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 兵士や神官、ミーア達と共にダスツールに向かう街道を捜索したが、途中でそれらしい人物を見付けることは出来なかった。


「どのくらい先行してると思う?」


 ミーアに問い掛けるが、溜息と共に肩を竦められた。


「昨晩あの後直ぐに街を抜け出してたなら、夜通し駆けて午前中にはダスツールに着いてた筈よ。それから馬を替えて進んだか一休みしたか。どのみちこちらはダスツールで捜索もしなきゃならないから、途中で追い付くのは難しいかもね。」


「だが、街は封鎖されてたんだろ? 本当に昨晩抜け出せたのか?」


 そもそもそこも腑に落ちなくて問い返すと、ミーアが苦い顔で頷いた。


「さっき水壁を破った先で、廃墟に隠されるように街の防壁に人一人が抜けられる穴が開けられてたそうよ。」


「・・・街の防壁に穴とは、考えられない重犯罪だな。」


「ええ。それだけで、首謀者始め実行犯まで即処刑ものの犯罪よ。」


 魔物避けの守護の要などの装置を要した街などの集落は、その効果範囲を区切り絶対の安全地帯とする為に、魔物を通さない防壁や丈夫な防御柵で囲まれている。


 この壁や柵があってこそ、中の安全が保たれるので、この防壁や柵は定期的に破損などがないか確認される。


 これを故意に壊すなどの行為を行った場合はどこの土地でも厳罰に処せられる。


「本気で逃げ切るつもりで出たのか。後先を考えられない程切羽詰まって形振り構わずだったのか。」


 いずれにしろ、もうサヴィスティン王子が何かを逃れる術はないだろう。


 それが仕組まれたことなのか、追い詰められた末の仕方ない行動だったのかは分からないが。


 彼が今持ち上がっている国家間や神殿との間での様々な事件の首謀者として、全ての責を負わされることは決定事項のようだ。


 ついでに都合の悪い様々な問題もここぞとばかりに彼に被せて終わらせるという構図がエダンミールでは出来上がっているのだろう。


 その前に、アダルサン神官と共に、自分も密かに話す機会を持てればいいのだが。


 考えてしまっている内に、兵士や神官達とミーアが話を付けていたようだ。


「ダスツールには兵士を少し残して、私達はこのまま進むことになったわ。残った兵士達にダスツールの捜索をして貰ってる内に、この街まで魔法使いの応援を呼ぶことになったから。」


 確かにそれが妥当な判断だろう。


「援助隊に合流される前に捕まえられそうなのか? このまま進んで、援助隊とはいつ頃出会うことになる?」


 そこをこちらも把握しておきたくて問うと、ミーアは肩を竦めた。


「援助隊は、今日国に入った筈よ。そこから荒野を避けて回り込む街道を進むから、順調に進んで来るなら、出会すのは2日後ね。」


 それでは、援助隊と合流前に捕まえられるかどうかは微妙なところだろう。


「援助隊に知らせて王子を逆に捕らえておくよう命令することは?」


「上は、援助隊の中に“饗宴”がいる以上、それは危ういと判断したみたい。知らせない方針よ。」


 魔王信者は国家所属の団体ではない。


 だから、国王の命令で動かすことも従わせることも出来ないということだ。


「厄介だな。」


 つい本音を漏らしてしまうと、ミーアがまた久々の含みのあるにやり笑いをした。


「シルくんたら、この捕物に夢中になってくれてるのね。もう正式にウチの子になっちゃえばいいのに。」


 軽い口調の言葉の後に、ミーアはふと顔付きを変えた。


「ウチにいればね、もう魔力が多いことで妬まれて、謂れのないことで嵌められたり、周りに合わせて我慢する事も、能力に対して正当な評価が得られないことに憤ることもなくなるわ。」


 真面目な口調になったミーアの言葉の一部はその通りなのだろう。


 だがそれは、誰かの犠牲の上に成り立つ理論だ。


 口当たりの良い言葉に乗せられて魔王信者になって、その末路は、サヴィスティン王子の今の状況を見れば分かる。


 人が集団の中で生きるということは、様々な軋轢を生み育てるものだ。


 そこから育つ羨望や嫉妬は、容易に相手のことを無視した恨みや憎しみに変わっていく。


 そうならない為には、自己をしっかり律しろということらしい。


 しばらくそんなことを考えて黙っていたからかもしれない。


 クイズナーが何か案じるような気遣わしげな目を向けているのに気付いた。


 恐らく何か的外れな心配を始めてしまったのだろう。


「パディを送りがてら、あいつに会いに行かなきゃならないだろうな。それが済んだら考えてみる。」


 そう言葉にすると、クイズナーが露骨にホッとしたような顔になった。


「え?それって、国に帰るってことじゃないの? 帰ったら出して貰えないわよ。シルくんみたいな出来る子は。また自分を犠牲にする生き方に戻るの?」


 そう不本意そうに言い募るミーアには、少しだけ苦い笑みを向けておく。


「犠牲になる、か。どうなんだろうな? それが例えば、大事な誰かの為だったなら、そんな風に思わずに出来てしまえるものなのかもしれないな。」


 援助隊と共に来るキースカルク侯爵と顔を合わせれば、嫌でも帰り道が見えてくる。


 その道の先で待つレイカのことを思い浮かべてしまう。


「ちょっと!結局残してきた彼女ちゃんが恋しくなっただけじゃないの! 何が成り上がるよ。付くならもうちょっとマシな嘘を付きなさいな。」


 騙されたと怒っているのだろうか?


 だがミーアは最初からこちらの目的は別にあると気付いていた筈だ。


「仕方がない。まさかパディが追ってくるとは思わなかったんだ。放っておくと何をしでかすか分からないからな。今頃王都観光も終わった頃だろうし、問答無用で連れ帰る。」


 それらしい言葉で締めくくると、ミーアは途端に不貞腐れたような顔になった。


「私はシルくんが気に入ったんだけど? 度胸も魔力も魔法の使い方も。いっそこの国から出られないようにしてしまおうかしら?」


 冗談めかしてそう言ってくるミーアだが、目の奥に仄暗い色が滲み始めている。


「ミーア。無理矢理繋ぎ止めたところで、本当に欲しいものは手に入らない。世の中そういうものだぞ?」


「・・・嫌なこと言い出すわね。しかも説教臭い。シルくんってお祖父さんにでも育てられたの? きっと、妙に落ち着き過ぎてて可愛くない子供だったんじゃない?」


 言われてぷくくっと笑いが出る。


 そう思われたのだとしたら、自分が影響を受けたのは、間違いなくクイズナーだ。


 チラッと横目で盗み見ると、クイズナーが物凄く不本意そうな顔でこちらを睨んでいた。


「なるほど、帰ったらあの方に、ジジくさい子供時代のシルの話でもして差し上げれば宜しいでしょうか?」


 ギリギリミーアに聞こえるかどうかという声音だったが、確実に拾い上げたミーアが口元を抑えて悶えそうになっている。


「ちょっともう!笑わせないでよ! そろそろ出発なんだから、落馬したら責任取ってもらうわよ?」


 そんなミーアの言葉を裏付けるように、先頭の兵士から順に前に進み始めたようだ。


「ま、何にしろ。王子様を捕まえない限り王都には戻れないからね。気合い入れて捜索よ!」


 良い具合に話が締め括られたところで、前列に続いて馬を進め始めた。

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