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林を抜けて直ぐのところで馬車が停まりました。
先頭はその10メートル程先になりますが、その付近に現場があるようです。
馬から降りたカルシファー隊長が、街の方から合流して来た様子の制服の違う騎士団の人達と何か話しているのが見えます。
馬車の扉が叩かれて、外からオンサーさんの声が掛かりました。
「聖女様方、ここからは降りて現場を見聞になります。宜しいでしょうか?」
丁寧に声掛けしてくれたオンサーさんにこちらをチラ見してからハイドナーが返事して扉を開けました。
「第四騎士団の第一小隊が合同捜査に来てくれましたので、彼等も同行します。」
その説明に馬車を降りてからそちらに目を向けていると、第四騎士団の人達もこちらを物珍しげに見ている視線を感じました。
彼らにはこちらの本当の正体は明かさない方針なのでしょう、過剰に敬うような視線が来ないのにはホッとします。
「オンサーさんは現場は知らないですよね? ここから見えるかどうかと、目印があったりするか聞きたいんですけど。」
何か不穏な気配がないか遠目にでも事前に確認しておきたいですからね。
「そうですね。ちょっと聞いて来ます。」
オンサーさんがカルシファー隊長のところへ走って行ってくれました。
第二騎士団の他の騎士さん達も馬から降りて繋いだりと捜索の準備を始めているようです。
居残り組が馬や馬車の番をしてくれるようで、御者が誘導に従って馬車を街道脇に移動させています。
馬車の中のメンバーは、ハイドナーは御者と一緒に居残り組に入り、モルデンさんはこちらに付いてくるようです。
しばらくキョロキョロしながら待機していると、カルシファー隊長が第四騎士団の隊長さんらしき人を伴ってこちらに向かって来るのが目に入りました。
その後をオンサーさんが付いてくるので、お二人を呼んで来てくれたようですね。
「聖女様方、こちらは第四騎士団第一小隊長のレンキニンス殿です。」
早速カルシファー隊長が紹介してくれるのを、ニーニアさんが前に出て受け答えしてくれます。
「レンキニンス隊長殿、ニーニアです。何かお役に立てますと良いのですけれど。宜しくお願いします。」
聖女とは敢えて名乗らなかったニーニアさんは、良心の呵責があったんでしょうか、申し訳ない限りです。
「こちらこそ、ニーニア殿。」
言いながらもレンキニンス隊長はニーニアさんを注意深く窺っているようです。
そんな2人は放っておくことにして、カルシファー隊長にこそっと近寄ってさり気なく声を掛けてみます。
「カルシファー隊長。現場はここから見えるんですか?」
怪しくない程度の抑えた声で訊いてみると、カルシファー隊長はぴくりと眉を上げてから、すっと前方を指差しました。
「聖女様の侍女殿。ご心配には及びませんぞ、現場はあちらのポツンと立った大木の直ぐ側ですからな。まだここからは距離があります。」
そう無難に答えてくれたカルシファー隊長に感謝しつつ指差された先の大木の辺りに目を凝らした途端、ゾワっと鳥肌が立ちました。
「あー、ダメだあれ。」
思わず口にしてしまうと、周りの皆さんの視線がザッと集まってしまいました。
と、カルシファー隊長が一つ咳払いして聞き返して来ます。
「侍女殿、何がダメなのですかな?」
「あ、いえ〜。ちょっと嫌な感じがするというか。しますよね?聖女様?」
ここは全力でニーニアさんに同意を求めておきます。
「そ、そうかもしれませんね。」
引きつりそうな顔で何とか答えてくれたニーニアさんには悪い事をしてしまいました。
「なので、私はここに居残りしますね〜。」
にこりと引きつり気味の笑顔で告げると、カルシファー隊長の眉がまたピクリと上がりました。
「そうですかそうですか。では、是非大人しくこちらでお待ち頂くということで、お一人で残すのも何ですから、聖女様の護衛の方にもお残りになって貰いましょうか。ええ、聖女様は我が隊の者達でしっかりお守りしますから、ご心配には及びませんぞ?」
久々に目が笑ってない笑顔のカルシファー隊長を見てしまいましたね。
と、これまた作り笑顔のバンフィードさんがすっと寄って来てはしっと手を握って来ましたが、その隣のリーベンさんがうんうんと容認しています。
「というかカルシファー隊長、レンキニンス隊長ならしっかり抱き込んで口止めすれば大丈夫でしょう。」
モルデンさんが間に入ってくれましたが、こちらを振り向いた顔が呆れ返っています。
「大掛かりな仕掛けなのでしょう? 貴女お一人残って何とかなるとは限らないのでは? 騎士達と私もお使いになった方が良い。」
確かに、モルデンさんの仰る通りですね。
というわけでカルシファー隊長に改めて目を向けると、頷き返されました。
「レンキニンス隊長、くれぐれも他言なさいませんようお願いします。」
改めてレンキニンス隊長に口止めしてくれたカルシファー隊長に感謝の目を向けていると、レンキニンス隊長から溜息が聞こえてきました。
「まさか噂通りだとは。上の方々も無謀に過ぎる。」
そんな本音を漏らしたレンキニンス隊長はこちらを改めて眺めてからまた小さく溜息を吐いたようでした。
「そうは言っても、この方が居られるからこそ気付いて頂けることもありますからな。」
そこでリーベンさんが庇ってくれたのにはちょっと驚きです。
「さて、今更言っても仕方がないことはともかくです。何が見えましたか?」
モルデンさんがその空気を割って終わらせてくれたようです。
「何かごめんなさい。先に謝っておきますね?」
そう前置きをしておくと、途端にバンフィードさんが握る手に少しだけ力が入りました。
と、オンサーさんも何か乾いた笑みを浮かべています。
その他の皆さんは何のことかとキョトンとした目をしていますね。
「あれ、対象語句が全部私になっていて。多分、一行の中に私がいることを想定して、こちらに調査に駆り出されることも先読みした上で、態々罠を張ってくれていたみたいですね。ご苦労様で。」
途端に来た重い沈黙に、物凄く居心地の悪い気分になります。
「・・・では、何事もなかったということで引き返して一行に合流いたしましょうか。」
直ぐに立ち直ったバンフィードさんが彼らしい発言を始めました。
「あのねバンフィードさん、そういう訳にいかないじゃないですか。このままにしていったら騎士さん達が困りますよね?」
「いいえ関係ありませんね。貴女様に何事もないことが一番大事なことなのです。それとも、貴女様が手を加えたことでここへ訪れたことを知られた方が宜しいとでも?」
相変わらずの正論が口からは吐かれましたが、制止されないのをいいことに、手はギュッと握られたままです。
「そういうことは、手を離してから言って下さい。」
「何をなさるか分からない貴女様からは、目も手も離す訳にはいきません。」
それっぽい台詞を口にしていますが、呆れて溜息が出ます。
「リーベンさん。」
ウチの護衛隊長様に助けを求めてみると、凪いだ目で見返されました。
そのリーベンさんではなく、モルデンさんが咳払いして割り込んで来ました。
「そういえば、コルステアくんからの取説の中に、魔法や呪詛の中身を読み解くことに関しては、恐らく他の追随を許さない精度だと。意識して読み取れないものはないのではないか、とも。」
これは意外に良いことも書いてあったんですね、あの取説。
「具体的にはどのような内容でしたか?」
「うーん。魔法陣には恐らく前回使用された時と同じく魔物が閉じ込められています。その魔物は改造魔物で、魔物自身の心臓の他に魔力を取り込む心臓を移植されているんです。」
これは、旅の途中で出会ったヤギの魔物の時と似たような改造ですが、こちらの魔物はより完成系に近いのか、この仕組みに呪詛は使われていないようです。
「その魔物には呪詛が植え付けられていて、私の魔力を感知したら強制的に魔力を吸い取って、移植した心臓に取り込めるだけ取り込んで魔石化するように。」
言葉を切ってもう一度大木の方に目を凝らします。
「うーん。嫌過ぎる、悪意の塊じゃない?」
嫌悪感からつい愚痴ってしまいましたが、気を取り直して続けます。
「それで終わらず、植え付けられた心臓の魔石化が始まったら、魔法陣の効力を失わせて、私の心臓と身体の一部を回収して組織サンプルを持ち帰るように指令が出てますね。」
淡々と言い終えましたが、寒気がして来ました。
「失礼します。」
と、唐突に腕を引かれてギュッとバンフィードさんの腕の中に抱き寄せられていました。
「貴女様のことは、私が必ずお守りします。言い難いことを問いただして申し訳ありませんでした。」
気付いていませんでしたが、寒気と共に身体が震えていたようです。
「良いです。ちょっと怖くなっただけで。恨まれてるだろうってことは分かってましたから。でもこちらだって、放っておけば国ごとそんな目に遭ってたかもしれないんです。許せる訳も放っておける訳もないじゃないですか。勝手過ぎる。」
言っている内に何故か涙腺が緩くなって来ました。
「殿下、悪い事は言いません。やはり王都へこのまま引き返しましょう。」
リーベンさんが遂には隠さず殿下呼びを始めていて、更に目頭が熱くなります。
「い、やです。それでも私はあいつらの裏をかけるチート持ちなんです。私が行かなくては覆せないものがあるんだと思います。だからノワも反対しなかったし、あちらには殿下がいるし。」
ぐっと堪えてそう言い返すと、周りの皆が難しい顔になりました。
「ところで、魔物が感知する範囲は? 今ここはまだ安全圏でしょうか?」
モルデンさんがそう話しを戻してくれました。
深呼吸して気持ちを落ち着けると、バンフィードさんから離れようと胸を押してみましたが、ちっとも腕の力を緩めてくれません。
仕方がないのでそのまま話し続けるしかなさそうです。
「多分。私自身か、もしかしたら誰かが魔法陣内に入ることが感知の発動条件じゃないかと思います。」
と、不意にバンフィードさんが拘束を解いて離してくれたかと思ったら、直ぐに横抱きに抱え直されました。
「ちょっとバンフィードさん!」
「このまま私の馬で、最速でフォッドの街に引き返します。」
この人、こうと決めたら絶対に曲げない人でした。
「いや、ちょっと待って!」
「いいえ、今回ばかりはバンフィードが正解です。殿下はこのままフォッドまでお戻り下さい。この仕掛けについては、王都に連絡を取って、古代魔法にお詳しいテンフラム王子殿下に協力を仰いで頂きましょう。神殿から解呪の専門家と魔法使いと第二騎士団をもう一隊派遣して貰いましょう。」
リーベンさんが澱みなく続けていて、反論の余地がなくなって来ます。
「宜しいですね?殿下。貴女様はこれをお一人で始末されるおつもりだったのでしょうが、無謀にも程がある。幸い他の者は発動対象ではないのですから、お任せになるべきなのです。」
この正論には逆らえませんね。
「殿下。良く私の話を聞いて頂きたい。」
リーベンさんが少し屈んで横抱きにされたこちらと視線を合わせて話し続けます。
「貴女様は、確かに真の王族ではあらせられない。だが、我が国にとってどれ程ご恩のある方であることか、貴女様自身がちっともご自覚がない。」
それは、偶々成り行きでそうなっただけで、初めから国家の為にと動いていた訳ではありません。
「奴等の下らない逆恨みなど我々が身をもって防いでみせます。ですからそんなものを受け入れてはなりません。貴女様は我が国の全ての民の恩人だ。それを知るのが王都の限られた者達だけだとしてもです。陛下が貴女様を王女となされたのは、この国の誰よりも大事に遇して何者にも脅かされることがないようにお守りする為です。」
眉下がりの気遣わしげな表情のリーベンさんと目を合わせていると、何か居た堪れないような気持ちになって来ます。
「・・・今はそうかもしれませんけど。」
「いいえ。貴女様の性格上、いつまでも何処まで行ってもそういうお人だと私は思っておりますよ。今回のことも、無謀に見えて、貴女様の中では勝算があるからあの方を自ら迎えに行こうとされている。そんな貴女様ですから、私は護衛隊長を引き受けております。ご自身で信じ難ければ、私を信じておられれば良い。」
力強いその言葉には不思議と説得力があって、信じてみたい気持ちになってしまいました。




