり何を言い出すつもりかしら?」
「そうですよ。何か事情がお有りかもしれませんが、それは少々無茶な誤魔化し方ですよ?」
ヘイオス隊長からミーアとアダルサン神官が何か口々に言い募る声が聞こえて来る。
「あー手遅れだったかぁ。出会っちゃってるよぉ。そしてやっぱ面倒なことに。」
ラチットがその後ろでぶつくさ呟いている。
「ですよね? 王子様?」
とそれに反論する女性の声を聞いた途端、心臓が大きく跳ねる音を聞いた気がした。
問答無用で人垣を掻き分けて、その中心が見えた途端、崩れ落ちそうになる程全身に脱力感が走った。
「全く、何処まで見抜いてるんだ。・・・確かに、正確には私はサヴィスティンではないな。」
そう答えたのはサヴィスティン王子で、その前を遮るようにレイカが立っている。
その会話の中身も展開も全く理解出来なかったが、そんなことはどうでも良いと思える程、レイカから目が離せなかった。
「そんな訳の分からん言い逃れが通るとでも思ってるのか!」
ヘイオス隊長が声を荒げて一歩レイカに詰め寄ると、サッとバンフィードとリーベンが前に出て庇う体勢に入った。
成程、だからバンフィードがここにいた訳だ。
そして、リーベン隊長だ。
彼は叔父上の信頼が厚く、第一騎士団に所属しながらも、内密に叔父上の意図を汲んだ様々な仕事を請け負っていたようだ。
寵児のマユリが降り立った頃は、兄の王太子の護衛につきながら、その動向を叔父上に報告していたり、父王からの許可が降りるまでは、2人をそれとなく引き離すような任務もこなしていた。
偶々それに気付いてしまった時には、困ったような笑みを返されて、口の前に内密にと指を立てられたものだ。
そんな彼が付いていながら、何故レイカがここにいるのか、全く理解出来なかった。
「では、魔力見が出来る方をこちらに呼んで頂けますか?」
それでも動じずに次に向かうレイカは呆れる程に元気だ。
元気なことは良いが、絶対に来てはならない場所にレイカが足を踏み入れている事実に、抑え難い苛立ちを感じる。
何故今ここに、と誰を糾弾すべきか見渡していると、レイカの言葉を受けて腕組みで上から圧を掛けるヘイオス隊長と、アダルサン神官やミーアに呼ばれたラチット、エダンミールの兵士の中から1人と、先程魔物を倒していた援助隊の中の腕の良い上級兵士が1人レイカの方に歩いて来る。
「カディ殿? どうかされましたか?」
その上級兵士が問い掛けて、レイカがにこりと笑みを返している。
どうやらレイカはカダルシウスの王女で聖女のレイカとしてではなく、偽名で援助隊に紛れ込んでいたようだ。
「ファラルさん、聞いてくれます? そちらのヘイオス隊長さんが、この人をサヴィスティン王子だと言って捕縛命令書を見せて来たんです。」
さも当たり前に困ったようにファラルという兵士に答えるレイカに、何となくもやっとする。
「・・・そこを今深掘りされるつもりですか?」
「はい。開始でいいですよね? ファラルさん。」
にっこり笑顔で返すレイカに、ファラルが何かダメージを受けたように胃の辺りを抑えたように見えた。
「貴女は、怖くはないのですか? 物事が大きく動く時には、その影で様々な弊害も起こる。それを背負う覚悟はどのように決めたのです?」
「何も考えないこと、その代わりどんな結果が出ても受け止めること。望む通りの結果を生み出す為の根回しと努力を怠らないこと。」
そう堂々と答えたレイカは、強い瞳に優しさを宿してファラルに微笑み掛けた。
無性に面白くない気持ちになるが、我慢して成り行きを見守ることにする。
「ファラル副隊長、どういう意味だ?」
ヘイオス隊長が、援助隊の副隊長だというファラルに厳しい目を移して問い返している。
「王都まであの方を連れ戻って、陛下の真意を伺うしかござまいません。あちらの侍女殿の言われる通り、あの方はサヴィスティン王子とは言えない状態ですから。」
言ったファラルは、ラチットやアダルサン神官達魔力見に集まって来た者達に目を向けた。
「・・・どういう事なんでしょうか? レ、カディ殿?」
アダルサン神官がサヴィスティン王子をじっくり見た後でレイカに戸惑うような目を向けている。
その他の魔力見の者達も戸惑いを隠せない様子で首を傾げていたりする。
「魔石化が始まってるってことは、本当はサヴィスティン王子の身体は随分前に既に? だが、それならどうして中身は生きててあんな身体を動かせるんだ?」
ラチットが独り言のように呟いた言葉にその場にいた者達が一斉に眉を顰めた。
「シル。どうしますか? あの方、面倒事にど真ん中から突っ込んでいますが? 止めてみますか?」
クイズナーが後ろからこそっと声を掛けて来る。
「知ってたのか? 援助隊に彼女が混ざっていること。」
それにクイズナーは小さく肩を竦めてから頷き返して来る。
「まさかと思っておりましたが、あの方ですから大いに有り得ることでしたね。またもや、読み違えておりました。」
乾いた笑い付きで囁いたクイズナーに、こちらも苦笑するしかない。
今朝からずっと聞かずにいたのは、彼女がこちらの連れ戻し要員として援助隊に混ざっていることだったのだろう。
「止めて止まるのか?」
「いいえ。動くと決めたあの方は結果止められないでしょう。ただ、何処までも突っ走らないように手綱を付けておくことは不可欠です。」
そのクイズナーの言い草にはまた苦笑が浮かぶ。
「ではどうする?」
ここは彼女と前回の旅を共にしたクイズナーに意見を求めてみる。
「ミーア達に見付からないようにあの方と話し合いをして、落とし所を探って下さい。言質を取って行動に制限を設けてから、あの方の用事に少し付き合っておきましょう。恐らくそれで、我々の目的は果たせる筈です。」
確かにそうする他ないのだろうが、何とも締まらない潜入捜査になったものだ。
再び目を向けたレイカは、にこにこと問題発言を続けているようで、あの度胸には素直に感心してしまった。




