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「カディ様、お休みなさいませ。」
両サイドのベッドからそう護衛騎士のサミーラさんとニーニアさんに声を掛けられて、すりっとこちらに身を寄せて来たジャックを抱え直します。
コルちゃんが出発前日に神殿滞在を決めてから、寝る前のジャックは前よりも甘えん坊になったような気がします。
多分、何だかんだと仲の良いコルちゃんが隣に居ないのが寂しいのかもしれません。
ギュッと抱き寄せて頭を頬擦りしてから、そっと腕を緩めると、お休み体勢に入りました。
「我が君。」
そして相変わらずの不良魔人ノワは、何処で何をしているのやら数日姿を現さないこともザラですが、今夜は帰って来たようですね。
「お帰り、そしてお休み。」
「ちょっと我が君〜。そんなスネなくても。分かってますよ?私が居なくて寂しかったのでしょう? 心配なさらずとも私の我が君への溢れんばかりの愛は変わりませんからね?」
そのいつもの言い草にも最早乾いた笑いしか浮かびません。
「はいはい。で? 今日は何の報告?」
このチャラさとは裏腹に、この魔人有能ですからね。
長不在の後は何か持ち帰って来てる筈です。
「久しぶりにエダンミールに行って来ましたが、ふふふ、相変わらず頭の逝っちゃってるマッドサイエンティスト共の巣窟でしたねぇ。」
そんな台詞をそれは楽しそうに溢してくれるノワは、本当に良い性格をしてらっしゃいますよ。
「10年前の段階で、マルキスには暫くエダンミールとは関わらずに様子見だけしておくようにとアドバイスしておきましたが、思ったよりも時間が掛かっているようですね。」
何がとは突っ込んじゃいけないような気がして黙っておきますよ。
「お陰で、10年前より更に酷くなっている。」
続けるノワに半眼を向けつつ、仕方なく言葉を挟みます。
「あのね。その世界の禁忌にザクっと触れるような話、聞きたくないんだけど? 知らないし関わり合いになりたくもないから、私に関係あることだけ報告して欲しいんですけど。」
ここはもう正直に線引きしてみると、ノワがそれは煌めくような笑顔になりました。
「我が君、相変わらずお可愛らしいですね。いつまでもそういういじらしいところ、無くさないで下さいね。」
その意味不明な上、精神衛生上決して真相に気付いてはならないコメントには踊らされてはいけませんよ?
全力で回避体勢に入りますとも。
「はあ、もう良いです。エダンミールが魔王信者の巣窟だろうが、裏から魔王信者共が操る国になってようとも。私には関係ないので、殿下を回収しつつ何かカダルシウスの切り札に出来る外交カードの一つでも握ったら、さっさと帰って来るんですからね。」
「・・・我が君、無駄に鋭いですからねぇ。本当大好きですよ?」
垂れ流すように愛を囁く病気のノワの台詞はさっくりと聞き流すことにして、否定されなかった予測について考えてみます。
そもそも魔王信者というのは、魔法の追求に熱が入り過ぎてしまった人達の集団を指すとして、カダルシウスでも研究熱心な魔法使いは潜在的に魔王信者と切り分け難いのだと聞いていましたからね。
魔法大国と言われるエダンミールなら、当然切り分けられない魔王信者共の巣窟なんじゃないかと思ったんです。
流石に裏から魔王信者共が操ってるとかそういうのは、そんな訳ないでしょうって否定して欲しかったですね。
「まあ、この世界を把握するのに、エダンミールに行ってみるのは、我が君の為にもなると思いますよ? 一先ずこの間の守護の要再稼働だけでは我が君の総魔力量のカットはなかったようですからね。守護の要の現代魔法による稼働装置の修復が終われば結果ははっきりすると思いますが、それでどれくらい魔力総量の調整が行われるのか。それによって決まる寿命がどれ程残るのか。楽観視せずにいくなら、世界のことに無関心では先が生きづらくなりますよ?」
最後は真面目な顔付きで締め括ったノワに、こちらも薄寒い気分になります。
「えええ? そういう転ばぬ先の杖をつき過ぎた所為で、余計な何かを引き寄せる気がするのは、気の所為?」
すっとそこで目を逸らしたノワに半眼を向けてやりましたが、その辺りはノワにも分からないのかもしれません。
それでも、多分ノワがこちらの身を案じて色々対策してくれているのは確かだと思うので、仕方なくでも受け入れるしかないのでしょう。
「まあ良いや。色々考えてても結論は出ないしね。一先ず、エダンミールに行ってみる。そして殿下を探す。全てはそれからだね。」
「そうですね。」
そう答えたノワの声音が酷く優しげで、物凄く嫌な予感がしつつも、気にしたら負けと割り切る事にしました。
「守護の要の稼働装置の段階別の詳細説明は、モルデンには今の内にしておく方が良いかもしれませんね。一番安定する王家の血筋とリンクさせる装置の修復を最優先にして。後は何処まで一つの修復に魔力が必要になるかですね。」
そう話題を変えて来たノワに、こちらも頷き返します。
「でもね。モルデンさん、その情報の出典を知りたがるんだよねぇ。ノワの所為にしといて良い?」
「ええ? 魔法使いは欲張りですからね。いつか我が君の命を盾に、私の知識を絞り出そうとする輩が現れそうですよね? そういうのは面倒なので、私の存在は極力表に出さない方が御身の為ですよ?」
そう言われるとそういうこともあるかもしれないと思いましたが、やっぱりノワが面倒なだけでは?と勘繰ってしまいましたね。
「そー。じゃ、モンデンさんにはいつも通りしれっと目を逸らして聞こえないふりで通すしかないってことね?」
ぶすっとした顔で返しておくと、ノワに小さな手で頬を撫で撫でされました。
小さな手の微かな感触だからか、それ程不快感も感じずされるままになっていると、ノワがふっと目尻を下げた優しい顔になりました。
「我が君は、恋もすれば良いと思います。家庭を持つのも良いですよ? 大事な人を作って大事な思い出も沢山持つと良いと思います。それがもしかしたら、未来で生きる為の心の支えになるかもしれません。」
「ちょっと待て! あんたはそういう事今から言うんじゃないの。まだ分からない未来じゃない。」
ノワの小さなおでこを人差し指でチョンと押して布団の上にひっくり返してやりました。
「・・・そうですね。私は、もう色々と諦めてしまって今の魔人という身ですからね。未来を信じてみるという気持ちが欠落しているんです。でも、我が君はこれからがある人だ。貴女の未来を一番側で見守ります。」
真面目な顔付きでそう宣言したノワが何故か泣き出しそうな顔に思えて、人差し指の先で今度はそっと頭を撫でてあげました。




