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ヒーリックさん達の部屋を出て廊下を歩き始めたところで、前を行くバンフィードさんが立ち止まりました。
「まあそう言わずに考え直してみてはどうだ? あんな中途半端な魔法しか使えない騎士団に協力したところで。」
聞こえて来た声に聞き覚えはありませんが、チラッとバンフィードさんの後ろから覗いた服装には覚えがあります。
エダンミールの援助隊員の服装ですね。
そして、彼が熱心に話し掛けているのは、ライアットさんのようです。
どうやらこんなところで引き抜きを掛けているようですが、ライアットさんはうんざりした顔になっています。
「失礼だがそろそろご自分の宿に引き上げられた方が宜しいのでは? 明日の朝も早くから出発ではないのですか?」
そして、ここで割り込んだこの声は、何とオンサーさんです。
この間、ケインズさんと会った時に挨拶だけしましたが、王都に戻ってからは全く接点がなくなっていました。
援助隊員は小さく舌打ちしてからオンサーさんを睨むように一瞥して去って行きました。
「感じ悪いですね。大体ライアットさんを引き抜くとか、ホントにムカつくんですけど。」
「まあ、落ち着いて下さい。侍女殿。」
バンフィードさんの嗜める言葉に、大人しく口を噤んでおくことにします。
「あ、バンフィード殿。え??」
と、こちらに気付いた様子のオンサーさんとライアットさんの顔が瞬時に引きつりました。
「ちょっ! 何して!」
ライアットさんが周りをキョロキョロしながら慌てた声を上げましたが、オンサーさんは直ぐに乾いた笑いを浮かべたようです。
「あーゆーのが多発してないか、雇い主として見に来たんですよ。」
ボソッと呟いておくと、ライアットさんが途端に苦笑いになりました。
2人が近付いて来たところで、バンフィードさんは前を空けて避けてくれましたが、サミーラさんは逆に隣を死守しに来ましたね。
「だからって。あーゆーのが彷徨いてるからこそ危ないんじゃないのか?」
オンサーさんの案じるような言葉には、いつもながら頭が下がります。
「そうなんですけど。私も本来ならこういう時ライアットさんを守る義務がありますし。まあ、全然足りてないとは思うんですけど、せめてカルシファー隊長とこっそり話して何か対策しましょうか?」
「いや、貴女は大人しく隠れとかなきゃいけないんじゃないのか?」
ライアットさんにも苦い顔でそんなことを言われますが、このまま放って置いてライアットさんやイースやエールに何かある方が困ります。
「でもですね。」
そんな押し問答になり掛けたところで、ライアットさんの後方から複数の荒めの足音が近付いて来ました。
「ライアット殿!」
と、この声はこれまた懐かしのカルシファー隊長です。
そしてこちらに気付いた途端、やはり先程のライアットさんやオンサーさんと同じような顔になりました。
「どうして聖女様の侍女殿がここに?」
それは感情の起伏のない平坦な声で言って下さいましたが、その目は半眼です。
「街の散策中に宿の前で侍女殿がお知り合いにばったりお会いになって、少し話しておられただけですよ。」
バンフィードさんが一歩前に出てそう話してくれましたが、どうやらカルシファー隊長を少し警戒しているようですね。
「そうなんです。これから自分の宿に戻るんですけど、すっかり遅くなってしまったし、送って貰えませんか?」
聖女様の侍女が第二騎士団の隊長と密談する訳にはいきませんからね。
道中でこそっと会話するしかありません。
「・・・それは勿論、遅いですしお送りしますが。どの規模で送りますか?」
カルシファー隊長としては、そこは大事な擦り合わせポイントなのでしょう。
「それは、余り大袈裟なことをして頂くと聖女様にご迷惑を掛けてしまいますし。第一キースカルク侯爵が付けて下さった護衛の件で気を揉まれるといけないので。隊長さんだけ夜のお散歩に付き合って下さいますか?」
お忙しいカルシファー隊長には申し訳ないですが、これを逃すとライアットさんのことをカルシファー隊長に頼めなくなってしまいますからね。
第二騎士団の隊長の中でも魔法抜きの武術はカルシファー隊長が一番だと言われているので、宿まで護衛を買って出てくれたという設定ならおかしくない筈です。
「・・・そうしましょうか。」
仕方なくというように頷いてくれたカルシファー隊長と一緒に宿を出ると夜の街を歩き始めます。
「カルシファー隊長の隊の始めの遠征先は、何処になるんですか?」
世間話のようにそう問い掛けてみると、あっさりと教えてくれました。
「二月前に遠征して結果としてそのまま帰ることになったガシュードに入ることになっております。王都と殿下の無事を知らせる目的もあってそうなっておりますな。」
聖女様の侍女に話すことなのかは微妙でしたが、物凄い軍事機密ではないのでしょう。
「エダンミールへは、その街の手前で道が分かれるんですよね?」
「ええ、そうですな。正確にはその手前の街フォッドから別方向にエダンミールに向かう街道が伸びているんですよ。」
中々の親切さで教えてくれたカルシファー隊長に、ふんふんと頷き返します。
「それじゃ、第二騎士団とその協力をしてくれているハザインバースが露払いしてくれるのは、そのフォッドまでってことですね?」
「まあそうなりそうですね。偶然とはいえ、エダンミールの援助隊の皆さんとキースカルク侯爵や聖女様をお守り出来ることは大変光栄なことです。」
そう答えてくれたところで、宿の入口が見えて来ました。
「宿も見えて参りましたな。そろそろこの辺りで宜しいでしょうか?」
そう許可を取って足を緩めたカルシファー隊長に、声音をグッと抑えて囁きます。
「ライアットさんは、私の個人的なペットのお世話係さんですから。今度から彼に何か頼む時や何かあった時は私にも話を通して下さいね。」
今第二騎士団に対して出来る牽制はこれくらいでしょうか。
カルシファー隊長を疑っている訳ではないのですが、組織としてとなると途端に個人の都合は後回しにされがちですからね。
「分かっておりますとも。王女殿下のハザインバースも絡んでおりますからな。何かあったら後が怖い。」
それは苦い口調で恨めしげな目を向けられました。
「援助隊の方から大分色目向けられてるみたいなので、改めてお願いしますね。」
これで、ライアットさん個人への強行な手出しを少しくらいは緩められるでしょうか。
「ええ。その辺りはお任せ下さい。」
そう真面目に返してくれたカルシファー隊長が、ふと改まったようにこちらに目を向けました。
「・・・ところで、我々と一緒にガシュードに行って、王都に折り返されたりとかは?」
これには目を瞬かせてしまいますが、エダンミール行きを考え直すように婉曲に説得されているのだと気付きました。
「うーん。正直なところ、連れ戻すだけなら私じゃなくても良いかもしれませんよ? でも、あの方も目的があって行ってる訳じゃないですか? 結果として、私と納得出来る話をするのか、納得する状況を作るのか、私が行った方が早いと思うんですよ。」
「・・・それでも、貴女の身の危険と引き換えにしてまで、それが最善かと皆が思っておりますよ?」
カルシファー隊長の言葉には、確かにこちらを案じるような調子が含まれていて、温かい気持ちと共に、申し訳ない気持ちにもなります。
「ご心配ありがとうございます。でも、この国に必要なのは、やっぱり私じゃなくてあの方なんだと思うんです。私が居なくなっても、あの方がいれば最終的には回って行くと思うんですけど、あの方を永遠に失ってしまったら、私がいても結果として回らなくなるんじゃないかと思うんです。」
「・・・どちらがどちらとは言えませんが、貴女が思う以上に、貴女の存在はもうこの国になくてはならないものになっているんですがね。ではまあ、あの方をお説教して連れ戻す際に、あの方から貴女もお説教されていらっしゃれば宜しいのではないでしょうか? いずれにしても、どうぞお気を付けて。」
最後は心から案じる言葉を貰って、これには素直に頷き返します。
「それでは良い夜を。」
結果としてゆっくりと近付いた宿の前でそう挨拶してくれたカルシファー隊長と分かれて宿に入りました。




