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サヴィスティン王子の捜索は難航し、夜半まで神官達の滞在する宿で待機したが、それでも進展は見られなかったようだ。
「街の何処かに潜伏しているのは間違いなさそうですが、匿う者がいるのでしょう。もっと効果的に内部から揺さぶりを掛ける為に、少し支部の方へ顔を出してきます。」
ミーアが苦い顔で言い出して、そのまま一時休息の時間にすることになった。
具体的には隣接して確保された部屋で交代で休むことになったのだが、ミーアの他に“願い”から派遣された魔法使いがもう一名合流していて、彼は残るようだ。
「シルとクディは一旦隣で休んで来て良いぞ。何かあったら叩き起こすけどな。」
そんな言葉を掛けてくれたのは、バシィと名乗ったその魔法使いだが、彼は兵士を名乗った方が良さそうな体格の良い男だった。
「ああ、助かる。街に入ったばかりで徹夜はキツい。」
礼を行って部屋を出ることにしたが、実のところ、行軍中に徹夜で魔物討伐をすることもあるので、体力的に限界という訳ではない。
だが、休める時に休むのは戦う職としては基本な上、クイズナーからなるべく早く報告を聞いておきたかった。
廊下に出て隣の部屋の扉を開けると、同じく廊下に出て来た神官の1人がすっとこちらに寄って来て、クイズナーと頷き合って共に部屋に入った。
目で合図し合いつつ、クイズナーが荷物から魔石を取り出した。
「疲れたな、クディ先に寝るか?」
「いえ、シルがお先にどうぞ。」
「いや、俺は用を足して来るからお前は寝とけ。」
そんな会話を不自然ではないように交わしてから扉を開けて出て行った音を立てて、実際には出ずに扉を閉めた。
そこから魔石を起動したクイズナーと、知り合いらしい神官に目を向けた。
「申し訳ありません、シル。こちらファデラート大神殿のアダルサン神官ですが、どうしても直接お話されたいと。」
早速話し始めたクイズナーに頷き返す。
「アダルサン神官。初めまして、カダルシウスの第二王子シルヴェインです。」
きちんと名乗って挨拶すると、アダルサン神官は思いの外優しげな笑みを返して来た。
「こちらこそ、初めまして。不躾に面会を求めまして失礼致しました。レイカ様が何としても救いたいと仰っていた王子殿下とお聞きして、何やら感慨深く、是非ともお会いしたくなりました。」
レイカのファデラート大神殿への旅で関わった者達から度々そんな話を聞くので、嬉しいような恥ずかしいような気分になってしまう。
「ええ、お陰様で彼女に無事救われました。アダルサン神官にもその節はお世話になったのでしょうか?」
「いえいえ、私などレイカ様の素晴らしいお力の前に圧倒されるばかりで。ですが、あの難しい状況から、レイカ様の想いが遂げられたことにはただただ感嘆するばかりです。」
具体的な中身のないレイカへの賛辞には、何と答えて良いのか分からなくなる。
「テンフラム王子と共に居られたアダルサン神官のお陰で、大神殿へ最速で入ることが出来ましたし、マルキス大神官に素早くお会いする事が出来たのですよ。」
クイズナーの説明で、これまたテンフラム王子への貸しが増えたことと、アダルサン神官には間接的に世話になったことが分った。
「そうでしたか。それではアダルサン神官殿は、私にとっても恩人でいらっしゃるということだ。感謝致します。」
真摯に礼を言って、その件はそれで終わりにしたい。
今の状況を見る限り、その恩を盾に何かを求められるのはマズい気がする。
「いえ。実を言うとレイカ様が訪ねて来て下さった頃、大神殿でも呪詛問題に行き詰まっていたところだったのです。それを、レイカ様が解決の糸口をもたらして下さいました。その後もカダルシウスの神殿で取り敢えずの解決策を確立して下さった。」
真面目に返してくれたアダルサン神官は、本当にレイカに感謝して逆に恩を感じてくれているようだ。
「そんなレイカ様には本当なら大神殿に所属して下さらないかと思っているのですが、どうやら他に大事なものがお有りになるようですからね。」
そう言って微笑ましげにこちらを見つめ返して来るアダルサン神官には微妙に照れ臭くなる。
そんなレイカと喧嘩中に近い状況だと知ったらアダルサン神官は何を言うだろうか。
大神殿にもう一度勧誘される前に、問題解決してレイカの元へ戻って、今度こそきちんと求婚したい。
「さて、時間もないことですし、本題に入りましょうか。」
口調を改めたアダルサン神官は、目下の問題について何か相談があるようだ。
「この度、カダルシウスを中心に周辺国家で広がった呪詛の件ですが、中心となって行使していたのが、魔王信者団体“魔王の饗宴”であることが判明しました。その中でもエダンミール国第三王子のサヴィスティン殿がカダルシウス国で目的を持って意図的に広めていたことが分かっています。」
これは、レイカが指摘してみせた通りの結果が大神殿の方から出たようだ。
それ自体は、カダルシウスが持ち出すよりも大神殿に先に動いて貰った方がこちらにも都合が良い。
「その目的もサヴィスティン王子に直接問いただしてはっきりさせようと思いますし、こちらとしては“饗宴”だけではあそこまでの呪詛は確立出来なかった筈だと読んでいます。ですから出来るだけその裏までアタリを付けておきたいのです。」
これは危ない話だと勘が働く。
ラチットが漏らしていった情報によると、“揺籠”という別団体が呪詛には関わっていそうで、それをエダンミールは秘匿したがっているようだ。
「我々は取っ掛かりとしてサヴィスティン王子を生きて捕えたい。そして、我々主導で話を聞きたいと思っています。これは、カダルシウスもそうなのではありませんか?」
こちらを窺うように見つめ返して来るアダルサン神官に、顔色を変えないように淡々と薄い表情で真顔を保っておく。
「ここは一つ、貴方がたにそれとなくご協力頂きたいのです。そうである内は、貴方がたのことはこちらも知らないフリをさせていただきましょう。」
やはり危うい話に発展してしまったようだ。
「・・・なるほど。大神殿としては呪詛を使ったことへの単なる牽制ではなく、エダンミールを敵視したかなり本格的な調査を強行するつもりだと?」
「敵視とまでは行きません。勿論、エダンミールに戦争を仕掛けるつもりは毛頭ございませんから。ただ、今回の呪詛の広がり方や解呪が極めて困難な仕組みだったことなどは少々度を越しています。それをエダンミール国内で事前に抑えられなかったことへの抗議を込めて、二度とこのようなことがないようにと、少々痛い思いもして頂きたいと思っているのです。」
これは、かなり大神殿を怒らせているようだ。
基本各国の政治には無干渉を決め込んでいる神殿がここまで動くとは、流石にエダンミールも予想外だったのではないだろうか。
それはともかく、これには絶対に巻き込まれたくない。
「・・・サヴィスティン王子を生きたまま捕えるところまでは、こちらも協力いたしましょう。」
こちらとしても譲歩はそこまでだ。
後はミーアが、最後まで神官達に協力するつもりでいてくれれば一番だが、もしも途中で方針を変えるようなら、何とか誤魔化してでも神官達の望みに寄せて動くしかない。
「ええ。それで結構です。」
最後に手を差し出して来たアダルサン神官と合意の握手を交わして、またそっと部屋を出て貰うことになった。




