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寝転んだ人の体長と同じくらいの大きさの巨大トカゲ魔物が沼トカゲだ。
昨晩の夕食にも出て来た食材だが、翌朝にそれを倒す仕事が待っているとは知らなかった。
「さ、それじゃサクッと倒して町を出ないと、今夜の宿に辿り着けないわよ?」
ミーアが後ろで腕を組んで観戦を決め込む体勢なのには思わず半眼を向けてしまった。
「シル、火魔法は使用禁止なら、氷魔法が一番ですが、恐らく耐性がありそうです。」
沼トカゲの側はひんやりと涼しいところをみると、氷魔法を使う魔物だと予想出来る。
「それなら、凝縮した風魔法で首を落とすか?」
「かなり硬そうですからね。上手く当てないと弾かれそうです。」
「では、土魔法をぶつけて圧死を狙うか?」
問題は、沼トカゲを討伐後、肉は食材として、皮も革製品に加工して使うからなるべく綺麗に倒すことが条件付けられていることだ。
「土魔法で足止めしてる間に風魔法で首と四つ脚を落とす。追い込みは火魔法を使うのが有効か?」
「そうですね。ただ、魔法だけだとかなり厳しいので、風魔法付加した剣で落としましょうか。」
クイズナーと打ち合わせが済んだところで、パドナ公女の護衛のフィーに向き直った。
「フィーには、土魔法でこちらの足場固めと風魔法付加の剣で脚と首を落とすのを手伝って欲しい。」
沼地では、やはりこちらの足場確保が一番の問題になる。
「火魔法での追い込みは、クイズナーと俺で受け持ち、クイズナーが足止めしている間に俺とフィーで風魔法付加の剣を使う。」
大体、3人で沼トカゲを倒せという方が無茶振りが過ぎるというものだ。
にやにやとこちらを見ているミーアの様子から、これも力量チェックの一つなのだろう。
手加減しながらそれでもそれなりの実力を演出するのは難しい。
全力で掛かればクイズナーも自分も1人で魔法だけでも沼トカゲを倒せる自信があるが、その魔力量を見られるとこちらの身元は簡単に割れてしまうことになるだろう。
「ミーア。朝からこれだけ大掛かりに魔法を使うと、俺達の今日の魔法は打ち止めになるからな?」
「あら? 案外大した事ない魔力量なのね。」
そんな言葉で煽ってこようとするミーアにはまた半眼を向けてしまう。
「あのな。魔力枯渇ギリギリまで使い切るような自虐趣味はないからな。」
「ふふふ。面白い子よね?シルくんって。」
そんなあくまでも上から目線のミーアには苦い顔にしかならない。
これまで特に女性にここまで不遜な態度で上から見られたことなどないのではないかと思う。
王太子の母親の第一王妃に少々冷たくあしらわれたことはあったが、それも成人するまでのことで、そもそも基本的に余り関わることもなかった人だ。
「どうでも良いが、魔法は属性の得手不得手はあるが一通り浅くなら使える。氷魔法は得意で、火もそこそこ使える。」
本当は火魔法が一番で、火と水魔法の応用として与える熱を調節して氷魔法を使っている。
クイズナーが氷魔法をそのように捉えていたから自分の氷魔法の使い方もそうなった。
だが、完成形しか見えない他の人間には出来上がった氷魔法の捉え方までは分からない筈だ。
「そうなの。まあ、口ばっかりじゃないことは分かったけれどね。ふふふ、だからこそね、貴方を手放したお馬鹿は誰なのかって気になるじゃない?」
やはり油断ならないミーアの分析にこれまた苦い顔になってしまった。
「シル、餌に寄ってきましたよ。」
クイズナーの言葉に振り返ると、沼に仕掛けた餌に寄って来た沼トカゲが1匹、警戒しながら沼から頭を覗かせている。
「フィー頼む。」
それに頷き返したフィーが土魔法で沼トカゲの側まで地面を固めてくれる。
自分は土魔法は実は余り得意ではないが、昨日の土の道を作ってくれた時からフィーが中々の土魔法の使い手だと気付いている。
今日もそのフィーは、魔法を使う時に片手で反対の手首を掴むような仕草をしていた。
その手首には何があるのか気になったが、普段は袖で隠れていて良く分からない。
直接問い掛けるのも気が引けて聞けずにいるが、いつかはその手首の秘密を明かしてくれるかもしれない。
そう期待するだけに留めておいた。
「いくぞ。」
クイズナーに声を掛けると、2人同時に左右から追い立てるように火魔法を展開していく。
ピョンと足場に飛び乗った沼トカゲの脚をクイズナーが地面に縫い付ける。
久しぶりに抜いた剣に風魔法を纏わせて、驚いて伸び上がった沼トカゲの首を狙いに行く。
凝縮させた風魔法を纏わせた剣は、切った場所を吹き飛ばすように良く切れる。
調整が難しいので、絶対に分断したいある程度以上の大きさのものを切る時以外には使わないことにしている。
沼トカゲは殺気に気付いたのか、狙った軌道から少しだけ避けたようだが、それでも首を掠めるように触れた剣に首半分程を吹き飛ばされたようだ。
ギャッという鳴き声と共に倒れ、同時に切り落とされた後ろ脚2本でバランスを崩して横倒しになった。
ピクピクと痙攣するトカゲにトドメを刺すべく近付いて首を切り落とした。
「あら、早いわね。やるじゃない。というか、やれ過ぎよね? シルくん、魔物討伐する集団、何処かの軍の長だったとして、何故今この時期にこの国に入ったのかしら? 明らかに諜報には向いてなさそうなのに敢えてここに来た理由は、怨恨? 誰かを殺しに来た?」
ここまで詰めて聞いて来たというのに、王都には連れて行く気だというミーアは、一体何を考えているのだろうか。
「あのな。そんな物騒な奴を、あんたは王都まで連れて行くのか?」
「ふふふ。シルくんはそれでも気負ったところがない。つまり、それだけ目的を果たす自信があるって事でしょ? それならそれは私が手を貸そうが貸すまいが達成されるのよ。エダンミールの王都ではね、劣る者は淘汰されるのが普通なのよ。そうされない為には我が身を守る何らかの術を持たなくてはならないの。」
あっさりとそんなことを言うミーアに、もしかしたらとんでもない場所に足を踏み入れようとしているのかもしれないと、警戒する気持ちが生まれた。




