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 酒場の奥の薄暗い席で陰気にグラスを傾ける男が今回のターゲットのようだ。


 30歳前後に見える魔法使いのローブをだらしなく着込んだ男だ。


 自分ともそれ程歳の差はなさそうなのに、ああはなりたくないものだと思ってしまった。


 その男にクイズナーが近寄って行く。


 仲良くなって酔わせた男と一緒に店を出たところで捕獲、と作戦としては単純なものだが、その遂行者にとことん自分は不向きだと自覚がある。


 それくらいなら不測の事態の為に待機しておいて、いざとなったら強制的に手を出す役のほうが良いだろう。


 どう声を掛けたのか知らないが、早速男の隣に座り込んで酒を頼んだクイズナーは、男とグラスを合わせて飲み始めた。


 クイズナーは、自分とは比べ物にならない程の人生経験を持つ。


 長命種なのだと打ち明けられたのは、彼が師匠になって暫くしてからだった。


 長命種は、時の為政者や国によっては迫害の対象になることがある。


 余人よりも遥かに多い魔力量と長い寿命は、長命種の中でも基準がなく完全に個体差なのだという。


 しかも、実は完全な遺伝ではないのだと聞いて驚いたものだった。


 恐らく何らかの先祖返りなのだろうと言われているそうだ。


 クイズナーと大魔法使いを名乗るタイナーは、たまたま従兄弟同士という珍しいケースだったから、互いに助け合って生きて来られたのだと聞いて、彼が王族である自分の師匠を引き受けてくれたことを不思議に思ったりもした。


 そんなことを思い起こしている内に、男はかなり出来上がって来たようで、クイズナーに絡み始めたようだ。


 それを目にしてチラチラと店主が微妙な顔をそちらに向け始めた。


 恐らく男は酒癖が悪い事で有名なのだろう。


 1人で大人しく飲んでいる内は良いが、他の客に絡み出してトラブルを起こすことも珍しくないのかもしれない。


 クイズナーはどうするつもりかと思っていると、上手に誘導して男と店を出ることにしたようだ。


 こちらも不自然でないくらいの間合いで勘定を済ませると、少しだけ遅れて店を出た。


 店の外では念の為にミーアが待機してくれているが、クイズナーはこれまた上手に路地裏に男を誘導して歩いて行く。


 そっと追い掛けた先で、クイズナーの腕の中にぐったりと崩れ落ちた男が抱えられていた。


「あら、仕事が早いわね。」


 これには少しだけ不本意そうなミーアの声が後ろから聞こえて、男に駆け寄るとその腕に何か魔道具を装着したようだ。


「はいこれで、自力で目覚めることはないわ。担いで付いてきて。」


 言われたクイズナーは頷いて男を荷物担ぎし直すと、ミーアに付いて歩き出した。


「シルくん全く出番なしだったわね。」


「・・・そうだな。」


 クイズナーのことだから、こんな汚れ仕事を王子である自分にさせないようにと自ら片付けてみせたのだろうが、過保護に過ぎないだろうか。


 確かに、酒場で酔っ払いに絡まれた経験などないわけだが。


 ミーアが案内したのは、何かの店の裏口のようだ。


 入って直ぐの倉庫のような場所に男を降ろすように指示された。


 そのまま裏口から外に出ると、ミーアがまた手招きして、その店の表に回り込んだ。


「折角だから、お仕事の成果を見て行きたいでしょう?」


 そうにやりと笑いながら言ってくるミーアに嫌な予感がしつつも、拒否権はなく店に入っていくことになった。


 先程男が居た店よりも客層がグッと良さそうな飲食店だったが、ミーアはその壁際にある階段から2階席に上がって行くようだ。


 吹き抜けになっていて1階が見下ろせる2階席に態々座ったミーアは、チラリと1階を見下ろした。


 その視線を辿ると、階下に神官の格好をした者達が数名人を待つように座っているのが見えた。


 そういえば、選択肢のもう一つは神官だった筈だ。


 微妙な気分で眺めていると、ミーアがこちらに意味ありげな視線を向けているのに気付いた。


「さあ、舞台の始まりよ。念の為言っておくけど、あそこで何があっても、ここを動かず大人しく見ていること。良いわね?」


 つまり、あそこで何かとんでもないことが始まるということだ。


 そして、それを裏で糸引くのが、“魔王を願う会”だということなのだろう。


 一先ずそれには肩を竦めておいた。


 傍観するかどうかは、中身を見てみないことには返事しようがない。


「ふふふ。素直な子ね。」


 ミーアの一々人を揶揄うような言葉に引っ掛かっていても仕方がない。


 受け流しつつ、店の扉が開く音に入口の方に視線を向けた。


 フードで顔を隠した数名が入って来て、迷いなく神官達の方へ向かって行く。


 何者だろうかと目を凝らしてみたが、流石に1階分の距離があってよく見えない。


 と、クイズナーにテーブルの下からそっと袖を引かれた。


 視線とほんの僅かの仕草で、関わるなと、伝えて来たようだ。


 彼自身も下の様子を見ながら何食わぬ顔をしているが、少しだけ身体に力が入っているように感じる。


 何か事情を察知したのか、知っている者でも居たのか、とにかくロクでもない何かが始まるのは間違いない。


 神官の1人が席を立って、入って来た者達に声を掛けたようだ。


 何か言葉を交わし合っているようだが、ここまでは流石に声は届かない。


 と、次第にフードの者達が声を荒げ出したようで、切れ切れに何か聞こえてくる。


 意味をなさない語尾の上がった音だけを耳が拾う。


 声を上げながらずいっと前に出たフードの3人に、神官達も揃って立ち上がる。


 神官の1人がすっと前に手を出して、それに反応したフードの者達も魔力を操ろうとして、フードが後ろにずり落ちた。


 そのフードの下の顔を見て、流石に声が出そうになった。


「あらあら、本当にご本人様のご登場なのね。余程余裕がないみたいね。」


 また揶揄する口調のミーアの言葉は聞き流しつつ、階下のサヴィスティン王子から目を逸らせずに見入ってしまう。


 神官が手の平を上向けて、何かをサヴィスティン王子に見せたようだ。


 それに首を振りつつ何か反論するサヴィスティン王子に、神官がこれまた首を振って否定している。


 と、店の奥から出て来て覚束ない千鳥足でそのテーブルへ向かって行くのは、先程クイズナーが捕まえたサヴィスティン王子の側近だ。


 側近の男はサヴィスティン王子に声を掛けた様子だが、その男に神官の1人が何事か問い掛けている。


 すると側近の男は、ふらつきつつも懐から何かを取り出したようだ。


「あーあ、ご愁傷様。第三王子殿下、これでもう貴方と“饗宴”は終わりね。」


 悪趣味なことに、それは面白そうに口にするミーアは、もしくは彼女の所属する“願い”は、サヴィスティン王子とその支援をする“饗宴”をエダンミールから切り捨てる仕事を今ここでしているのだと気付いた。


「上から降って来た汚れ仕事のターゲットが、あの2組という訳か。」


「そ。ご苦労様ね。あ、もしかしたらもう一仕事増えるかも。」


 言ったミーアが見下ろす先で、サヴィスティン王子がフードを被り直して慌てて店を飛び出して行った。


 その後ろを他のフードが追い、先程の側近の男も覚束ないながら追い掛けて出て行こうとしたところで、扉から雪崩れ込んで来たエダンミール軍の兵士達に捕えられた。


 エダンミール兵士の責任者が神官と何事か話して、神官に頭を下げると他の兵士達を連れて出て行った。


 恐らく、一足先に逃げて行ったサヴィスティン王子を追うのだろう。


 サヴィスティン王子は今回それだけのことをした犯罪者の1人なのかもしれないが、少しだけ釈然としない気持ちが残った。


 彼は、今回の事件の全てを背負わされて差し出された生贄に過ぎないのではないかと、そんな気がした。


「じゃ、支部に報告に戻りましょ?」


 言って席を立ったミーアに従って階段を降りて行くと、先程の神官がやはり店を出ようとしているところに出会した。


「アダルサン神官。今一歩のところで取り逃しましたが、やはり彼で間違いありませんでしたね。」


「ええ。マルキス大神官の仰る通りでした。」


 そんな会話が聞こえて、思わず耳を澄ませてしまった。


「何としてもでも捕えなければなりません。彼らの追跡への協力を申し出ようと思います。」


「承知致しました!」


 意気揚々と話す神官達の会話を何処か苦い気持ちで聞き取ることになった。

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