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 宣言通りにバンフィードさんに抱えられたままかなりの速度で飛ばしてフォッドの街に引き返したので、帰り着いたのはまだ昼下がりと呼べるくらいの時間でした。


 一緒に戻ったのはリーベンさんとサミーラさんに護衛騎士さんがもう1人です。


 ニーニアさんとモルデンさんとハイドナーは聖女様の馬車で残りの護衛騎士さんの騎馬に囲まれながら夕方頃戻ることになっています。


 第二騎士団ナイザリークの人達とは残念ながら現場で別れて、彼等は予定通りガシュードの街に入るようです。


 因みに第二騎士団ナイザリークの最後尾近くに付いて来ていたヒーリックさん達とエールを連れてイースと上空を飛んで来たライアットさんとは、言葉を交わす暇もありませんでしたが、彼等もガシュードに一度入ってから、本当の目的地に向かうのだそうです。


「一先ず宿を確保して参ります。」


 リーベンさんが言い置いて離れて行きますが、今日は昨晩とは別の宿に今のメンバーだけで泊まるそうです。


 聖女様目当ての襲撃を警戒してとのことですが、それならニーニアさんは大丈夫なのか心配になります。


「もう直ぐお休みいただけますから。もう暫くお待ち下さい。」


 そう相変わらず抱え込まれながらバンフィードさんに言われますが、今のこの姿をアルティミアさんに見られたら、とか考えないのでしょうか?


「あの、そんな直ぐにお休みしなくても大丈夫ですよ? それから、そろそろ離して貰っても大丈夫ですから。」


 何となく無駄な気がしつつも主張してみますが、バンフィードさんには二つ瞬きで流されたようです。


「あんまりしつこいと、アルティミアさんに言いますよ? それともキースカルク侯爵?」


 途端にぴくりと眉の動いたバンフィードさん、やはりそこが最終兵器のようですね。


 が、一つ咳払いされてから、バンフィードさんがこちらを覗き込んで来ました。


「どうして、貴女はそこまで強がりなんですか。嫌なことがあった時くらい、周りの誰かに甘えられないんですか?」


「あーそれは、性格が可愛くないっていう話ですか?」


 少しむっとしつつ問い返すと、ふうとバンフィードさんに溜息を吐かれました。


「違います。分かってて混ぜっ返してるのかと思っていましたが、本当に無自覚なんですね。」


 そのまま更に顔を近付けて来たバンフィードさんからずいっと身を引こうと身動ぎしますが、しっかりホールドされてて動けません。


「今は、殿下もケインズも側にいないんです。私で我慢して下さい。理不尽に慣れてはいけません。泣きたい時に泣いておかないと、貴女がいつか壊れてしまう。そんな姿は見たくありません。」


「はい? 壊れませんけど? そんなに弱くないですし。」


 少しだけ強がり半分にそう言って突っぱねてみせると、また更に溜息を吐かれました。


「だから、弱くていいじゃないですかと言ってるんです。こんな時くらい、自分を甘やかしてあげて下さい。」


 それには簡単に頷けなくて、目を泳がせてしまいました。


「どうしても私では嫌だと言うなら、ベッドに潜り込んで思いっ切り泣いて下さい。布団の上からでも頭くらいは撫でて差し上げますから。」


「はい? 撫でてくれなくて良いですけど?」


 別の意味でジト目を向けてしまうと、バンフィードさんがふっと目を和らげて笑みを見せました。


「困った方ですね。私も隊長達も、貴女には健やかに幸せでいて欲しいのですが。」


 そう困ったように言われると、何か悪い事をしているような気がしてきます。


「私だって、幸せになる努力は精一杯してますよ? 私の幸せな未来の為に、この国の平和を望んで、色々画策した訳ですし。」


 幸せを望んで、シルヴェイン王子との未来も描こうと思っていたんですから。


「・・・そうですか。では、私達の方も勝手に貴女様の幸せをお手伝いさせて頂くということで。」


「はあ? 何故そうなるんですか?」


 また斜めに滑りだしたバンフィードさんの思考回路には本当に困りものです。


 この人にも通訳が要るんじゃないでしょうか?


 それとも、この人限定で翻訳障害でも発生してるんでしょうか?


「全くご理解頂けないからです。」


「ちょっとバンフィードさん、アルティミアさんに言葉が足りないって言われませんか?」


 これには、ふんと鼻を鳴らされました。


「アルティミアとは長い付き合いですし、分かり合っていますが? 言葉だけではなく、きちんと態度でも示していますから。」


 これは大いに怪しい気もしますが、お二人のことには関わってはいけないと本能が告げていますね。


 そっとしておきましょう。


「ま、今夜間抜けにも囮に襲撃をかけて来る輩がわいたら、八つ裂きにしてやろうと思っておりますので、ご安心を。」


「あのね、そこは、捕まえて背後洗うべきじゃないの?」


 つい口を挟んでしまうと、バンフィードさんの眉がピクリと上がりました。


「仕方ありませんね。死なない程度に分らせてやりましょう。自分達が何をやらかそうとしたのかを。」


「・・・何をやらかそうとって・・・」


 何か怖い言葉が出て来そうで、首を振ります。


「と、とにかく。もうちょっと離れて! 近いから!」


 不意に思い出して手を踏ん張ると、漸く少し拘束が緩みました。


 とそこで、救世主のごとくサミーラさんが寄って来てくれました。


「副隊長? 流石にちょっと距離感がイチャイチャ恋人並みですから。」


「は? 何処がです? 甘い雰囲気など皆無でしたが?」


 真顔でそう返しているバンフィードさんに、ちょっとだけ背筋が寒くなって来ました。


「バンフィードさんとアルティミアさんの甘い雰囲気って・・・」


「見てるだけで口からサラサラお砂糖が溢れ出てくるんです。」


 凪いだ目でそんな解説をくれたサミーラさん、過去にそんなダメージを被ったことがあったんでしょうね。


「そ、そう。なんか大変だったね。今度ピリ辛ミンジャー摘みながらエールでも飲もっか。」


「そのヤサグレ感が・・・物凄くお似合いにならないのに。副隊長とアルティミア様のこと思い出した今なら、大歓迎です。」


 サミーラさんがそれは複雑そうな顔をしながら、それでも本音を語ってくれましたね。


「それじゃこの旅から帰ったら、ヒーリックさんのお店で女子会」


「ダメに決まっているでしょう?」


 バンフィードさんがムッとしつつ被せるように遮ってきました。


「・・・ですよねぇ。」


 サミーラさんが乾いた笑い付きでうんうん頷いているのは残念過ぎます。


「だって、離宮でエールもミンジャーの唐揚げも出してくれないし。」


 なんて事を言ったら離宮の料理人さんが卒倒しそうですが、だからこそ、こっそりお忍びでヒーリックさんのお店なんじゃないですか。


「それでも、お忍びはダメですよカディ様。カディ様がそれは大事なお方だというのは、副隊長が仰る通りですから。」


 サミーラさんにそう穏やかに諭されると、そうなのかと納得してしまえる気分になるから不思議ですね。


「やっぱりサミーラさんをお嫁さんに貰おうかな。毎日優しくして貰って癒しを。」


「やめてあげて下さい。サミーラにも選ぶ権利があると思います。」


 と、ちょっとした冗談だったのに余計な突っ込みをくれるバンフィードさんが、ちょっと嫌いになりそうです。


「バンフィードさんは私のこと何だと思ってるんですか?」


「そういうご趣味だとは存じ上げませんでしたが。サミーラはまだ若く、これからどんな男性との出会いがあるかわからない身です。」


 滔々とお説教モードに入りかけているバンフィードさんに、グーぱんを食らわせてやろうと拳を握りましたが、何なくパシッと受け止められます。


「ちょっとバンフィードさん、黙ろうか?」


 こめかみをピクつかせつつ低い声を出してみると、バンフィードさんには大袈裟な仕草で肩を竦められました。


「私は殿下に告白したって言いましたよね? だからあの時、私達はちょっとだけ両想いの恋人同士だった筈なんですよ? それなのに、何がそういうご趣味? そんな訳ないでしょう?」


 畳み掛けると、流石のバンフィードさんも黙って、頭をポンポンと撫で始めました。


「分かりましたから、そう興奮しないで下さい。」


 何というか、バンフィードさんの扱いが、子供かペットを遇らうように感じましたが、もしかして。


「あのね。バンフィードさんにとって私って、大事なペットか近所の子供みたいな扱い?」


 これには、バンフィードさんが緩く首を傾げます。


「・・・? 勿論、ペットだとは思っておりませんが、以前もお話しましたが、貴女様の魔力に触れると心地良いんです。まるで、触れてはならない孤高の長毛種の魔物を誘惑に負けてひと撫でしてしまった時のような背徳感が。」


「・・・変態。」


「変態ですね。カディ様こちらへ。」


 流石にドン引きしてくれたサミーラさんに救出されてバンフィードさんからは離れられましたが、それでも腑に落ちないような顔をして首を傾げているバンフィードさんには若干イラッとしますね。


 アルティミアさんの困り顔が脳裏にチラッと浮かばなければ、抜け出すのに半日程掛かる落とし穴に落としてやりたいとか思ったことは内緒です。


 と、そんな緩んだ空気の中へ、難しい顔のリーベンさんが早足で帰って来るのか見えました。


 何かあったようですね。


「宿は確保いたしましたが、少々問題が。部屋にお入りになってから報告致します。」


 苦味の混ざった厳しい表情は、少々の問題ではなさそうです。


 ドキドキしながら、過剰警戒気味なリーベンさんに誘導されて、宿に向かうことになりました。

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