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 宿の3軒向こうの食堂は、夕食時には混み合う中々の人気店のようだった。


 メルビアス公女パドナと分かれて宿に戻ると、夕食に向かうのに丁度良い時間になっていた。


「シル様、そろそろ魔力を誤魔化す魔道具を装着しておきましょうか。」


 言ってクイズナーが差し出して来たのは表に小さな魔石が付いた小降りのピアスだ。


 実は裏に挟み込むようにもう一つ目立たない色の魔石が付いていて、魔力感知を阻害するのはそちらの魔石に刻まれた魔法になる。


 魔法阻害の結界を抜けたりすれば当然解除れてしまうだろうが、手動で魔法解除されるなら気付かれにくい仕掛けになっている筈だ。


 それを2人で身に付けて食堂に向かうと、ミーアは既に席に着いて待っていたようだ。


 そのミーアの隣には、これまでの道中では見掛けなかった魔法使いのローブ姿の男が1人座っていた。


 近付くこちらに気付いた男が口元に薄らと笑みを浮かべながらこちらを観察するように見ている。


「ミーア、悪い待たせたか?」


 それを気にせずミーアに声を掛けると、ミーアは肩を竦めながらそんな男に呆れたような目を向けた。


「いいえ。この変態が思ったより早く合流して来たから相手してただけよ。座ってシルくん、私の隣ね。」


 ちゃっかり着座指定までして来たミーアに従うことにして隣の席に着くことにする。


「ふうん? 魔力には困ってなさそうで、それなりに使い慣れてる。生まれ育った国を捨ててこのエダンミールで魔王信者として成り上がろうとしてるのは、裏切りにあったから?だったっけ? ・・・控えめに言って、怪しいよね、君達。」


 男はこちらをにやにやと見ながらそんな言葉を並べ立ててくる。


「それはどうも。過去を捨てて持ち出せたのはこの魔力だけ、表立てない訳ありな人間でも、この国で魔法使いとしてなら堂々と成り上がる事が出来る。そう聞いて流れて来たんだが?」


 こちらも油断なく男を窺いながら返すと、男ははっきりと口角を上げて笑みを大きくした。


「ふはっ! 若いなぁ。良いねぇ、そういう青臭い無謀さ。オジさん達には眩し過ぎるなぁ。捻り潰してやりたくなるくらいにな。」


 言った男は一方的に話は済んだとばかりに今度はクイズナーに目を向けた。


「で、そっちのお付きは、これまた経験豊富な練り込まれた魔力だなぁ。どうして青くて若い坊ちゃんに大人しく付き従ってるんだか。何か弱味でも握られてるのか、坊ちゃんにそれ程の旨みがあるのか。」


「さあ、どちらが貴方のお好みか知らないが、それに合わせてあげられる程お坊ちゃんのお守りは楽ではなくてね。好きに想像して楽しんでくれれば良い。」


 クイズナーも相手にせずに流したようだ。


 流石は人生経験豊富な長命種だと称賛したいところだったが、男は明らかに不満げな顔になった。


「ミーア、可愛くないぞ? こんな新人やっぱり止めとかないか?」


「あんたがオジさんの癖にお子ちゃま過ぎるのよ。」


 ミーアが始めからの呆れ顔を崩さずにいなすと、手を上げて給仕を呼んだ。


 注文を取りに来た給仕に適当に料理を頼み終えたミーアが改まったようにこちらに目を向けて来た。


「この変態はウチの諜報部のラチットよ。この通り紙のように軽くてフラフラした男だけど、洞察能力と情報収集能力は確かなのよ。王都まで同行するから仲良くしてやって?」


 ミーアの紹介に成る程と納得した。


 魔力を量だけではなく、その質や練り込まれたなどと評する人間には初めて出会った。


 正直、油断ならない男だというのが第一印象だ。


「シルと、こっちはクディだ。」


 無難に名前だけの自己紹介をすると、ラチットにはまた目を細めて見返された。


「ま、あんたらのことはどうせ過去までしっかり調べることになると思うけど、悪く思うなよ。それが俺の仕事なんでな。」


 悪びれずにそう明かしてくれるラチットは案外人は悪くないのかもしれない。


 だが、魔王信者などに属しているという時点で、一癖も二癖もある人物には違いないが。


「ふん。好きにすれば良い。」


 プイッと横を向いて不貞腐れたように返しておくが、その調査が終わるまでには彼等の元を去らなければならないと決まったようだ。


「にしても。ミーアが連れて来た理由は、まあ分かるな。なんつう顔の良い男だ。掛け合わせ専が喜ぶだろうなぁ。それだけで価値あるわ。」


「嫌なんですって、それは。」


「それはまた我儘な。手取り早く駆け上がる一番な方法なのになぁ。」


 そんな不穏な会話を続ける2人に半眼を向けておくと、ラチットがまたにやりと笑みを向けて来た。


「“饗宴”の奴らは失敗したらしい。カダルシウスから命からがら逃げて来る羽目になったんだと。折角、魔王の器を作り出すことに成功したって息巻いてやがったのにな。どうやら、やっぱり失敗作だったらしい。」


「そりゃそうよ。器だけ作ったって、中身が育ってなきゃ魔王になる筈がないわよ。生まれた途端に連れて来て相応しく育てるくらいじゃなきゃね。」


 その言葉には反応せずにいるのに苦労した。


「上から横槍が入ったらしい。国だの政治だのが絡むと途端に面白くなくなるからなぁ。」


「噂じゃ入ってたのは“饗宴”だけじゃなかったんでしょ?」


「そうらしい。こっそり暗躍してたらしいが、“揺り籠”の呪部が紛れ込んでたとか協力関係だったんじゃないかとか。この辺は不透明だが、あそこは今つついちゃダメだからなぁ。」


 それはもう、胸倉掴んで詳しく聞き出したい衝動に駆られる話ばかりだったが、今ここでは我慢だ。


「まあそうね。やっぱりそこにも上が絡んでるってことよね。本当嫌になるわ。あの辺の黒いのには絶対関わり合いになりたくない。」


「あ、それ賛成。一か八かの一攫千金より、長く地味に程々の地位を築く方が俺には向いてるって知ってる。」


 そこまで盛り上がっていた魔王信者2人の視線が揃ってこちらに来た。


「だからねぇ。のし上がるなんて言うけどね、シルくん。足元と周りはきちんと見とかないとダメなのよ?」


「そうそう。この国の王都の水路には、様々な理由で魔法使いの死体が良く浮いてるものなんだぞ? まあ命は大事になぁ。」


 他人事感満載な忠告をくれた2人には、なんとも返事をし辛くて、微苦笑を浮かべているしかなかった。

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