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「ピュルルル、ピキュ」
そんな鳴き声を立てつつ上空を飛び去って行くエールを見送って、昼食の為に用意された敷物に軽食と飲み物を並べていきます。
聖女様も手伝って下さいましたという構図でサミーラさんとニーニアさんと昼食の準備が済んだところで、カルシファー隊長が向かって来るのが見えました。
途端にサミーラさんとニーニアさんが警戒するようにさり気なく前に出ました。
「聖女様、キースカルク侯爵から伺いまして、詳しい事情の説明に参りました。」
他所行きな口調で話すカルシファー隊長は、ニーニアさんに向かって話し掛けましたが、時折チラッとこちらに目を向けて来ます。
それではということで、聖女様の前に出て話を繋ぎます体勢でいこうと思います。
「第二騎士団のカルシファー隊長、聖女様に代わってお話伺いましょうか。」
その申し出で、カルシファー隊長の視線がこちらに固定されました。
「それは痛み入ります侍女殿。」
こんな無駄なやり取りがもどかしいですが、エダンミールの援助隊の目を誤魔化す為には仕方ありませんね。
「それで? ガシュードの手前の以前魔物が出没した地点の調査だとか?」
こちらから話を向けてみると、カルシファー隊長が少しだけ目を細めて、こちらを見返して来ました。
「ええ。その現場で夜間人目を忍ぶように何者かが数日に渡って何事か作業をしていたようだと。複数の目撃情報がありまして。」
それはもう、怪しいことこの上ないですが。
「それで、その調査に聖女様のご協力が必要だと?」
聖なる魔法持ちなら、確かに呪詛絡みの事柄ならば何か見えるかもしれませんが、普通に考えてここで聖女様の協力を持ち出す動機としては薄くないでしょうか?
「ええ。今回の魔王信者共が糸引く事件の裏には呪詛の気配が随所に見られるので、この報告をしたところ、上から偶然とはいえここまで同行してきた聖女殿に念の為見て頂いてはどうだと指示がございまして。」
成る程、これなら不自然さはない流れですね。
確かに、そんな現場なら是非とも見に行きたい気持ちになっていますからね。
良い言い訳を考えてくれて感謝です。
「承知致しました。聖女様、これは後程要報告案件だと思うので、私も調査には同行させて頂きますね!」
この宣言にはニーニアさんが微妙な笑顔で頷き返してくれました。
そんな訳で解散の空気になったところで、ガサっと茂みを割ってこちらに近付く足音が聞こえて来ました。
「ああこれはこれは聖女様御一行の皆様、と第二騎士団のカルシファー隊長ではありませんか?」
このわざとらしい割り込みはエダンミール援助隊の責任者の人ですね。
「ああこれはエダンミールの。」
応じるカルシファー隊長は微妙にうんざり顔になっています。
ここまでの道中でライアットさんやイースとエールのことやその他にも何かあったのかもしれません。
「風の噂で、フォッドに着いたら聖女様を調査に連れ出そうとしていると聞きましたが?」
「ええ、色々と不穏な情報が入って来ておりましてな。エダンミールの皆様には真っ直ぐフォッドからお国へ向かって貰えれば構いませんので、聖女様のことは少し寄り道の後、そう間を置かずにそちらを追ってお送りする予定ですから。」
明らかにバチバチした両者のやり取りに目を瞬かせていると、これまた両者共こちらににこやかな笑顔を向けて来ました。
「明らかな軍事行動に治療師はともかく、聖女様の同行を求めるなど、こちらでは有り得ないようなお話ですな。軍には魔法を使える者も多いですし、それであらかた対処できるものなんでけどね。ああ、第二騎士団も魔法を使える者が多いんでしたか?」
明らかな小馬鹿にした発言に、即ギレしなかったカルシファー隊長は偉いと思います。
「今回のことには聖女殿のご協力を仰いだ方が良いというのが、上の判断ですので。」
言葉短く返したカルシファー隊長ですが、そこから言葉にしなかった含みを強めの視線に乗せた反撃が密やかに行われているようです。
「そういえば、エダンミールの援助隊の皆さんも、途中で隊列を抜ける方がいたり隊の方以外の方が合流されたりしているそうですが。まあこんな不穏なご時世ですから、観光も程々になさった方が宜しいのではありませんかね。」
いえいえカルシファー隊長も負けてませんでしたね。
お二人のドンパチはともかく、エダンミールの援助隊、滅茶苦茶怪しいじゃないですか。
ガシュードの現場の不審者って援助隊から抜けた人達なんじゃないかとか、勘繰ってしまいますね。
「まあ、それは。エダンミールの国境を越える前には皆さんお揃いにならないといけませんね。こうしてエダンミールの皆様を感謝と共にお送りしていくのですから、エダンミール王都まで皆様で揃って向かわなくては、ですよね?聖女様?」
つい主導的に話し始めてしまったので、ニーニアさんに最後を投げることにしました。
「ええ、カディの言う通りですわ。」
控えめに同意してくれたニーニアさんには感謝しつつ、苦虫を潰したような顔になった援助隊長さんに食らった一睨みには気付かなかったフリをしておくことにしようと思います。
「ステイルズ隊長! こちらにおいででしたか。」
と、キースカルク侯爵が慌てた様子でこちらに向かって来るようです。
その後ろをエダンミールの援助隊の人がもう1人付いて来ます。
「ああ、聖女様御一行の皆様は、どうぞお昼休憩をゆっくりお過ごし下さい。ステイルズ隊長は、あちらでお話を。カルシファー隊長は聖女様とのお話は済まれましたかな?」
一気に交通整理してくれるキースカルク侯爵ですが、エダンミールの援助隊の扱いにはなかなか苦労している様子ですね。
「あ、ステイルズ隊長、聖女様とお話されてたんですか? 良いですね、私も一度お若い聖女様方とお話してみたかったんですよ。」
とここで、キースカルク侯爵に付いて来ていたエダンミール援助隊員がずいっとこちらに身を乗り出しつつ言葉を挟んで来ました。
「ん? ああ、せっかくゆっくりお話でもしたかったところを、カルシファー隊長に邪魔されてしまったよ。」
ステイルズ隊長ですが、ここで冗談っぽく装いつつしっかりカルシファー隊長に当てこすって来ましたね。
「へぇ。心が狭いなぁ、カルシファー隊長は。」
これまた冗談を装いつつ返した援助隊員さんがこちらに目を向けて来ました。
「聖女様と侍女殿? 初めまして、援助隊副隊長のジェンキンです。へぇ、神殿の聖女様方はお若くて可愛らしい方ばかりですね。道中では是非仲良くさせて頂きたい。」
そんな軽い調子のジェンキンには、一気に警戒度が上がってしまいます。
ニーニアさんを隠すように前に立つと、ジェンキンにキッとキツい目を向けます。
「聖女様や私達に個人的にそういったご要望は遠慮申し上げます。が、援助隊の皆様には感謝しておりますので、神殿所属の私達で解決出来るお困り事がありましたら、キースカルク侯爵を通じてお申し出下さい。」
きっちり頭を下げてそう返すと、ジェンキンさんは少し驚いたように目を見張ってから、何か嬉しそうに口元を緩めました。
「へぇ。しっかりした侍女さんだ。お名前聞いても?」
これには溜まりかねたようで、側にいたバンフィードさんが前に出て遮ってくれました。
「侍女殿が言われた筈だ。侯爵を通さず聖女様方に個人的な話はやめて頂きたい。」
途端にバンフィードさんの向こうからプッと吹き出すような笑いが聞こえて来ました。
「神殿の聖女様の護衛が、堅いなぁ。」
と、今度はリーベンさんまで側にやって来ました。
「ま、カダルシウスは神殿との関係も良好ですからね。王家に聖女様が迎え入れられたこともあって。」
そんなやり取りをし始めたリーベンさんとジェンキンさんですが、そっと覗き見てみるとお互いに作り笑顔が怖いことになっていました。
これは向こうも、この聖女様が実は王女かもしれないと疑ってカマをかけて来ているのでしょう。
それを真っ向から騎士の2人が堅苦しく受け返したので、確信に至ったのではないでしょうか?
「ちょっと、2人とも力が入り過ぎ。いくら王女様から直々に聖女様の護衛をしっかりとって頼まれたからって。」
バンフィードさんの腕からチラッと顔を覗かせてそう取りなす言葉を挟むと、2人がこちらを振り向きました。
「それはカディ。言いっこなしだろう? 物凄く格好悪いじゃないか。」
リーベンさんも口調を崩して親戚のおじさん風を装って返してくれました。
「あ、でも。私も聖女様も軽いノリの男性って苦手です。神殿の神官様方はほら、皆さん堅い口調で話されるし、距離感もしっかり測ってくれてるし。そういうのが心地良くて。正直神殿の外の男性はちょっと。」
軟派な男は苦手だとしっかり線引きしておいたので、今後彼をそれを理由に避けまくっても不審には思われないでしょう。
そこで腕を後ろに回してさり気なく頭を撫で撫でするバンフィードさん、どさくさ紛れのその行動、演出のフリして本音ダダ漏れです。
が、久々の変態的行動も可愛がってる妹分扱いが際立って見えるので、今だけは良い演出と許してあげようと思います。




