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「ただいま。」
久々に帰った実家は、相変わらずの賑やかさだった。
「「あ、ケインズ兄お帰り!」」
「「ケインズ兄聞いて!」」
「わーいケインズ兄ちゃん遊ぼ?」
「あらケインズ早かったのね。お帰りなさい。」
弟妹達と母に立て続けに返事をされて、その懐かしい雰囲気にホッと気持ちが緩んだ。
「父さんはまだ?」
「ええ、最近は漸く仕事も落ち着いて来たみたいだから、もう少ししたら帰ってくると思うわ。」
台所で食事の支度をしながら答える母は、自分の好きなおかずを何種類も用意してくれているようだ。
「ケインズ兄ちゃん。騎士団の話聞かせて? この前行った特別任務は?」
末弟のクレイルは小さい頃から第二騎士団に憧れているようで、入団してから帰る度に話をせがまれる。
「そうだな。後で話してあげような? でも、特別任務のことはあんまり話せないぞ?」
「うん! カッコいいね! とくべつにんむ!」
無邪気なクレイルの様子にはいつもながら癒されるが、あの旅のことを思い起こすと、未だにツキリと胸が痛くなる。
始まりから殿下がレイカさんと一緒に行けないことを内心では喜んでしまったからか、一月もずっと一緒にいられることに浮かれていたからか、そのバチが当たったかのように、全くレイカさんとの距離は縮まらなかった。
こうしてレイカさんへの想いを諦めた今でも、後悔のような苦い気持ちが湧いてくる。
「ケインズ、疲れているんじゃないの? 早く部屋に荷物を置いてらっしゃいな。ご飯にしましょう?」
急に動きを止めて考え込んでしまっていたようだ、母に言われて表情を崩しつつ頷き返す。
廊下に出て部屋に足を向けると、双子の妹のリリーアとエムニアが戯れ付くように追い掛けて来た。
「ねぇねぇケインズ兄、第二騎士団で今一番格好良い騎士様って言えば誰?」
リリーアのその問いにはいつもながら苦笑してしまう。
この年頃の女の子の関心ごとといえば恋愛ごとが上位を占めるのだろう。
15歳になったばかりの妹達も、家に帰って耳にする話題といえば誰がカッコいいだの誰と誰が恋仲だのそんな話ばかりだ。
「そうだな。やっぱり不動の一位は、団長殿下だろうな。」
いつも通りの答えを返すと、妹達はこれまた納得したように頷き返して離れて行く、筈が今日はまだ付いてくるようだ。
「ねぇ、じゃあ。もしもよもしも私達が第二騎士団の騎士様を見掛けて恋に落ちたとして、ケインズ兄は応援してくれたりとか、紹介して取り持ってくれたりとか、してくれる?」
そんな踏み込んだ話をされて目を瞬かせてしまった。
「ん?いるのか?そんな奴が。」
「ええ?いるっていうか。最近、第二騎士団の騎士様がよく街中に降りて来て魔物退治してるところを見掛けたりしたのよ。だから、街の女の子達はもう大騒ぎよ? 何だろ、こう魔物相手に戦ってくれてる騎士様ってそれだけで格好良いじゃない? その上で時々魔法放ってたりするともう。」
そこで夢見る乙女の目になっている妹達に、乾いた笑いが浮かぶ。
「そーかそーか。まあ、遠くから眺めてお邪魔するなよ〜。」
そこで流して歩みを進めると、妹2人はそれでも追い掛けて来た。
「ちょっとケインズ兄、話終わってないよ?」
「もう、ケインズ兄は色恋には疎いから分からないかもしれないけど!」
両側から言い募る妹達の頭を上から極軽く掴んで、押し留める。
「余計なお世話だぞ、お前達よりずうっと大人な兄貴を、揶揄うんじゃない。さあ、2人は戻って母さんの手伝いして来い。」
言い置いて丁度辿り着いた自室の中に入ると、2人の目前で扉を閉めた。
すぐ下の弟との2人部屋は、自分のベッド周りだけ物がなくてがらんとしている。
ベッドの上に持って来た荷物を下ろすと、その隣に腰掛けた。
色恋には疎い。確かにそうなのかもしれない。
自分がレイカさんにした事と言えば、真っ直ぐに想いを伝えたこと、それに対して先回りした心配をするレイカさんに、ただそれでも諦められないと押し続けたこと、それだけだ。
レイカさんの未来に対する不安を取り除く具体的な何かをした訳ではなかった。
だから、レイカさんもこちらを向いてくれる筈がなかったのだ。
レイカさんを諦めて自分の気持ちが少しだけ楽になったのは事実だが、この苦い気持ちは消えてなくなることはないのではないだろうか。
沈んでいくような思考を扉を叩く音が引き戻した。
「兄貴、入るぞ?」
すぐ下の弟ベックリーが扉を開けて入って来る。
「ああ、お帰り。」
そう声を掛けると、ベックリーがこちらをチラッと見て微妙な顔になった。
「親父も帰ったから飯だって。・・・大丈夫か?」
ふうと小さな溜息と共に一言付け加えたベックリーに、目を瞬かせる。
「まあいいや、飯行こう兄貴。」
「そうだな。」
返して立ち上がると、ベックリーを追って部屋の扉を潜った。
食堂には家族が揃っていて、定位置に座ると、父マーシーズが食前の祈りを口にして、夕食の時間が始まった。
母が自分の好物を何種類も並べてくれた夕食は、やはりほっとするような美味しさだった。
第二騎士団の兵舎食堂もレイカさんが改革を始めてから劇的に美味しくなったと評判だが、それでもやはり実家の味には敵わない。
口元を綻ばせて食べていると、父母の微笑ましげな視線を感じた。
何を言うでもない2人の気遣いが身に染みるような気がした。
食後年少の子供達が片付けや風呂や寝支度に掛かる中、父母とベックリーと自分の4人だけが食卓に残って軽く酒の時間になる。
ベックリーは数年前から第三騎士団に見習いとして入っているが、今年成人して大人の仲間入りをした。
「それで?ケインズはどうだ? お留守を預かってるって聞いてるぞ?」
誰から何を聞いているのか少し考えてみて、父がこの間の騒動の間、レイカさん絡みで王弟殿下からの命を受けていたことがあるのを思い出した。
「まだ、父さんのところにも話が降りて来るんだ。」
意外に思えてそう返すと、父は目を細めて微笑むと、口の端を少しだけ引き上げた。
「上から見ると、お前は未だあのお方の関係者扱いのままみたいだぞ?」
これには驚いてマジマジと父を見返してしまった。
「え? そんなことは全くないと思うけどな。雲の上のお方になってしまってあれから数回しかお会いしてないのに?」
「それでも、聖獣様を託されたんだろう?」
「・・・それは、偶々旅の途中で面倒をみられるようになってたからで。」
言い訳のようにもごもごと反論していると、父が更に目元を緩めて微笑んだ。
「他の誰かじゃなく、聖獣様もお前に懐いているんだろう? 誇らしいことだと思ってはいけないのか?」
それには答えられなくて目を逸らしてしまった。
「遠征隊からは外されて、団長直下の内勤扱いなんだってな。これは中々出来ない体験だぞ? これを機会に普段とは違う場所を、景色を楽しんでみろ。」
そんなことを言い出す父をこれまたマジマジと見返してしまった。
「回り道したり順調に行っていないように見える時ほど、実は何かを見付け出して急成長する機会だったりする。順風満帆な人生なんて実は誰にも何処にも存在しない。色んなところに散らばってる罠やら枷やらをどうにかこうにか捌き続けてる内に、何でもなく障害を捌き続けられる人間に見えてくるってだけだ。」
これは、騎士として生きて来た父の人生論なのだろうか。
下級貴族の家の次男に生まれた父が、騎士として第三騎士団で身を立てる為には、それはそれなりに苦労があったのだろう。
「ま、お前の人生だ。どう生きるのもお前の自由にすれば良いと思う。ただ、後悔だけはしないように、出来るだけ前を向いて生きていけ。」
それだけ語った父は、酒のグラスに手を伸ばしてゆっくりと味わい始める。
それに合わせるように何を言うでもなくそれぞれがグラスを傾けるこの空気が心地良くて好きだと、つくづくそう思った。




