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「凍結! 粉砕!」
魔力を練り上げて、立ち昇った水柱で出来た壁を凍らせて砕く。
「突入!」
貯水槽を壊して作った水の防壁を凍らせて砕くと、エダンミールの兵士達がその向こうに突入して行く。
近付くなと言われていた灰色の壁地帯の一画、街の防壁近くだがサヴィスティン王子潜伏の情報を得て、エダンミールの兵士達が突入しようとしたところで、水の壁を立ち上げて出来上がった防壁で遮られた。
それを破ってみせたが、この程度ならばそれ程魔力消費もないので大丈夫だろう。
「シルくん、やるわね!」
ミーアから来た賞賛にはむず痒い気分になりつつ、目立ち過ぎていないかさり気なく周りを見回しておく。
居合わせた兵士達には見られたが、それ以外ならミーアにしか目撃されていない筈だ。
一夜明けてから街内の捜索が本格化して、兵士達にミーアと自分、バシイとクイズナーで分かれて協力することになった。
潜伏情報のあった二箇所の一斉捜索だったが、魔法による妨害があったこちらが当たりの可能性が高いかもしれない。
しばらく待っていると、兵士達が誰かを引き摺って戻って来た。
フードを目深に被った人物だったが、広い場所まで引き摺って行ってフードを引っ剥がしたところで、落胆の溜息が出た。
変装解除の魔道具を当てて発動させたが、捕縛されたのはサヴィスティン王子ではなかった。
「ハズレだったわね。バシイの方が当たりだと良いけど。」
そう言いながらミーアは灰色の壁地帯のクイズナー達が向かった方へ目を向けていた。
それで見通せる訳ではないだろうが、思わず目をやってしまったのだろう。
「街の外に出た可能性は?」
実はその可能性の方が高いのではないかと問い掛けると、肩を竦められた。
「そうかもしれないけど、そうなると捜索は長くなりそうだから、無駄足でも見付かる可能性が少しでもあるなら、街内から潰したいじゃない?」
ミーアもまだ街の中いるとは思っていないのかもしれない。
「居なかった場合は、どう捜索範囲を広げるんだ?」
「王都には流石に戻れない筈だから、ここから離れつつ日暮れまでに辿り着ける集落を目指す筈だけど、候補は二つね。」
そうなるとまた二手に分かれる羽目になるのだろうか。
出来れば、アダルサン神官とクイズナーとは同方向へ向かいたいところだ。
そのまま神官達の待つ宿の方まで戻ることになったが、道中で今日は変装していないラチットが合流して来た。
「ミーア、残念なお知らせだ。」
「えぇ、聞きたくないけど?」
素直なミーアの感想に苦笑いしつつラチットが少し声音を落とした。
「カダルシウスから例の作戦に失敗した“饗宴”の連中が戻って来る。多分王子様はそれに合流するつもりだ。」
「なるほどねぇ。でも“饗宴”は、生き残りを掛けて生贄に差し出すつもりなんでしょう?」
ラチットとミーアの漏らす会話は不穏なことこの上ない。
「それでも、カダルシウスから戻る奴らはその事を知らないかもしれない。王子は一縷の望みをかけて奴らに合流する気でいるとしたら?」
「ふうん。有り得るわね。じゃ、カダルシウス方向へ向かうことにするしかないわね。」
微妙に嫌そうな顔になっているのは、せっかく王都の側まで戻ったのに、また戻るような格好になるからかもしれない。
「ダスツールへ。ミーアは坊ちゃん達を連れて神官達と兵士と一緒に直ぐ出発だそうだ。バシイは念の為、レンイットに向かった形跡がないか確認させることになった。」
「ラチットは?」
「後で合流する。先に行っててくれ。」
会話を聞く限り、ミーアとラチットはどちらが立場が上なのかよく分からない。
「シルくん達も今回は急ぐから馬移動ね。支部に用意してくれてるから神官様達に声を掛けて来てから、支部に戻るわよ?」
「ああ、妹ちゃん達は今朝王都に向かったみたいだよ。」
ラチットがにやりと笑いながら付け加えた一言に、ギョッとするのを堪えるのに少し苦労した。
「・・・そうか。まあ、門前払いを食らうのか、観光して来れるのか。どちらでも良いが、無事で居てくれれば良い。」
そう冷静に答えておくと、ラチットに首を傾げて覗き込まれた。
「そこで無事で済まない想定をしないのは、冷たいのか実は奥の手でもあるのか。何にしても、呑気なもんだよな?」
「妹が呑気なのは間違いないが、そもそもあいつは魔法使いじゃないからな。エダンミールで警戒されたり捕まえられたりする理由がない筈だ。」
そう平静を装って返すと、ラチットが肩を竦めて傾げた首を戻した。
「ふうん。変な兄妹だな。」
「それはどうも。」
適当な受け答えをしたところで、神官達の待つ宿まで帰り着いた。
宿の前ではアダルサン神官始め3人の神官達が待ち構えていたようだ。
早速空振りだった捜索の報告と今後のことについてミーアが話を始める。
ラチットはいつの間にか姿を消していた。
程なくあちらも捜索を終えたクイズナー達が戻って来て、空振りの報告と今後のことが話し合われた。
兵士達の責任者との話も終わると、いよいよ支部へ馬を取りに戻ることになった。
「パディが王都に向かったそうだ。」
そう軽く情報共有しておくと、クイズナーは微妙に苦い顔になっていた。
「パディ様も思い切ったことをなさる。」
そう答えてから素早く周りを見渡したクイズナーは、さっと顔を近付けて来た。
「後で急ぎお耳に入れておきたいことが。」
実は昨晩アダルサン神官との密談があったので、あれから内密の話や報告を受けられていなかった。
黙って小さく頷き返すと、何事もなかったようにミーアに従って支部に向かう。
「あ、そういえばシルくん。王子様が向かってる“饗宴”の人達だけど。カダルシウスへの援助部隊と一緒に帰って来るのよね。そして、その援助隊の人達はカダルシウスの大使と一緒に戻って来てるんだけど、良かった?」
そう言って振り返って問うて来るミーアに、返事に困って見返していると、ミーアはふっと微笑んだ。
「国を飛び出して来たなら、知られたくない相手とか会いたくない相手もいるんじゃないかと思ったんだけど?」
言い直したミーアに、どう返したものかと微妙な笑みが浮かぶ。
「・・・そうだな。会いたくない奴が紛れ込んでないか、こっそり確認してから出て行っても良いか?」
クイズナーが報告したかったのはこれかもしれない。
援助隊を送って来るキースカルク侯爵の一行と思ったよりも早く出会すことになりそうだ。
そしてその中に自分達を連れ戻す人員が紛れ込んでいるとしたら、この仕事の終わりが近付いているのかもしれない。
その前にサヴィスティン王子から何かしら話を聞き出せたら、危険を冒して王都に入り込んで調査するよりも、こちらにとっても好都合だ。
「良いわよ。シルくんとクディは、仮入会とはいえ“願い”の信者だからね。ウチの子達として守ってあげるわよ。それから、今回の活躍のことを報告したら、上から王都入りの許可が降りたわよ? 魔力登録なしの仮入場をさせてあげる。」
そう言い出したミーアを驚いて見返す。
まさかこうも都合よく事が運び始めるとは思わなかった。
それならそれで、王都の様子を見るだけでも入ってみる価値があるだろう。
キースカルク侯爵の一行に紛れたお迎え要員にもそれだけは待って貰うように交渉してみようと思う。
「さ、それじゃ張り切って追跡調査行きましょうか。」
にこりと笑い掛けて来たミーアに黙って頷き返した。




