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麗らかな昼下がりの街道脇で、遠く竜種の鳴き交わす声が聞こえたり、ハザインバースの火炎放射の炎が視界の端に映ったりするのは、きっと気の所為です。
「カディ様、お食事の用意が出来ましたので、こちらへお座り下さい。」
その中で、カケラの動揺もなくいそいそと休憩場所に敷物を敷いて昼食の用意を終えたハイドナーが笑顔で促して来ますが、侍女ではなく聖女様に真っ先に声を掛けて欲しいものです。
「あーえっと。聖女様?お昼の支度が整ったようですよ?」
こちらは色んな動揺を隠し切れずに裏返った声でニーニアさんに話を流しつつ、不穏な周りの様子に耳を澄ませてしまいました。
王都の門を出る小一時間程前に、ハザインバースが2匹飛び去って行ったらしいという話は聞いていました。
そして、王都の門を出た途端にガサガサと竜種の下位種が数匹遠巻きに付いて来ているようだとリーベンさんから報告を受けています。
休憩と共にバンフィードさんがそちらに向かって行ったのですが、中々帰って来ませんね。
おっかなびっくりというように敷物に向かったニーニアさんと一緒に座ったところで、笑顔のハイドナーがお茶を渡してくれました。
「こちらはヒーリック殿からの差し入れ弁当です。こちらの馬車へ限定ですので、早く食べてしまって下さいね。」
お弁当は物凄く嬉しいですが、これは落ち着いてお昼ご飯を食べている場合なんでしょうか。
同乗していたモルデンさんは馬車が止まるなり、情報収集にリーベンさんやキースカルク侯爵の元へ向かって行ったようです。
という訳で、側にいるのは護衛の女性騎士のお二人改め聖女様役のニーニアさんと侍女仲間のサミーラさんとハイドナーだけになっています。
「ヒーリック殿からお弁当と共にご伝言がございまして。この度めでたくジリアさんに捕まることにされたとのことで、一緒に暮らし始めたそうですよ。」
ヒーリックさんらしい素直じゃない言い回しですね。
この間の旅立ち前から既に、ヒーリックさんはジリアさんを憎からず思っていそうでしたから、漸く落ち着く場所に落ち着いたといったところなんでしょう。
お二人の末永い幸せを祈りつつ、お弁当を有り難く頂くことにしましょうか。
これまた美味しそうに詰め込まれたお弁当に手を付けます。
やはり定番のミンジャーの唐揚げに幸せを噛み締めつつ、一向に静かにならない周りの騒ぎに前途多難を感じつつ、お腹が満たされたところで、凪いだような目で戻ってきたバンフィードさんに労いの目を向けました。
「ご報告致します。一行の進路方向前方に、偶々同方向へ討伐任務に向かう第二騎士団とそれに協力することになっている民間のハンター一行が居まして、そのハンターが連れているハザインバースが進路方向の魔物を無差別討伐しており、それに同調するようにウチのペット竜種達が時折加わっているようです。」
「・・・そう、ですか。」
淡々としたバンフィードさんの報告にはツッコミどころ満載でしたが、ここは決して突っ込んではならないと知っていますよ?
途端に、では引き返しましょうかって笑顔で言われることは分かっていますからね。
これは、もしかして王弟殿下の仕込みなんじゃないでしょうか?
国境をこの状態で越えられないでしょう?と引き返すことを促すっていうシナリオ組みがされているとか。
では、それに対する対策が急務ということですね!
負けませからね!
決意も新たにしたところで、状況把握の為に動き出すことにします。
「聖女様、キースカルク侯爵から直接事情を伺って参りますね。」
笑顔でそう告げると、聖女様役のニーニアさんとサミーラさんが同時にさっと立ち上がりました。
「いえ、わたくし達も一緒に参ります!」
本来こちらの護衛のお二人ですから、当然の行動なのでしょうが、動きが機敏過ぎて思わず苦笑いが浮かびます。
身に染み付いた習慣はどうしようもないですよね。
「そうですね。聖女様も気になりますよね?」
そんなフォローの言葉を入れつつ、ニーニアさんに目配せすると、ハッとしたような顔になっていました。
中々こちらも前途多難ですが、エダンミールからの援助隊の人達の前で取り繕えていれば今のところ問題なしです。
数日後、エダンミールに入るまでに演技力が磨かれることを祈りましょう。
当たり前のように先導し始めたバンフィードさんに付いて歩く内に、取り次ぎもそこそこにキースカルク侯爵の元へあっという間に辿り着きました。
「これはこれは、聖女様方。如何なさいましたか?」
慇懃に迎えてくれたキースカルク侯爵ですが、眉間に皺が刻まれたままです。
その彼の向こうには、援助隊の責任者さんと第二騎士団の懐かしのカルシファー隊長の姿があります。
「あーうん。つまりカルシファー隊長、ハザインバースの件は王女殿下の命の下、世話係が連れ出して第二騎士団の作戦に協力しているのだと。そして、そのハザインバースと親しい?竜種も付いて来てしまったと。だから危険はなく、何なら彼らと同じ方向に向かう間は我々も漏れなく安全が約束されたようなものだと。そういう訳ですな?」
何やら無理やりな説得をされた様子の援助隊の責任者さんですが、どれ程信じられない状況下でもそう言い切られたら反論出来なかったのでしょう。
全くお気の毒なことです。
「あーそうですなぁ。概ねそのような状況かと。」
返すカルシファー隊長も、何やら投げやりな様子です。
「そうですか。我々が恐れながら勘違いしそうになった、この一行に王女殿下自身が紛れ込んでいるのではないかというようなことは、有り得ないということですな?」
援助隊の責任者さん、中々鋭いですね。
そして、情報通でいらっしゃるようで。
王都に降り立つハザインバースは王女のペットということで援助隊の皆さんの間にもしっかり定着してしまっているようですね。
後は、カルシファー隊長がライアットさんやイースとエールをどういうつもりでここへ連れ出したのかということですが、第二騎士団が民間のハンターと仲良しだという話は聞いた事がありませんよ?
どちらかと言うと、民間のハンターと討伐任務でバッティングすると面倒だと聞いていた気がします。
それとも、ライアットさんをスカウトでもするつもりなんでしょうか?
確かに、空からの援助は得難いかもしれませんが、ライアットさんがそのスカウトに乗るとは全く思えないんですよね。
それよりもしつこいスカウトに辟易してイースやエールを置いて去られたりしたらその方が困ります。
ちょっと後程こっそりライアットさんに事情を聞きに行った方がいいかもしれません。
「まさかそのようなことがある筈がございません。」
言い切ったキースカルク侯爵の鉄面皮な表情が怖いです。
こちらを振り返ったら般若の顔に変わっていたりしそうで、そっと目を逸らしておきました。
「そうでしょうな。これは失礼を。」
にっこり笑顔でやり過ごした援助隊責任者さんも中々腹黒そうです。
「それでは、失礼して私は隊に戻ります。」
責任者さんはそう続けると踵を返しました。
そこでホッとその場の空気が緩んだところで、責任者さんがふと振り返りました。
「本国に入りましたら、流石にハザインバースに露払いして貰う訳にはいきませんから、我々が責任を持って聖女様方をお守りしましょう。」
その視線がこちらの聖女様集団に向けられていて、ドキリとしてしまいました。
こちらを個人特定している訳ではなさそうですが、大いに疑っているようですね。
しばらく大人しくしておこうと思います。




