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夕方辿り着いたフォッドの街は、周囲を高い塀で囲まれたかなり大きな街でした。
宿に着いて荷解きをしていると、部屋の扉が叩かれました。
「聖女様方、第二騎士団の隊長殿が明日の細かい予定についてご説明に来られたそうです。」
扉の外からリーベンさんがそう伝えてくれます。
「はい。ちょっとだけ待ってて貰って下さい。」
返してから、3人で大慌てで荷物整理と関係者の皆さんが座る場所の確保をして、サミーラさんが扉を開けに行きました。
入って来たのはカルシファー隊長とオンサーさん、リーベンさんとバンフィードさんも当然のように付いて入って来て、モルデンさんにウチのハイドナーまでいるのは驚きです。
部屋がかなり狭苦しくなりましたが、カルシファー隊長とニーニアさんを中心に据えてそれぞれが収まり切ったところで、モルデンさんが取り出した盗聴防止魔石を起動させました。
「さて、改めまして殿下には誠に申し訳ございませんが、ガシュード側の現場まで御足労願えますでしょうか?」
と、堅苦しく始めたカルシファー隊長に、苦笑を返してしまいました。
「カルシファー隊長、そういう堅苦しいのやめましょう。時間の無駄。要点だけパパッと確認して解散で。エダンミールの人達もこっちのこと探ってる筈ですけど、そんな彼らから逆に関与の証拠を炙り出して差し上げるのが、こちらのお仕事ですからね!」
にこっと勝気に言い切ったところで、オンサーさんに目を向けました。
「オンサーさん、シルヴェイン王子が誘拐された事件の時現れた魔獣は、メルビアス公国や王都のモグラ魔物の時と同じように、条件付けされた魔法陣で隠されていたんじゃないかと思うんです。」
「そうかもしれないな。その証拠の魔法陣をエダンミールの奴らは消そうとしてるのかな。」
考えながら返してくれたオンサーさんと頷き合っていると、カルシファー隊長が不思議そうな顔でこちらを見ている視線を感じました。
「テンフラム王子に捕まったスーラビダンの古代魔法使い達が予め用意していた魔法陣なのかもしれないですね。あの人達まだ生きてるならその辺りも聞き出して欲しいとこですけど。」
そこまでオンサーさんと話し込んだところで、カルシファー隊長がオンサーさんに向き直りました。
「オンサー、その旅の間の出来事の報告は、もう少し詳しく聞いた方が良さそうだな。」
「はい。」
そんなやり取りがあって、カルシファー隊長がこちらに向き直りました。
「明日はオンサーを殿下の側に付けるので、隊との連絡係に。」
カルシファー隊長、殿下呼びはやめてくれなさそうですが、口調は少し軟化したようです。
「はい。お願いします。」
そこで話は一段落付いた形になりましたが、モンデンさんが前に出て来ました。
「しかし、古代魔法陣が絡むなら、テンフラム王子のご協力を仰がなくて宜しいでしょうか? 一度王弟殿下に報告を入れますね。」
「そうですか、モンデン殿は王弟殿下の。」
カルシファー隊長も今回の随行者が誰に繋がっているかは把握していなかったようですね。
次はというようにハイドナーが口を開きました。
「キースカルク侯爵からは、エダンミールの援助隊の出入りをきちんと探って下さっている旨と、フォッドから出る時は宿に泊まった者は漏らさずエダンミールに向かう街道に連れて旅立つと伝言を承っております。」
確かに今のハイドナーはキースカルク侯爵家の従者扱いですからね。
「それは有難い。」
こちらは国をあげての調査に乗り出してるんですから、そう簡単に証拠隠滅させませんよ?
「えーそれでは。明日はまず古代魔法陣の有無を殿下に確認して頂きたいので、現場までは様々な妨害工作がある事を警戒しつつ、殿下には隊の中程で囲みながらご移動頂く。」
「ライアット殿とハザインバース達も空から付いて来るのでしょうか?」
バンフィードさんがもう一つ気になっていたことを訊いてくれました。
「ええ。ライアット殿とハザインバース達には今回は完全なるとばっちりでしたが、フォッドでエダンミールの連中と引き離すところまでは第二騎士団で面倒を見ると話が付いているので、現場にも付いてくることになるかと思います。」
本当は物流が滞っている事を受けての食材の調達だったヒーリックさん達には申し訳なかったですが、もう少し付き合って貰うしかないですね。
「それにしても、殿下のハザインバースは中々有用ですな。」
モルデンさんのその含みのある発言には苦い顔になってしまいます。
「ダメですよ。イースとエールはあくまで私のペットで、ライアットさんはそのお散歩係を引き受けてくれているだけですからね。」
こういう時すかさず釘を刺しておかないと、後が怖いですからね。
「殿下は、そういうところはとことん欲がないですよね? 無尽蔵と言われる程の魔力持ちで、聖なる魔法も古代魔法も使えて、その上魔物や魔獣も従えているのに。それを前面に出して積極的に何かの上に立とうとはなさらない。」
モルデンさんの訝しげな問いに、これまた苦い顔になります。
「あーそういうの、好きじゃないので。必要があって前に出るのは役目だと思って頑張れるんですけど。どっちかって言うと、面倒臭い表立つ役は誰かにお任せして、その影でこっそりしっかり支援しつつ平和に暮らしたいので。」
「そうは思えない言動になるのは、少々自由気質な性格と制御し切れていない魔力とどうしようもなく目立つ容姿の所為なんでしょうかねぇ。」
リーベンさんの分析は的を得ているだけに痛いですね。
「う。性格以外は元々私の持ち物じゃないですからね。でも、もう私のものなんだから、慣れなきゃいけないですよね。」
少しだけ反省も込めてそう溢すと、思いの外優しい空気に包まれて、逆に居心地悪くなってしまいました。
「そうですな。貴女がその諸々を飲み込んで少し大人になって下さると、ウチの団長殿下ももう少し無茶をせずにいられるようになるかもしれませんからな。」
カルシファー隊長からのその一言に、目を瞬かせてしまいました。
「それって、シルヴェイン王子の今回のエダンミール行きが私の所為ってことですか?」
聞き捨てならずに追求してしまうと、カルシファー隊長はほろ苦い顔になりました。
「貴女の所為というより、貴女とのことを陛下に認めて貰う為だろうと我々は読みましたが。」
それの意味するところが上手く繋がらなくて考え込んでいると、ふうと溜息が聞こえて来ました。
「カルシファー殿。そういうウチの殿下を混乱させるような事を言わないでくれませんか?」
溜息の後にそう返したバンフィードさんは、シルヴェイン王子の行動原理が理解出来たのでしょうか。
「私を始めレイカ殿下にお仕えする者達は皆、殿下のお相手はシルヴェイン王子殿下でなければならないとは思っておりませんよ? 殿下に相応しくある者、相応しくあろうと努力し続ける者で殿下が心を開く者があるなら、その方で構わないと思っておりますよ。」
このバンフィードさんの発言にも目を瞬かせてしまいます。
なんでしょうかこの本人よりも周りに色々気を回されている現状は。
とてつもなく恥ずかしいような気分になりますね。
「あの。人の恋路のことは、暫く放っておいて下さい。失恋したようなものなのにシルヴェイン王子追い掛けてる現状が更に痛くなるので。」
胃に手を当てつつそう溢すと、これまた気の毒そうな憐れむ視線に晒されて、居た堪れなくなりました。




