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店を出る時、クイズナーが騒ぎの中心にいた神官達に視線を向けていることには気付いていた。
何食わぬ顔でミーアに続いて店から出たが、この騒ぎに巻き込まれないようにそそくさと店を出る客が殆どだったので、それ程目立っていなかった筈だ。
店の外の表通りは、エダンミール軍の兵士達が行き来していて、物々しい雰囲気に変わっていた。
何か短い杖のような魔道具が兵士達には配られていて、それを翳して人の捜索を行なっているようだった。
「あれ、魔法や魔道具での変装を解除する魔道具なのよ。」
ミーアに視線の先を悟られたのか、そう解説された。
「へぇ。」
気のない返事を返しつつ、いつかの為にどんな仕組みなのか使用している現場を観察しておくことにする。
「対象に杖を触れせなきゃいけないけど、中々高性能でほぼ解除出来ないものはないらしいわ。触れない解除装置なら、結界魔法かしらね。あれはそれと分からないように設置しておけるけど、実は魔法や魔道具の精度との鬩ぎ合いでね。偽る側の魔法や魔道具の精度が結界魔法の精度を超えてると、当然解除出来ないって事態が発生するわけ。」
「成程、何処の世界も防衛と犯罪はイタチごっこなんだな。」
そんな返事をしておくと、ミーアにはまたにやりと笑われた。
「技術の進歩なんてそんなものでしょう?」
確かにこれは格言かもしれないが、防衛の責任者でもある立場としては認めたくないものだ。
「ミーア。追加指令出たぞ。」
とそこへラチットが寄って来たようだ。
声はラチットのものだが、外見は髭面の背中の曲がった老人のように見える。
流石は諜報部、変装姿なのだろう。
「でしょうね。それで?具体的には?」
「神官様達に協力を申し出て同行し、その動向と事態の成り行きを見守り確認すること。」
つまり、サヴィスティン王子を捕まえるつもりでいる神官達に同行し、協力することになるようだ。
これには出来る限り同行したくない。
もしも何かあって身元が露見した時、冗談では済まない事態になる。
「ミーア、何か大変なことになっているようだな。俺達はこの後、パディと合流して明日まで宿で待機してることにする。」
そう一方的に宣言してみるが、ミーアの顔がまた油断ならない笑みを浮かべた。
「何言ってるの? 予定変更よ。この仕事が完了するまで王都には入れない。貴方達2人には一緒に来て貰うわ。」
何とか躱そうとした先回りは通用しなかったようだ。
チラッと一度だけクイズナーを振り返ると、微妙に何かを考え込むような顔になっていたクイズナーが、慎重に頷き返して来た。
「分かった。」
言葉少なに返事すると、ラチットが小さく肩を竦めて離れていった。
「さて、神官様にご挨拶してきましょうか。」
振り返った先で、店の扉の前で兵士達と話し込む神官達の姿が目に入った。
側まで近寄って兵士達との話が一段落するのを待ったミーアが神官の1人に声を掛けた。
「神官様、少し宜しいかしら?」
いつもと変わりない余裕を持った口調で話し掛けたミーアは、ドレスを少しだけ摘んで存外優雅な仕草で礼をしてみせる。
「わたくし、魔王信者“魔王を願う会”所属のミーアと申します。この度上からの指示で、神官様のお手伝いをすることとなりました。どうぞ宜しくお願い致します。」
言い切ったミーアに、神官達は戸惑うように顔を見合わせている。
それから二言三言言葉を交わし合った神官達が揃ってミーアに目を向け直した。
「私達は、先程捕まえ損ねた魔法使いを何としてもでも捕まえたい。彼は、神に背く重大な罪を犯してきた者達の中心人物です。」
サヴィスティン王子のどの辺りを神殿が看過出来ないと判断したのか、こちらも注意深く聞き取っておくことにする。
「本来であれば、エダンミール国側から率先して捕えて引き渡して頂くのが一番ですが、彼は王子の身分を持つ者で、国王としても情がお有りになるそうだ。ならばということで、我々が大神殿から派遣されまして、国王に証拠の提出を行い、捕縛の許可を得ました。」
詳しい経緯まで説明してくれるとは親切なことだと思ったが、王子の捕縛となれば当然のことかもしれない。
「国王は兵士をこちらへ遣わして下さいましたが、この後のことは民間の国家登録団体から協力者が出されるとは聞いておりました。それが、貴女方ですか?」
そう繋げた神官にミーアがにこりと頷き返している。
「第三王子殿下はかなりの魔法の使い手ですから、兵士達だけでは捕縛は難しいということで、わたくし達がお手伝いすることになりました。」
国家の生贄としてのサヴィスティン王子をそれだけ確実に始末したいということなのだろうが、こちらも知る相手だけに何とも複雑な気分になる。
「承知致しました。ご協力頂けるのは? ミーア殿とそちらのお二人でしょうか?」
言った神官がこちらを見て緩く首を傾げたようだった。
「あ、シルくん達ブレスレット外して差し上げて?」
言われて、認識阻害の魔道具の存在を思い出した。
公の立場の強い人物に余り顔を見せたくはなかったが、ここは仕方がないところだろう。
さっとブレスレットを外してから、頭を下げて挨拶してしまう。
「シルとこちらがクディです。」
纏めて名乗ってからチラッと目をやったクイズナーが微妙に困ったような苦い顔になっている。
と、返す視線で神官の1人がクイズナーを食い入るように見ていることに気付いた。
お互い口にしては何も言わなかったが、恐らく面識があったのだろう。
よく良く考えれば、クイズナーはレイカに付いてこの間大神殿に行って来たばかりで、そこで何処までかは分からないが身元をある程度明かしてある筈だ。
神官の方が黙っていてくれたのは、正直とても助かる配慮だった。
「では、兵士達からどの辺りに逃げ込んだか情報が入ったところで、神官様達とご一緒するということで宜しいでしょうか?」
ミーアはこちらの様子には気付かなかったのか、そのまま話を進めていく。
「ええ、そのようにお願いします。」
一応の話が付いたところで、ミーアがこちらを振り返った。
「シルくん、クディ。サヴィスティン王子が街の外に逃げ出してしまったら、追い掛けることになるけど、何か取りに戻る荷物はある?」
元から必要最低限の荷物しか持ち歩いていないが、身軽に仕事をこなす為に支部に預けてきた荷物がある。
着替えと伝紙鳥の紙にエダンミールの概略地図くらいのものだ。
支部で探られてまずいようなものは置いて来ていないし、数日ならばなくても困らないものしかない。
「シル、私が今の内に取って来ますので、こちらでお待ち下さい。」
クイズナーがすかさず口を挟んだので、不要という台詞は飲み込んだ。
「クディ、なるべく急いでね! どう動くか分からないし。」
ミーアの念押しに頷き返して、クイズナーは支部の方へ足を向けた。
その姿が見えなくなった頃、先程クイズナーを見ていた神官が用を足したいと言って離れて行ったのは恐らく偶然ではないだろう。
クイズナーが神官から何か情報を持って帰ってくれるなら、それに越したことはない。
後は、ミーアがこれに気付かないことが望ましいが、それは難しいかもしれない。
“魔王を願う会”の諜報部は、中々に優秀そうだ。
つまりこの今の状況を整理すると、恐らくレイカを狙った企みは失敗に終わって、サヴィスティン王子は今回のカダルシウスに対する侵略行為の全責任を負わされることに決まったのだろう。
政治はそういうものだと分かっていても、気分の良いものではない。
一歩間違えれば、つい先日の自国王都での守護の要破壊事件で犯人として捕まって処罰されるのは自分だったかもしれないのだ。
そして、その事件の裏には間違いなくサヴィスティン王子の影があった。
だが、彼だけではなかった筈だ。
そして今名前が上がっている恐らくサヴィスティン王子の後ろにいる“魔王の饗宴”という魔王信者団体と、ラチットが言うにはエダンミールが関わりを秘匿しようとしている“魔王の揺籠”という団体も関わっていた筈が、これを表に出さない為に、サヴィスティン王子と“饗宴”が切り捨てられたのだとしたら、公に暴くかどうかはともかく、“揺籠”が何処に繋がる何なのかは知っておく必要がある。
サヴィスティン王子を追ってそれを聞き出せるなら、やってみる価値があるように感じた。




