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夕暮れ前に辿り着いた街は、エダンミールに入国してからこれまで寄って来た街の中で一番規模の大きな街だった。
王都から半日、馬なら数時間の距離でこの規模の街が隣接しているのは不思議だったが、街に入ってからミーアに聞いた説明で納得出来た。
「王都の門を入る時には、例外なく魔力登録が必要で、出る時は魔力照会で手配が掛かってないか確認されるのよ。」
そうなると、後ろ暗い者は王都に入ること自体を避けようとするだろう。
だから、敷居の高い王都に入るよりもその手前のこの街を利用する者が増えて結果として発展することになったのだろう。
「例外や抜け道もあるんじゃないのか?」
犯罪者すれすれの者達も多い魔王信者の本拠地が王都にある以上、例外や抜け道がなくてはエダンミールの王都として成り立たないのではないかと思う。
「まあね。でも、登録がない者は魔王信者のどの会にも入会出来ない仕組みになってる。それから王都に入場記録のない者は王都での活動も出来ない。つまり、王都内では例え所属の会からの仕事でも入場登録していないと受注出来ないことになってるのよ。」
これは厳しいのかどうなのか良く分からない話だ。
確かに王都に住んで魔王信者として仕事をするなら、王都への入場登録は必須だということだろう。
だが、ただの観光なら抜け道を使って登録をしないことも有効だということだ。
「ふうん。成程。」
そう返して掘り下げずにおくと、ミーアがこちらをジッと見詰める視線を感じた。
「焦らないの? 貴方達、王都に入る為に登録出来るのかしら?」
核心を突いてくるミーアに一先ず不敵に笑い返しておくことにする。
確かに、どうするかこの後クイズナーと相談しなければならないだろうが、行かない選択はない。
つまりどう抜け駆けをするか、それを検討する時間になりそうだ。
「・・・勝気だなぁ、坊ちゃんは。ま、王都で何をしたいのか知らないけど、それが単なる考えなしの無謀じゃないなら、逆に何者だって調べ尽くしたくなるなぁ。」
こちらを覗き込んで態とらしくそんなことを言ってくるラチットの言葉をサクッと受け流して、近付いてくる中々に賑わった通りに目を向けた。
「街の北西の端には近寄らないようにね。建物の壁の色が霞んだ灰色になってるからすぐ分かると思うけど。街を歩いてて色のない壁が見えて来たら引き返して。」
「貧民街か?」
どんなに治安の良い街にも下町と呼ばれ、後ろ暗い者や食い詰め者、孤児等が棲みつく地帯というのが存在する。
「貧民というか、まだ程度が良いのはもう少し西の方に隠れ住んでるんだけど、あそこは本当に無法地帯だから。」
「王都から出た膿の溜まり場?」
「そうそうそんなところよ。」
軽く流したミーアだが流石に苦々しい顔付きだ。
そんな無法地帯をカダルシウスに持ち込もうとした“魔王の饗宴”と呼ばれる魔王信者団体、その背後にはエダンミールの王族が間違いなく付いている。
それが本当に第三王子サヴィスティンなのか、そして彼だけの独断だったのか。
ラチットが何でもないように落としていく無視出来ない情報は、何処までが真実なのか分からないが、全くの嘘ではないだろうと思える。
「それで? ここでの俺達の仕事は決まったのか?」
その仕事にかこつけて、こちらも調査を開始することにしようと思う。
「せっかちね。まずは“願い”の支部に入るわよ。シルくんはそのピアス、ここでは着けてても構わないけど、王都本部では外すか無効化して貰うからね。」
魔力を抑える魔道具に、やはりミーアは気付いていたようだ。
後は隠さない魔力量やらを見られて、王都本部の者達に正体がバレないとは思えない。
やはり魔法大国の魔法使い達は、魔法や魔力に対する知識や力量が段違いだ。
こんなお忍び旅ではなく、公式訪問だったら、それに魅せられたかもしれない。
そして、伯父のように何かから抜け出せなくなっただろうか。
そう思うと、少しだけ怖いような気がした。
以前の自分なら、自らの立場や責務が最優先で国の為にならないことになど一切興味を持たなかっただろう。
が、今の自分はどうだろうか?
立場や責務を振り切るようにして今回の旅に出た自分は、彼女の為にと焦りが勝って、取り返しのつかない何かを求めてしまいはしないだろうか。
そんな恐怖めいた思考を振り払って、街の様子に目を戻した。
と、同じように何か思い悩む様子のパドナ公女の姿が目に入った。
そして、それをそっと見詰める護衛のフィーは何か言いたいのに言えないような気遣わしげな表情だ。
「次の辻を左ね。それで?妹ちゃんは連れて支部に入るの?」
「いや、妹は魔法使いでもないし無関係だから、ここから別行動だ。」
即答すると、パドナ公女が驚いたようにこちらを向いた。
「いいな? お前はこの街の観光でもして気が済んだら国に帰るように。」
突き放すようにそう告げると、パドナ公女は少しだけ不安そうな顔を覗かせたが、グッと堪えるように唇を噛み締めると、強い視線を向けて来た。
「魔王信者には、魔法使いじゃなくてもなれるそうだわ。私も王都に入るから。」
はっきりとそう宣言して来たパドナには、こちらも険しい顔になってしまった。
「ダメだ。一時の自暴自棄で何をするつもりだ。」
「自分こそどうなの? 後先考えてる訳?」
即行で帰って来た痛い反論には、一瞬言葉に詰まって返せなくなる。
その間にプイと顔を背けたパドナ公女は歩調を上げて辻を左に曲がって行った。
「ふふふ。シルくんたら痛いところ突かれちゃって。王都に入って入会する? それともこの街に留まって仮入会の上で依頼をこなしながら名を上げる?」
そんな悪魔の囁きを聞かせてくるミーアはやはり油断ならない。
「仮入会では会の組織には組み込まれない。つまり権力は得られない。が、魔王信者として会に降りて来た依頼を受けて名を上げることは出来る、と。」
「そ、魔法使いとして自分主導の研究を会の予算を使って行うことは出来ないけど、誰かの研究の手伝いなら出来るし、依頼をこなして稼ぐことと名前を売ることは出来る。その上で、有力な魔王信者の会にスカウトされたり自分から売り込みをかけることも出来るわよ?」
そんな情報を隠しもせずに教えてくれたミーアの真意はやはり分からない。
が、過剰に警戒し続けても有るものはないだろう。
「ミーアはどうして、そんな自分達の会にとって不都合なことまで俺に明かすんだ?」
正直に問い返してみると、ミーアにはにやりとクセのある笑みを返されつつ肩を竦められた。
「シルくんは、警戒心強めの猫みたいな子だけど、根が素直なのよねぇ。私にとって益がない訳がないでしょう? 身元は明かさない、かなりの魔法の使い手で統率力もある。そんな裏に何があるか分からないような面倒な子はね。内にどっぷり抱え込むより、都合良くその能力だけ利用した方が良いのよ。」
言って更に笑みを深めたミーアが耳元に口を寄せる。
「即戦力で自力で問題解決力も発揮してくれるような非正規雇用魔法使い? ウチみたいな規模が中途半端な会では喜んで採用でしょう? 期待してるわよ?」
この為にこの街まで連れて来られたのかと初めてミーアの行動原理に納得が行った。
何かあればあちらは正式会員ではないと切り捨てられるのなら、これ程使い勝手のいい手駒はない。
だが、それはこちらにとっても好都合だと認めざるを得ない。
チラリと目を向けたクイズナーもしぶしぶ頷き返したようだった。




