表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

365/452

365

 唐突にグッと音をさせて馬車が止まると、荷台が大きく傾いていることに気付いた。


「ぬかるみに嵌ったわね。」


 ミーアの呑気な声で、馬車から身を乗り出して覗き込んでみると、確かに左前の車輪が泥にめり込むように埋まっている。


「クディとフィー、降りて馬車を押すぞ。」


 それに頷き返した2人と共に降り立った地面は、踏み込んだだけでブーツの底が僅かに沈む中々のぬかるみ状態だ。


「熱風で炙って水分を飛ばしてやりたいな。」


 思わず口をついて出た言葉に、クイズナーがふっと鼻から息を出すように失笑した。


「この見渡す限りの広い湿地を?」


「分かってる。馬車の通り道だけ地道に固めた方が効率が良いってことくらいはな。」


 何となくムッとした口調のままで続けると、クイズナーがふいと久しぶりに見せる出来の悪い子を見るような笑みを浮かべた。


 第二騎士団ナイザリークの団長になる前の10代の頃、魔法の先生として離宮に召し抱えていた頃は、クイズナーはこんな笑みをよく浮かべていた。


 クイズナーと出会ったのは7歳の頃だ。


 その頃から全く外見の変わっていないクイズナーだが、当時から既に40歳前後頃の男性という年齢の読み難い外見をずっと保っている。


 7歳で他人より多めの魔力を、魔法に変換出来るようになったが、その頃には既に妊娠中の亡くなった母上の死が不審だと疑っていたので、誰を信じて良いのか分からなくなっていた。


 魔法の先生として王城魔法使いの塔から送り込まれてくる魔法使い達がどうしても信じられず、魔法行使が自己流に傾きかけていた。


 そんな時に王城を抜け出して王都の街中で出会ったのが、クイズナーだった。


 彼は始め、魔力量が普通ではない程多かった自分を、彼自身と同じく長命種の子供ではないかと疑って声を掛けて来たのだそうだ。


 話す内に長命種ではないと確信出来たそうだが、それにしても酷い魔法の使い方だと、誰に師事しているのかと問われた。


 それなら、貴方が私の先生になってくれれば良いと、滑るように口から溢れた台詞が元になって、クイズナーが魔法の師匠せんせいになることが決まった。


 クイズナーとは、そこから長い付き合いが始まった。


 10代前半頃には魔法を完璧に使いこなすようになると、クイズナーは、母上の死と自分の少々多過ぎる魔力量について調査する為の協力者になった。


 そして、18歳で第二騎士団ナイザリークの団長になった時にはクイズナーも側近扱いでついて来てくれた。


 だからこそ、ランバスティス伯爵からレイナードを託された時は、今度は自分がレイナードを導く役を引き受けたつもりでいた。


 が、迎え入れたレイナードは、噂以上の素行のとんでもない人物だった。


 そもそもレイナードが入団してから2ヶ月、団長である自分と本当のレイナードは、第二騎士団ナイザリーク内で顔を合わせる機会もないまま終わっていたのだ。


 裏事情を知った今、彼はわざとそう装っていたのだと聞き及んだが、レイナードだと思い込んでいたレイカとの初対面は、相当酷いものだったと自覚がある。


 クイズナーとも話していたが、10代半ばを過ぎても魔力を魔法変換出来ない者は、その先一生魔法を使うことは出来ない場合が殆どだ。


 だが、そういった者の中で魔力量が多めの者は、何か命の危機に瀕した時などに、魔力暴走を起こして自分も周りも巻き込む大惨事を引き起こすことがあるのだという。


 魔力暴走というのは、魔法として指示出しをしていない魔力が溢れ出して、周りの自然現象に無差別に魔力付与が行われ、現象を強化してしまうことだ。


 それによって大抵は災害を起こす結果になる。


 レイナードが幼少の頃にマルクオール公園を更地にしてしまった事件もそれだと言われている。


 本来なら、魔力暴走して生き残ると魔法変換のコツが何となく分かるようになると言われているが、何故かレイナードは幼い頃の事件ではそうはならなかったと報告されていた。


 だからこそ、訓練場で完全結界に閉じ込めて魔力暴走に備えつつ、レイナードの魔力を誘発させようと初級魔法を雨あられとぶつけ続けたのだが。


 当然のことながら、上手くいかなかった。


 初級魔法程度なら大規模討伐任務中には敵味方双方からそれなりに降って来て、否応なく受け続けることになる上、大きな怪我はしないのだからとそれ程気にせず放っていたが、後で軍医にチクチクと言われた。


 確かにレイカ相手に、しかも前日に謂れのない暴力で頭を打ったのか記憶喪失になったという状態で、あれはなかったと思う。


 今もってレイカが根に持たずにいてくれることには感謝しかない。


 これから先、レイカにあの時のことで冷血漢だと言われても、これだけは仕方がないと受け止めようと思っている。


 さて、脱線したが、一先ず馬車の車輪をぬかるみから引き上げるのが先だ。


「筋力強化で押すしかないか。」


 ぼやいたところで、スタッと隣にミーアが飛び降りて来た。


「魔物退治は任せるけど、馬車を押すのは手伝うわよ?」


 にやりとこれまた人の悪い笑みを浮かべながら言ったミーアは、何か小声で呪文を唱えたようだ。


 よいしょと押した馬車が呆気ない程するっと泥から抜けて、硬めの地面に乗り上げた。


「土魔法で固めたのか?」


「そ、まあ水と混合魔法だけどね。」


 この沼地を抜けると決めていた時点で、当然対策も万全に整えてあったのだろう。


「では、沼地を抜けるのに、アドバイスを頂けますか?先輩。」


 ここは大人しくミーアを立てて協力して貰った方が良い。


「・・・先輩ってシルくん。・・・悪くないわね。」


 途端に微妙な顔から嬉しそうな顔に切り替わったミーアは、艶やかに微笑んだ。


「仕方ないわねぇ。私とラチットでパディちゃんを乗せた馬車を進めとくから、3人は外で魔物対応ね。宜しく!」


 明るく言い切ったミーアにはやれやれと肩を竦めたが、馬車とパドナ公女の安全が確保されるなら、そのくらい引き受けても良いかという気になっていた。


 今度は馬の足にも何か魔法を施した様子のミーア達のお陰で、馬車は極ゆっくりとだが進み始める。


 その左右と後ろを予定通り囲みながら、周囲を警戒しつつ進んでいたところで、潰れた呻き声のような鳴き声が幾つも周りを囲むように聞こえて来るのに気付いた。


「囲まれてるな。」


 ポツリと呟くと、クイズナーに頷き返された。


 フィーは不安そうな顔で周りをキョロキョロと見回している。


 無駄な身動きをせずに馬車に合わせて進みつつ目と気配で周囲を探っていると、時折地面からギョロリと目が飛び出しているのに気付いた。


「沼蛙の魔物か?」


 ボソリと呟くと、向かい側からクイズナーが頷き返すのが見えた。


「ええ、恐らく灰色沼蛙テポー沼毒蛙ザスタムーゾの類ではないかと。」


 カダルシウスでは見掛けない魔物達だが、知識だけはある。


「高火力には弱いが数が多いからな。手っ取り早く身動きを封じるなら氷魔法で体温を下げてやった方が効果的だな。」


「ええ。私もそちらに賛成です。」


 各個撃破なら火魔法が効果的だが、一斉に掛かって来られたら魔法を使う前にこちらがやられる。


 それなら氷魔法を広範囲に拡げて一先ず奴らの動きを鈍くすれば良い。


 それなら上手くすればそれ以上魔法を使わずに武器で倒せるかもしれない。


「但し、近付くのは厳禁です。沼蛙魔物は近付きながら周囲の土地を撹拌して地下水を呼び込む特性があるので、出没場所は既にかなり深い沼になっていると思って下さい。」


 成る程という解説が来て、クイズナーの知識量には流石と感心してしまう。


 伊達に長く生きていないと、こういう時に思い知る。


「えーでは。俺が周囲に氷魔法を範囲掛けするから、奴らの動きが鈍ったところで魔法で個別撃破だ。フィーはどのくらい受け持てる?」


「えーっと、では後ろから追ってくるあの3匹を、風魔法で何とかします。」


 と、そう答えたところで、沼蛙が一斉に上に飛び上がるバシャッという音が聞こえた。


「シル!」


 クイズナーの声が耳に届いた時には、反射的に掲げた手から無詠唱で氷魔法を上空に展開していた。


 水分には事欠かない土地の効果か、望んだ以上の効果が発揮されて、飛んだ姿の蛙が凍り付いたまま地面に転がり落ちて来た。


 その数、20匹程だろうか。


 思った以上の数に薄寒い気分になる。


「あの。トドメをさしますか?」


 フィーの問いに、チラッとクイズナーに目をやってから首を振る。


「いや、放っておいて先に進もう。クイズナー、交代で氷魔法で道を作って、沼の端まで行けるか?」


 これは、沼に住む蛙のほんの一握りに過ぎないとしたら、ゆっくり相手をしていては次を招き寄せるだけだ。


 そんなことを繰り返していては、沼の蛙が撲滅する前にこちらの魔力が切れる。


「氷魔法で固めた上に土魔法で薄く土の板を張って貰いましょう。それで一気に馬車で駆け抜けるのが得策ですね。」


「そうだな。では、俺が始めに固めるからフィーはその上に土を薄く敷いてくれ。」


 そう決めると、フィーは頷き返して来た。


 3人で馬車に乗り込んだ上で魔法を使い始めると、黙ってこちらを見ているミーアとラチットが興味深げな顔になっている。


 これは、かなり危険だと分かっていて、こちらの余裕なしの実力を見る為にここを選んだのだとはっきりと分かった。


 そして、これくらいは対処出来るだろうとも読まれていたのだろう。


 何ともしてやられたような悔しさは感じるが、とにかく今はここを抜け出すのが先決だ。


「氷結の架橋!」


「橋を覆え、土の道!」


 こちらの魔法に続いて掛けられたフィーの土魔法は、中々の精度だ。


 魔法行使の際に手首を反対の手で掴む妙な仕草をしたが、手首に魔法強化の魔道具か装飾品を付けているのかもしれない。


 クイズナーもそれが気になったようで、フィーの手首に視線を注いでいた。


 “魔王を願う会”の構成員の1人だという御者が出来上がった道の上を速度を上げて進みだすと、今度はクイズナーが入れ替わるように荷台の前方に出て、次の道を作る魔法の準備を始める。


「フィーは、端まで魔力は持ちそうか?」


 地面を凍らせる魔法の方が当然魔力消費が大きいが、土で覆う魔法も掛け続けるのはそれなりに負担になる筈だ。


「はい。沼を抜けるまでなら大丈夫だと思います。」


 素直に応じてくれてフィーがこちらを見る目が少しだけ変わっている気がする。


「無理はするなよ? 最悪、土魔法はなくても速度を落とせば氷で固めた橋の上でも馬車は走れる筈だからな。」


「はい。」


 それからチラッと見たミーアとラチットはにやにやしながらこちらを見ている。


「シル坊は、魔物相手に慣れてるなぁ。自警団の副隊長? 魔物出没地帯の自警団だったんだろうな。その自警団、有名だったんじゃないのか?」


「それもあるけど、この沼抜ける最速記録を更新するんじゃない? 凍らせた道を駆け抜けるとこまでは、専任の魔法使いを連れてるとこなら良くあるけど、上に土の道を被せて馬車の速度を上げるまでやったって話は聞かないわね。」


 そんなこれ見よがしに当てこするような会話は、聞こえなかったことにしようと前に視線を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ