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「魔王信者?」


 パドナ公女の少々大きめの声が辺りに響いて、慌ててその口を塞ぐ。


「パディ。付いて来るなら一々そんなことで騒がないでくれ。」


「で、でも。シル兄様が魔王信者だったなんて知らなかったもの。」


 至極尤もなパドナ公女の驚きの声に、少しだけ口元を苦くした。


「エダンミールで魔王信者として成り上がりに来たんだ。魔王信者にはこの程なったばかりだ。」


 具体的に魔王信者になる為に何か儀式のようなものが必要なのかどうか知らないが、こう言っておけばパドナ公女は察するだろう。


 “魔王を願う会”の持ち物だという荷馬車の荷台に、ミーアとラチット、こちらのクイズナーとパドナ、その護衛のフィーと共に乗り込んでいる。


「ところで、俺はフィーとは初めて顔を合わせるが、魔法は使えるのか?剣の腕は?」


「・・・お兄様、関心無さ過ぎ。フィーは魔力量は多くもなく少なくもなく。でも、風と水魔法を混合で使えるから、護衛として重宝されてるの。」


 そこで言葉を切ったパドナ公女は、何かを飲み込んだ様な微妙な表情になった。


「そうか。俺とは接点がなかったならな、知らなかった。」


 そう無難に終わらせておくと、当のフィーも何か気まずいような何かを躊躇う様な顔をしていることに気付いた。


「ん?で? 護衛として肝心の腕の方は?」


 ここはしっかり聞いておかないと、いざという時何をどのくらい頼りにして良いのかが分からない。


 これまたフィーを見たパドナ公女は、そこは把握出来ていないのだろう。


「・・・どうと言われましても、普通です。」


 困ったように答えたフィーだが、確かに売り込みたいわけでもない相手に腕前を聞かれても、答え難いものだろう。


「・・・そうか。まあ、何かあった時に頭数に入れていいならそれで良い。」


 それでも、パドナ公女がたった1人だけ連れて来た護衛だとしたら、それなりだと期待しておくことにしようと思う。


「うんうん、そうねぇ。そろそろ危険地帯に入るから、嫌でも腕試しの機会があるかもしれないわよ?」


 こちらの話を聞いていた様子のミーアの声が割り込んで、そのニヤニヤ笑いには少しだけ嫌な気分になってしまった。


「この先、地面が緩くなって馬車の速度が落ちるんだ。その時々の状況にもよるけど、馬車を降りて軽くした方が良いかもしれないから、そうなったら徒歩で抜けることになるからな。」


 ラチットにもにやり笑顔付きでそう言われて、何にしろこちらを試す目的でこの旅程が選ばれているのだろうと気付いた。


「偉い人達や大きな商隊なんかは、魔法使いを連れていて、その危険地帯に近付くと、土魔法や氷魔法で地面を固めたりして進むのよ。でも、私達みたいな半端な旅人は、ゆっくり進みながら、こちらを狙って襲いかかって来る魔物を退治しながら辿っていくしかないのよねぇ。」


 そう当たり前のように言ってくれたミーアとラチットは、どうやら地面を固める魔法を使ってくれるつもりはないようだ。


「へぇ。どんな魔物が襲って来るんだ?」


 こちらも受け流しつつ問い返すと、ミーアがこちらににこりと笑みを向けて来た。


「湿地を好むトカゲ系や蛇系、それから大型の鳥系魔物もこっちが弱って来ると襲って来るみたい。」


「・・・成る程、奴らにとっては弱い人間は良い餌扱いってことだな。」


 少しだけ皮肉げに返すと、ミーアには小馬鹿にするように肩を竦められた。


「いよいよ進まなくなって来たら、パディは馬車から降りずに小さくなってろ。他は降りて周囲を警戒だな。」


 ついいつもの癖でそう指示出しをしてしまうと、クイズナーとフィーには黙って神妙に頷き返され、ミーアとラチットは面白そうな目でこちらを見ていた。


 余り人を統率するのに慣れてる風や戦闘慣れしている様子を出さない方が良いのかもしれないが、いざ非常事態となると、隠し通すことは出来ないだろう。


 それならそれで、何か不自然でない言い訳を考えておくしかない。


「っ悪い。つい、昔ちょっとやってた自警団の副班長だった時のことを思い出して仕切るところだった。ここは、我々の引率のミーア殿に指揮をお願いしよう。」


 しっかり指揮権を投げ渡しておくと、ミーアは口元をまたにやりと歪めて笑った。


「あら良いのに。慣れてる人が指揮を取れば。」


 諭すような口調には騙されないよう淡々とした表情を浮かべておく。


「いや。俺は湿地の魔物に詳しい訳でもこの国の地理に詳しいわけでもないからな。ミーアにお願いする。」


 これで、主導権はきっぱりと投げ返した筈だ。


「そう。じゃ、次に遭遇した魔物は、シルくんが1人で倒してね。その次はクディが1人で、それからフィーがその次ね。っていう風にも出来るわね。でも、次に出て来る魔物が何かも分からないじゃない? だから、私とラチットは一切手出し無しで4人で協力して魔物対応を宜しく。この湿地を抜けるまで限定でね。」


 悪戯っぽくそう言って来たミーアはやはり侮れない女性だ。


 こちらには断る術もない。


「分かった。じゃ、作戦会議をするか。」


 パドナ公女とフィーを手招きして馬車の真ん中に固まる。


「パディはさっきも言ったように馬車の上に居てくれ。馬車の左右に俺とクディが付くからフィーは後ろを頼む。もしも接敵が確認出来たら、フィーはパディの護衛を第一に。基本的に俺とクディで敵を倒すが、魔法支援が欲しい時は声を掛ける。」


 今出来る擦り合わせはそんなところだろう。


「シルは右に、私は左に付きます。」


 よりぬかるみが酷そうな左側をクイズナーが受け持ってくれるようだ。


「兄様、大丈夫?」


 不安そうな顔のパドナの頭をポンポンと優しく撫でておく。


「大丈夫だ。これくらいで根を上げるなら、この国には来ていない。」


 パドナ公女がそれに俯きがちに唇を噛んだようだった。


 漸く自分の行動の無謀さに思い至ってくれたのだろうか。


 パドナ公女のことは、クイズナーからレイカとファデラート大神殿を訪れた旅の詳細報告の中で聞いている。


 妹姫がエダンミールに王太子の婚約者候補として滞在していること、魔力織の能力者で、呪詛を織り込んだ毛糸を紡いで織物を作っていること。そして、その呪詛織の織物がカダルシウスに持ち込まれていたこと。


 つまり、エダンミールに協力してカダルシウスを陥れたとも言えるのだ。


 だから、パドナ公女はあちらもその真相を確かめにエダンミールにお忍びで入り込んだのではないだろうか。


 確かに一国の公女が有り得ないような無謀さだが、上手くいけば妹姫からエダンミールの内情を探れるかもしれない。


 誰かが妹公女を唆して呪詛織をさせた筈なのだ。


 踏み込み過ぎては共倒れになるかもしれないので、適度な距離を保って協力体勢を取れると最善だと思う。


「シルくん格好良いわね。まあ、気負い過ぎずに。本当に危険な魔物が出て来て手に追えなさそうだったら手伝ってあげるからね。」


 そう言ったミーアだが、その借りは何となく高くつきそうな気がして、引きつった笑みを返してしまった。

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