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鬱蒼とした林の木を切って作られた広場には、休憩の為のスペースがあっという間に整えられました。
他の人の二倍速くらいで動くハイドナーの行動を呆気に取られて見守っている内に、敷物に座って目の前にハイドナー特製弁当が用意されていました。
漸く落ち着いて優雅にお茶を注ぐハイドナーの姿を目にして我に返りました。
この従者、兄からどんな教育を受けたのか、有能過ぎるというか、頑張り過ぎて生き急いでないでしょうか?
「ハイドナー、大丈夫? そんな張り切り過ぎなくて良いからね。私庶民育ちだし自分のことは自分で出来るから。」
世界常識がないことと、ドレス着用だけは1人では無理ですが、日常生活ならお世話係は必要ありませんからね。
「だからこそです。私めは戦闘ではお役に立てません。ですからカディ様が快適にお過ごし頂くお手伝いだけは他には譲れません。」
言い切ったハイドナーは、従者としては物凄く素晴らしい心掛けなのでしょうが、やはり慣れませんね。
「うーん。有難うね。でも、程々でお手柔らかにお願いしますね。」
この辺りの匙加減は難しいですよね。
「さあさあ、召し上がってみて下さい。」
サクッと話は切り上げられて、遂に実食のお時間ですね。
新鮮そうなお野菜と厚切りハムが挟まったサンドイッチを手にとってぱくり。
「・・・ハイドナー、お嫁に来ようか。その前に、ヒーリックさんとこの料理人さんに弟子入りして秘密の調味料の暖簾分けして貰ってからが良いね。」
「へ?」
びっくりまなこのハイドナーは置いておくとして特製弁当を堪能しますよ。
サンドイッチも去ることながら、添えられているお菜も絶品です。
揚げ物から炒め煮のようなものまで、凝った調味料ではないですが、味が程よく馴染んでいて、脂っこ過ぎることもなく。
「あれ? もしかして私の好みに寄せてくれてる?」
「はい。これまで拝見しておりました食事風景と食事の進み方などから、カディ様の好みを分析させていただきました。」
当たり前のように返って来た言葉には目を瞬かせてしまいます。
「そか。だから私の為の特製弁当なんだ。」
これに他の皆様を付き合わせたのはもしかして微妙だったでしょうか?
一緒に余りをつついてくれている馬車付近の皆さんに目を向けますが、特に口に合わなさそうな雰囲気ではなかったのでほっとしてしまいました。
「お弁当ですから、少し味付けは濃いめにしましたが、食材は幅広く多めがお好みでいらしゃいますでしょう?」
確かに、こちらの料理のシンプルさも嫌いじゃないですが、栄養価を考えると色んな食材を使った料理を食べることで健康促進になる筈です。
「騎士団で良い筋肉作る為なら良質タンパクを推奨だけど、これからはデスクワークと魔法行使と社交がお仕事なら、健康志向は大事だよね?」
失敗するともしかして、長い長い人生を歩むことになるかもしれませんから、健康長生きを目指して食事管理は重要です。
「それでは、このハイドナー、カディ様の健康を第一に、精一杯努めさせて頂きます!」
また妙な方向にシフトした気のするハイドナーですが、怪しげな健康食品とか持ち出して来ない限りは、好きなようにして貰おうと思います。
「カディ殿、少し宜しいか?」
カルシファー隊長が第二騎士団の皆さんの元からこちらに向かって来たようです。
「はい。どうしました?」
一度食事の手を止めてそちらを向くと、カルシファー隊長が昨日までよりは穏やかな顔でこちらを見つめています。
「食事中に申し訳ありませんな。食事が済まれましたら、ハザインバースの親子が降りて来ますので、少しの間構ってやって下さい。ライアット殿がその間に食事をするそうです。」
「そうですね。ここでこのメンバーなら久々に触れ合えそうですよね? 木々に隠れてイースとエールのことも遠目には見えないでしょうし。」
王都を出てからここまで図らずしも護衛してくれたイースとエールのこともしっかり労ってあげたいですからね。
そんな訳で一応の用事は済んだのですが、カルシファー隊長は直ぐに側を離れようとせず、まだこちらを見ている視線を感じました。
「今回は付き合わせてしまって申し訳ありませんでしたな。カディ殿は、旅疲れの方は大丈夫そうですかな? この間も遠くへ出掛けられたばかりだ。その上でエダンミールまでの長旅ですからな。ご無理はされませんように。」
何とカルシファー隊長から労りの言葉を貰えるとは思っていませんでした。
いえ、出会ってから隊長の下にいる間はずっと、意外と面倒見の良い上司だと思ってましたけどね。
「有難うございますカルシファー隊長。ちょっと座ってハイドナー弁当摘んで行きませんか?」
「はは。それは遠慮しておきますよ。後で隊の者達にズルいと言われそうですからな。」
そんなものでしょうか?
隊の遠征弁当はやっぱり味気ないものなんでしょうか。
目を瞬かせつつ軽く首を傾げていると、カルシファー隊長の顔が少しだけ苦くなりました。
「カディ殿。身勝手な願いだとは分かっていますが、どうか団長をお願いします。どうぞ無事に連れ戻して来て頂きたい。」
願うような真摯な瞳でそう頼まれると、むず痒いような不安になるような気がして来ます。
「ええ、勿論ですよ? 頑張りますね。」
そう少しだけ不安混じりに答えると、カルシファー隊長には少し目を細めて柔らかく微笑まれた気がします。
「団長も、カディ殿のお迎えなら一も二もなく引き返すことでしょうからな。まあ色んな意味で。」
「ん? カルシファー隊長、今の色んなは絶対良い意味じゃないですよね?」
じっとりと問い返すと、ふっと笑われました。
「あの方は、貴女の安全が何よりも大事と思われる筈だ。そこを突いて連れ戻されるのが一番だと助言させて頂いたまでです。」
相変わらず大人な躱し方ですね。
そういうところが、カルシファー隊長は上手だと思います。
「あ、そういえば一つだけ聞いても良いですか?」
昨晩の硬い雰囲気の中では聞き辛かったのですが、聞くなら今ですよね?
「その、今向かってる例の現場のことですけど、出入りしてる怪しい人達の目的は、本当に証拠隠滅なんでしょうか?」
実は、話を聞いてから何か引っ掛かる気がしていたんです。
「それは、どういうことでしよう?」
真面目に返してくれたカルシファー隊長に、考えを纏めてみます。
「王都でも、消し切れてない痕跡が幾らでも残ってるのに、こちらの現場だけ念入りに証拠隠滅する理由がピンと来なくて。」
「・・・では、カディ殿はこの先の現場に証拠隠滅ではない何かの工作が行われているのではないかと、そう考えておられるのですな?」
そうはっきりと言い切れる程の根拠はないのですが、シルヴェイン王子を捕まえる為の撹乱として用意した改造魔獣を隠していた魔法陣があったとして、それ自体にはそれ程の価値はないんじゃないかと思うんです。
「エダンミールに逃げ帰ろうとしてる魔王信者さん達が、態々寄り道してまでこっちに何かしに来てるとしたら、事態はもう覆せなくても、最後の悪足掻きが出来る何かを現場に仕掛けて、カルシファー隊長達を誘き寄せてるんじゃないかと。そう思いませんか?」
第二騎士団に何を仕掛けようとしているのかは全く想像も付きませんが、やられてやる気にはさらさらなりませんね。
「・・・成程。では、慎重に近寄って調査を開始しましょう。特に貴女は、後方待機ですからな!」
ここは語気を強くして言い放ったカルシファー隊長ですが、そんなの当たり前です。
ちょっと見るだけしか役に立たないってきちんと自覚はありますからね。
張り切って魔王信者さん達の目論見が崩れ去るところを観戦しようと思います。
遠くバックヤードの方からね!




