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王子様の離宮を出て、王城表の中枢部を突っ切ってから反対方向に王城魔法使いの研究の為の塔があるのだそうです。
何かとお忙しいウチの第二王子様は、勿論移動は最短距離で。
なので中枢部を突っ切る必要があったんですね。
王城の表、王様や大臣さんやお役人さん達が忙しく事務仕事や会議をされる区画ですが、入った途端に、文官さん達が王子様に道を譲って、ふと後に引っ付いていくレイナードに気付くと、あっちでひそひそこっちでひそひそ。
始まりましたね。
何処へ行ってもこの安定の塩対応って、ある意味凄いです。
レイナード、人に嫌われる呪いでも掛けられてたんじゃないでしょうか。
通り過ぎ様耳が拾ってしまうのは、実家の伯爵家の名前と覚えのない名前が幾つか。
そのどれについても、レイナードに好意的な展開の話は無さそうです。
徹底して陰口しか叩かれないって、相当ですよね。
因みに、親しげに挨拶してくる人間は1人もいませんでした。
ここまで四面楚歌状態で、レイナードってこれまでどうやって生きて来たんでしょうか。
かなり足速な王子様を追い掛けて、漸く政務区画を突っ切ったかと思ったところで、王子様が足を緩めました。
ふと見上げた王子様は、遠く前方を見詰めて気まずそうな顔になっています。
その視線を辿った先で、すれ違う人が皆んな傍へ避けて頭を下げて通す人が1人。
髪や目の色は違いますが、顔立ちが王子様と少し似た系統の美男さんです。
見守る内に王子様も廊下の端に寄って道を開けたので、あちらの方が立場が上の方のようです。
という訳で、レイナードも王子様の斜め後ろ壁際に思いっきり下がって頭を下げておくことにします。
「シルヴェイン! おはよう。朝からこちらに顔を出すのは珍しいな。」
足音が近付いて来ながら、王子様に声が掛かります。
「兄上、おはようございます。今日は魔法使いの塔に所用がありまして。」
王子様の無難な受け答えが聞こえて、ただその声の調子が少し強張って緊張しているのが分かりました。
兄上ということは、お相手の方も王子様ということですね。
シルヴェイン王子様が第二王子だそうですから、この人が第一王子ってことでしょうか。
次のこの国の統治者で、王太子殿下とかいう位の人ですかね。
「そうか。お前も偶には私の宮を訪ねて来い。マユリが喜ぶ。最近ご無沙汰だっただろう。」
そう親しげに続ける第一王子様との仲は悪くはないのでしょう。
ですが、それに答えるシルヴェイン王子様は、やはり少し硬い口調です。
「ええ。また機会がありましたら。」
社交辞令なお返事には、第一王子様が不満そうな声を上げています。
「お前は本当に付き合いが悪い。それともやはり私は嫌われているのか?」
「まさか。兄上程有能ではないから、日々の務めを果たすのに手一杯なだけですよ。」
「なあシルヴェイン。私は大事な弟王子のお前が自ら騎士団を率いて危険に身を晒すのは、やはり反対だ。」
「何を仰います。内政は兄上が手堅く支えて行かれるのですから、私はそんな兄上とこの国を外側から守りたいのです。」
「はあ。お前の魔法は確かに攻撃向きではあるが、誰かが肩代わり出来ない程ではないだろう。」
「何度も申し上げておりますが、私は武官である自分に誇りを持っていますから。」
2人の王子様達の間で交わされる会話は、中々不毛な展開です。
それはまあ良いとして、その間中ずっと頭を下げて控えてるこっちの身にもなって欲しいです。
苦手な兄上から離れて去って行きたがってるシルヴェイン王子の気持ちも汲んであげて欲しいですね。
「兄上、それではそろそろ行きますので。」
話を切り上げにかかったシルヴェイン王子の言葉にホッとして、ほんの少し身じろぎしてしまったところで、ハッと息を呑むような声が聞こえて来ました。
「シルヴェイン、お前!」
先程までとは打って変わって硬い声音になった第一王子様が、穏やかでない口調で続けます。
「何故、そんな者を連れている。」
最後まで聞いたところで、納得してしまいました。
シルヴェイン王子が兄上の元を早く去りたがっていたのは、レイナードの所為だったんですね。
「塔に所用がと申し上げました。失礼致します。」
一方的に切り上げたシルヴェイン王子が今度はこちらに短く声を掛けてきます。
「行くぞ。」
一気にピリついた空気になった一帯から逃げるように、足早に廊下を歩き始めたシルヴェイン王子の後ろをついて行きます。
第一王子様の刺すような視線を感じて、流石に見返す気にもならず、視線を下げたままその場を後にしました。
何となく分かって来たレイナードの過去の悪行に、冷や汗が出るような気がしました。
この人、本当にこれから先も無事に生きていくことが出来るんでしょうか。
少なくとも、次の王様になる可能性が高い第一王子様には、洒落にならないレベルで嫌われてます。
政務区画を出たところで、空高く聳え立つような塔が見えて来ました。
「レイナード。」
漸く足を緩めたシルヴェイン王子が振り返りました。
「あの方が私の兄上のアーティフォート王太子殿下だ。」
やはり王太子殿下でしたか。
「お前の覚えていない過去に、兄上と兄上の婚約者殿とお前の間で、問題が起こりかけた。その所為で、お前は兄上の勘気に触れている。だが、婚約者殿に対する配慮の為に公にはされなかった。」
苦々しい口調のシルヴェイン王子には、申し訳ない限りですが、そらっ惚けるしかありませんね。
「ええと。俺、大丈夫なんでしょうか? 財務次官だっていう父親のお陰で首が繋がってる感じです?」
本当は追求なんかしたくないところですが、アウトゾーンは把握しておくべきでしょう。
「・・・確かに、お前の未知数の魔力とランバスティス伯爵の功績が無ければ、今頃秘密裏に消されるか、何かの罪を被って断罪されていただろうな。」
たらりと嫌な汗が流れましたね。
王太子殿下の婚約者はまずいですよ、レイナードくん。
未来の最高権力者に楯突くなんて、本当に死にたかったんでしょうか。
いや、あり得るかもとか思っちゃいましたけど。
だったら、無責任に呼ぶな! ですよ。
「お前が騎士団に入れられたのは、最後通告だ。騎士団で国家の役に立つ姿勢を見せられなければ後はないことを、ランバスティス伯爵にも秘密裏に通告している。」
レイナードはそれを知っていたのでしょうか。
「レイナード、私はお前が記憶喪失だろうが、そのふりをしているのだろうが、どちらでも構わないと思っている。」
真剣な顔でシルヴェイン王子の言葉は続きます。
「生きたいのならば、騎士団で必死に頑張れ。そうしている間は、私が庇ってやれる。」
成る程、隊長達やシルヴェイン王子の妙な面倒見の良さは、ランバスティス伯爵の息子であるレイナードに対する同情だったんですね。
彼らに見捨てられたら、まだ19年しか生きていないレイナードの人生は終わっちゃうってことです。
そして、それを丸投げしてきたレイナードには、ちょっと猛省してもらう必要がありそうですね。




