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王城魔法使いの塔には、国家機密が詰まっているそうで、出入りには登録と許可がいるのだそうです。
シルヴェイン王子は当然許可持ちで、レイナードはゲスト入場という扱いで入り口の扉を潜りました。
塔の中に踏み込んだ途端、やはり結界を通り抜ける時特有の膜を抜ける感があって、しかも塔の結界は訓練場のよりも分厚くて複雑な層が重ねられているような印象でした。
それに気を取られて上を向いていると、玄関フロアでこちらを振り返ったシルヴェイン王子にじっとりした目を向けられました。
「結界の解析でもしてるのかもしれないが、後にしろ。」
そんな風に見えたんでしょうか。
ちょっとへらっと笑ってシルヴェイン王子の後を追うことにします。
「それから、あまり表立って解析しようとするな。塔の魔法使い達が警戒する。」
成る程、ここでも苦い顔でお小言きましたね。
「ここにも結界があるのは、中で魔法暴走でも起こった時に外に漏れないようにですか?」
この世界の魔法は、使い手のリアルな想像力を魔力に乗せて使うものなので、一歩間違うと暴走して制御不能になる事もままあるのだとか。
だから、中級魔法以上は、出来るだけ呪文を併用するべしという推奨事項があるみたいです。
が、魔法の研究を行う塔の中なら、その呪文を作る意味でも様々な呪文なしの魔法が飛び交っているのではないでしょうか。
「まあ、それもある。・・・後は、外へ持ち出しの禁止されているものが、塔の中に封じられていたりもするから、その管理の為だな。」
成る程、国の威光の元、それは様々な研究がし放題な王城魔法使いの塔には、色々な禁忌が詰まってそうですね。
怖い怖い。
とそんな事を考えつつシルヴェイン王子の後ろを歩いていると、塔の真ん中の吹き抜けホールのような場所に出ました。
そこには、遥か上階まで螺旋階段が続いていて、いかにもな魔法使いのローブを来た人達が階段を降りたり登ったり、忙しそうに行き来しています。
見上げた階段の上階から、下を見下ろしながら慌てて降りて来る数人の魔法使いが見えました。
「殿下! お待たせして申し訳ございません!」
途中の階から見下ろしてそう声を掛けてくる魔法使いは女性のようです。
そのまま魔法で降りて来るということもないので、ここでも魔法の使用制限のようなものがあるのかもしれません。
シルヴェイン王子は、そんな魔法使いさん達を階段下で待つ事にしたようです。
他の魔法使いさん達が避けて通す中、階段を駆け降りて来た3名の魔法使いさんは、シルヴェイン王子の前に並んで、それからこちらをチラリ。
しっかりチェック入りましたね。
が、その中の1人の男性は、チラリではなくギロリと睨みでした。
また、何か恨みでも買ってるんでしょうか。
本当にもう、飽きもせず、懲りもせず、方々に喧嘩を売って回ってたもんです。
そのレイナードのマメさには、開き直って感心してしまいますよ。
開き直りついでに皆さまにはにっこり微笑み返しておいてあげました。
そこから流れた混乱した空気に、シルヴェイン王子が苦虫を潰したような顔になっていましたが、知りませんよ。
こちらは友好的空気を発散してみただけですから。
あ、あの男性がギリッと奥歯を噛み締めてる顔になってますが、まあ気の所為でしょう。
しれっと目を逸らしておきました。
とここでシルヴェイン王子が咳払いを一つ。
「マニメイラ、昨日伝えておいた件だ。で、こいつがレイナードだ。」
シルヴェイン王子がレイナードを指して紹介していますが、きっと知ってましたよね、その顔は。
「ええ、レイナード様のことは存じ上げております。どうぞこちらへ。」
あっさり返事したマニメイラさんは、30代から40代くらいでしょうか、女性の年とか間違えたら怖いので言及しませんけど。
マニメイラさんの案内で一階の奥の扉に向かって行きますが、先程のガン付け男さん、レイナードよりもしかしたら少し年下のやんちゃ盛りさんでしょうか、ふんとこちらに向けて小さく鼻を鳴らしてから、前を歩いて行きました。
その後ろ姿を見てふと気付きましたが、この人の髪も見慣れて来たレイナードと似たプラチナブロンドですね。
サラッサラストレートのレイナードとはちょっと違って少しクセがありそうですけど、そう言えば、超が付く美形のレイナードと顔立ちが若干似ているかもしれません。
あれ、という事は、レイナードの色々で迷惑を被っていたご親戚もしくはご兄弟の方とかだったりするんでしょうか。
物凄く気になって来たので、ちょっと足を早めてシルヴェイン王子に近付くと、ちょちょっと腕を指先でつつきます。
眉を上げて振り返ったシルヴェイン王子の耳に口を寄せて、こそっと囁きます。
「あの人、レイナードの親戚とかだったりします?」
その発言に、シルヴェイン王子は一瞬立ち止まって例のガンたれ男に目をやってから、ふうと息を吐きました。
「ああそうか。それも忘れたんだったな。」
脱力気味なシルヴェイン王子の呟きに、答えを貰えたみたいです。
「マニメイラ、このレイナードだが、以前とは別人だと思って接した方が良い。ここ10日より以前の事は、全く覚えていないらしい。」
そのシルヴェイン王子の突然の告白に、振り返っていたマニメイラ始め、ガンたれ男ともう1人も動きを止めています。
「え? 記憶喪失? それじゃ、えっと、彼の事もおぼえてない?」
マニメイラさんが混乱したように口にしてから、ガンたれ男を指差します。
ここは素直にこくんと頷き返すと、マニメイラさん達が驚愕の顔になりました。
「な! またあんたは! 都合の良い嘘を!」
ガンたれ男さん、瞬時に疑いに変わりましたね。
ちょっと相手にするのが面倒になってきます。
「はあ、親戚だか兄弟だか知りませんが、全く記憶にありませんねぇ。初対面の人間に睨まれるの、いい加減鬱陶しいし面倒なので、気に入らないなら外して貰えませんか?」
悪いですが、こちらは貴方に会いに来てませんから。
ガンたれ男さん、ますます酷い顔になってます。
「レイナード、いい加減にしろ。覚えてなかろうがなんだろうが、お前の過去の所業の故だ。無かった事には出来ない。」
シルヴェイン王子に諭されてしまいました。
仕方ないのでガンたれ男さんを睨み返すの止めることにしました。
「はーい。済みませんでした。どうせ崖っぷちみたいですから、精々大人しくしときまーす。」
やる気なく返事しておくと、シルヴェイン王子の額に青筋が浮かんだ気がしましたが、目を逸らしておくことにしました。
本当、色々腹が立って来てですね。
絶対に掴めないレイナードの胸ぐら掴んで揺すってやりたい気分です。
先程よりも遠慮なく悪くなった空気のまま、奥の扉をくぐって中に入っていきました。




