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宿の裏口からこっそりとサミーラさんを連れて抜け出すと、少し離れて後を追って来るバンフィードさんの姿がチラッと見えました。
第二騎士団の討伐任務に協力している民間人ライアットさんの宿泊場所は、予め確認済みです。
そこへ向かう道すがら宿泊地として入った街の様子を確認してみることにしました。
大神殿に向かう途中の宿泊場所では、クイズナー隊長がガッチリガードしていたので、余り自由に街を見て回る機会はありませんでした。
と言って、今もゆっくりしている暇はないのですが、王都ではない地方都市の現状を見ておくのは、名前ばかりとは言え王族としては必要なことではないでしょうか。
後で王弟殿下にさり気なく報告でも入れておけば、この旅が無駄になっていないと印象付けられるかもしれません。
そんな訳で不審にならないようにゆっくりと通りを歩きながら耳を澄ましつつ見渡していると、やはり魔物絡みの会話がチラホラとすれ違う人達から聞こえて来ます。
殆どが第二騎士団の遠征を歓迎する内容の会話でしたが、王都で何か大きな事件があったらしいという噂から不安を募らせている人々の様子も窺えました。
例年よりも魔物被害が多く、物流供給に不安の声も聞こえます。
それが、第二騎士団を迎えたことで好転することを願うような雰囲気は悪くなさそうです。
出奔前に第二騎士団各隊の地方派遣を手配していたシルヴェイン王子は、本当なら自分が先頭に立って遠征に出て、人々の不安を払拭する役割を果たしたかったのではないでしょうか。
ポッと出の王女ではその代わりは務まらないので、やはりシルヴェイン王子をさっさと連れ戻して、守護の要の本稼働で王都の市民に安堵が広まったタイミングを見計らって、やはりシルヴェイン王子に第二騎士団団長として遠征に出てもらうのが一番でしょう。
「カディ様、宿はあちらのようですよ?」
サミーラさんに言われて辻を曲がります。
見えて来た宿には、ライアットさんが泊まる他、第二騎士団の一部も宿泊予定だそうです。
さて、どうやってライアットさんに接触するべきか。
そんな事を考えながら近付いた宿の入り口に、見覚えのある人達の姿があって思わず目を瞬かせてしまいました。
だから、お昼のあの弁当だったかとなんとなく納得出来たところで、だっと駆け寄って行くことにします。
「ジリアさ〜ん!」
宿の前で溜まっていたジリアさん始め、ヒーリックさんやリックさん達がギョッとした顔でこちらを振り返ります。
そして、サミーラさんとバンフィードさんもダッシュでこちらを追い掛けて来ます。
とその間に、ジリアさんにギュッと抱き付いてフィニッシュを決めますよ。
「・・・誰だ?」
物凄く嫌そうな顔で言い放ったヒーリックさんに、にっこり笑顔を向けておきます。
「あ、ジリアさんのお友達のカディです。神殿で聖女様の侍女をしてます。ジリアさんとは神殿に解呪にみえた時に知り合って。女同士恋の話とかで盛り上がっちゃって〜。」
そんな話を繋げてみると、周りからそれは冷たい視線を食いましたが、ここでめげては全てが台無しです。
「ジリアさん、こんなところで会えるなんてびっくりです。お仕事ですか?」
「あ、うん。カディちゃん? 良かったら中で話そっか。」
そう空気を読んでくれたジリアさんには感謝です。
周りの視線がどれ程痛かろうとも、エダンミールの援助隊に不審がられなければ良いんですよ!
という訳で、ジリアさん達の部屋に入れて貰いましたが、こちらをチラ見するリックさんには笑顔で首を振ります。
今回の旅にはカバンから超高性能な魔石をさっと取り出してくれるコルステアくんは居ませんからね、盗聴防止魔石なんか持ち合わせていませんとも。
「ではさっくり済ませましょうか。取り敢えず、ヒーリックさんジリアさん、お付き合い開始おめでとうございます!」
まずはおめでたい話題を出してと手を叩いてみましたが、冷たいツッコミを複数貰いました。
「「そこかよ!」」
「あー、ありがとうな。嬢ちゃん。」
それでも優しく返してくれたヒーリックさんは流石はケインズさんの叔父さんです。
「やだカディちゃん、ありがとう〜。これもカディちゃんが大神殿まで連れてってくれたからだと思ってるから。」
後半は耳に寄せてそう言ってくれてジリアさんは幸せそうなお顔です。
本当に良かったですね。
「ふ〜、羨ましいです!」
正直な気持ちも漏らしておくと、ヒーリックさんには肩を竦められました。
「何だ? ケインズにはフラれたって聞いてたのに、まだそんな状態なのか?」
「えーまあ。ケインズさんのことはふったとかそんなおこがましい話じゃないですよ? どっちかって言うと、私の執着っていうか執念みたいなものに呆れて引かれたみたいな感じでしたよ? 大体ですね、あちらにはプロポーズっぽいものをしたのに、白紙撤回されて逃げられたんですよ〜。だからまあ追い掛けることにしたんですけどね。」
真っ黒な内心も含めて吐き散らかしていると、ヒーリックさんが何とも言えない顔になりました。
「・・・そうか? 絶対嬢ちゃんの解釈違いがどっかにありそうな気がするが、まあそう落ち込むな?」
その優しいお言葉に頷き返してから、そろそろ本題に入ろうと思います。
「ところで、ライアットさんは?」
「あー、アイツだけ騎士団で打ち合わせならぬ口裏合わせ中だ。」
その苦味のある歯切れの悪い言い方に、首を傾げて見返してしまいました。
「ライアットさんは本当に第二騎士団に協力してるんですか?」
「・・・いや。当初はここよりもうちょっと先の街まで店の仕入れに行くのにリック達に護衛を頼んでたんだ。」
言って同意を求めたのは、いつもお店の厨房でチラッと見掛ける料理人さんです。
「あ! 魔法の手を持つ料理人さんですね!」
思わず食い気味に詰め寄ってしまうと、料理人さんが少しだけ後退ってしまいました。
「いえ、あの。私魔法の手とかは持ってないので。ただの料理好きな元ハンターですから。」
謙虚にそう返してくれた料理人さんには好感度アップですね。
「料理の味の決め手に、出汁使ってるでしょ?」
そう聞いてみたかった問いを出してみると、料理人さんは目を瞬かせました。
「ダシ?ですか?」
「魚介か海藻で抽出した液体かそのものの粉末を入れてるとか、何か味の足しになるような隠し味的なものを統一して入れてませんか?」
キラキラした目で問い詰めてみると、料理人さんは苦笑いになりました。
「良く分かりましたね。実はほんの少しだけとあるものを入れると、どれも美味しくなる調味料を見付けたんです。食材の切り方とか調理法とかも工夫しているんですけど、その調味料がやっぱり決め手なんでしょうね。」
成る程、そこは詳しくは企業秘密ってやつなんですね。
「やっぱりそういうの入れてたんですね。味が奥深くなるというか、旨味調味料、アミノ酸の力ですかねぇ。」
うっとりとそんな言葉を発していると、周りが明らかにどん引いた様子になっていました。
「ま、まあそれは置いとくとしてだ。ライアットが連れてるハザインバースは今王都で絶大な人気を誇る王女殿下のペットだろ? 連れて出たところで、第二騎士団からお声が掛かったんだ。」
気を取り直したように話を戻したヒーリックさんに、こちらも注意を戻しました。
「後ろから来てるエダンミールの援助隊に目を付けられては面倒だから、始めからこちらの作戦の協力者だったことにして、同道している間は彼等から守ると申し出てくれたんだ。」
成る程、そういう偶然の産物的な協力体制だったんですね。
「そうですか。私は、ライアットさんに無理を言って協力を強要してたりしたら困るなと思って、確認に来たんです。」
「そうか。ありがとな嬢ちゃん。気遣ってくれたんだな。」
何か誤解が解けたのか、皆さんの空気が緩んだところで、こくこくと頷き返しておきました。




