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「カディ様。お寒くはありませんか?大丈夫ですか?」
サミーラさんが肩まで布団を掛けながら心配そうに覗き込んで声を掛けてくれます。
「サミーラさん、ホント情け無いです。皆さんにごめんなさいって伝えて下さい。」
ふわふわと働かない頭を捻って謝罪の言葉を口にしてみますが、途端にサミーラさんに眉を寄せて難しい顔をされてしまいました。
「カディ様は、周りに気を使われ過ぎです。こんな時くらい、何も考えずにゆっくりお休みになって下さい。」
言って額に濡れ布を乗せてくれたサミーラさんですが、休める程静かになったのはつい先程です。
馬車の中で不貞寝(?)をして目覚めた後、頭も身体も重くて動かなくて、宿に着いて降りる段になっても足が進まず首を傾げていると、見兼ねたバンフィードさんが馬車に乗り込んで来て抱え降ろしてくれたのですが、その時熱があると指摘されました。
そのまま宿のベッドに直行になったのですが、そこから取っ替え引っ替え皆さんが様子見に来るので、何事という騒ぎになってしまいました。
ただの聖女様の侍女の筈が、怪し過ぎだろうと思います。
「はーい。一晩ゆっくり休んだら、きっと明日の朝には復調してると思うから。」
頑張ってなるべく元気な声を出してみますが、頭がクラクラしますね。
一先ず、何も考えずに眠るのが一番でしょう。
「そうですね。それでは、一眠りされた後に食べられるように何か食べ易いものでも頼んで来ますね。」
サミーラさんが言って部屋を出ていくと、宿の部屋に一人きりになりました。
恐らく、部屋の外でリーベンさんやバンフィードさんがそれとなく警護してくれているのでしょうが、こういう時は何となく人恋しい気分になりますね。
なんて事も考えつつ目を瞑ると、あっという間に眠りに落ちていたようです。
気付くと窓の外は暗く、無意識に顔の側に出ていた手が包まれるように握られている感覚に気付きました。
「ノワ?」
掠れ気味の小声で呼び掛けると、握られていた手に少しだけ力が入ったようです。
「大丈夫ですから、もう少しお休みなさい。」
少しだけいつもより大人びた口調と声音に聞こえて、霞む目を凝らそうとしましたが、そっと頭に乗った手から暖かな魔力が流れ込んで来て、身体の芯からじんわりと暖かくなって来るような気がしました。
「あれ? ノワの手、あったかい。」
思ったままを覚束ない口調で呟くと、今度は頭をそっと撫でられました。
「それ程、先代殿に似ていますか?」
呟くような小さい声でそう返されましたが、頭にふと浮かんだ疑問符を回収出来ない内に、更に抗い難い眠気が訪れました。
「早く良くなって下さらないと。ここで足止めを食うわけにはいかないのでね。」
そして続いた言葉は、耳から滑り落ちていきました。
「殿下、起きられますか?」
不意に額に心地良い冷たさを感じて薄らと目を開けると、ニーニアさんが覗き込んで小声で続けます。
「スープを貰って来ましたが、起き上がって食べられますか?」
「・・・うん。」
ベッドに降ろされた時のような身動き出来ない程の怠さは抜けて、喉が渇いているような気がします。
窓の外は真っ暗で、寝入ってからそれ程時間が経っていないのか、まだ夜のようです。
ニーニアさんに背中を支えられつつ半身を起こすと、やはり先程よりも頭も軽くなって、随分と気分が良くなっている気がします。
部屋の中には心配顔のニーニアさんとハイドナー、壁際にリーベンさんとバンフィードさんがいます。
ハイドナーの持つお盆からスープを掬い上げて冷ましてから、ニーニアさんが口に運んでくれますが。
「自分で食べれそうですよ?」
そっとそう返してみると、ニーニアさんには眉下がりに首を振られました。
「いいえ。せめてこれくらいさせて下さい。」
何か悲痛な表情で言われたので逆らえず、大人しく口に運んでくれるニーニアさんからスープを飲ませて貰いました。
残念ながらほぼ味を感じないスープでしたが、病人食ということで元からそうなのか、熱を出して味覚がおかしいのか分かりませんでした。
ただ、温かいスープが身体には染み渡るようで、有り難く完食出来ました。
ホッとしたような空気が流れる中、ニーニアさんがはっしと手を握って来ました。
「殿下、申し訳ございません。これ程お身体の調子を崩しておられることにも気付きませんでしたし。私が本当に聖女様なら、多少なりとも癒して差し上げられたところを、何も出来ず。」
ウルウルと目を潤ませながら言うニーニアさんにはこちらの方が悪い気がしてきてしまいます。
「そんなことないですよ。聖なる魔力を持ってても治療魔法には得手不得手があるみたいだし。それにあれ、使い所が難しい魔法なんですよ。」
聖なる魔法持ちでなければ理解し難いのでしょうが、“促進”は患者に負担がかかり、“還元”は術者の消費魔力が半端ないという万能には程遠い魔法です。
その上、状態によっては使わないほうが良い場合もありますからね。
命に関わる重症なら、出来るなら還元魔法を、出来ないなら促進魔法を様子見しながらかけるべきですが、中途半端な怪我や病気に促進魔法を使うと、患者に余計な負担をかける場合があります。
以前ケインズさんとオンサーさんが怪我をした時に、ケインズさんの治療をしたのは正解で、オンサーさんに施した促進魔法は明らかに失敗でした。
ただ、こういう魔法は使い勝手が良過ぎない方が世の中の秩序の為に良いのかもしれません。
命に対する重みとか、危険に相対する姿勢のバランスが崩れて、身を守れない人間が出来上がりそうです。
「そうなんですね。やっぱり聖女様の世界は奥深いですね。」
更に気落ちした風なニーニアさんには小さく苦笑いを返しておきつつ、部屋の中を見渡します。
「あの。さっきまで、誰か他にも居ました?」
要領を得ない聞き方になってしまいましたが、良く分からない違和感を感じるような?
「いえ。部屋に出入りしていたのはサミーラと私だけです。今食事で起きて貰うからということで、隊長や手伝いにハイドナーが入って来ましたが。」
ニーニアさんがそう答えてくれましたが、何ともすっきりしない気持ちになっていると、リーベンさんが一歩近付いて来ました。
「少し前に、皆で食事を摂る時に、ほんの少しの間だけお一人にしましたが、その時に何かありましたか?」
険しい顔になったリーベンさんと、バンフィードさんは思いっきり眉を寄せています。
「いえ。気の所為だと思います。きっとノワかジャックがいたのかも。」
そう誤魔化すように口にすると、バンフィードさんがベッド周りを注意深く確認し始めます。
「申し訳ございません。皆で食事をと声を掛けられまして。聖女様の侍女殿の為に残る訳にもいかず。今後は何か言い訳を作って、お一人にはしないように致します。」
リーベンさんがかなり真面目にそう返してくれて、やはり苦笑いが浮かびます。
「良いですって。きっと気の所為ですから。」
こちらも言い募っておくと、いつのまにやら側まで来ていたバンフィードさんが、こちらに手を伸ばし掛けて手を止めました。
「頭の辺りに、微弱ですがレイカ様のものではない魔力が。」
厳しい顔になったバンフィードさんは手首にバングル代わりのように嵌めている腕輪を凝視しているようです。
「魔道具か何か?」
「ええ。アルティミアから贈られた魔法干渉を見抜く石です。」
言ってバンフィードさんが見せてくれたのは、アルティミアさんの瞳の色の青い石で、その色が微かに濁っているように見えます。
「レイカ様と自分以外の外部出力魔力に反応して曇る仕様です。」
中々高性能な魔道具ですね。
「でも、それならやっぱりノワかジャックじゃない?」
「いえ。ノワもジャックも、レイカ様の魔力を日常的に取り込んでいるので、レイカ様の魔力の一種と認定されて反応しない筈です。」
言われて頭に手を乗せてみると、ふと何かが浮かんだ気がしました。
「・・・うーん。何となく、どういうことか分かったかも。それならまあ、今は放っておくしかないかな。」
そう溢しておくと、途端にリーベンさんにそれは渋い顔をされました。
「つまりまだ今は明かすおつもりがないと、そういうことですね。」
バンフィードさんが上から睨み下ろすような目で見てから、ふうと溜息を吐きました。
そして、パッとサミーラさんから奪い取るように手を握ると、こちらと目を合わせるようにベッド脇に膝をつきました。
「もし、レイカ様に纏わりついていた魔力を持つ者を見付けたら。始末してさせて頂きます。」
とんでも発言を始めるバンフィードさんに、一気に顔が引きつります。
「だ、ダメですって。始末とか、バンフィードさん何処の裏稼業の人ですか。アルティミアさんの為にも真っ当に生きなきゃ駄目ですよ?」
「はい? 不用品の片付けをして生活空間をすっきりさせておくことが、何故アルティミアの為にならないのです?」
心底理解出来ないという顔で言ってくるバンフィードさんとは、きっと一生分かり合えることはないでしょう。
「人を生活ゴミと一緒に扱うような人には、握手券はあげられません。返して、いいえ、撤回させて貰いますからね!」
「そういうのは詐欺というのではありませんか? お約束も守れないような方に真っ当を語られたくありませんね。」
言うじゃありませんか。
キッと一睨み次の言葉を用意しようとしていたところで、バンフィードさんの手を引き離して、リーベンさんが特大の溜息を吐きました。
「殿下、落ち着いて下さい。また熱が上がってこられますぞ? バンフィード、殿下の快癒を喜ぶならもっと分かりやすく控えめにしろ。」
そんな取りなしの言葉が来ましたが、どうしようもなく納得したくない中身でしたね。
どっと疲れた気がして、ベッドに倒れ込むことにします。
「寝ます。お休みなさい。」
宣言すると、男性陣3人が静かに部屋を出て行きました。




