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岩盤都市で夕食前の探索の時間にまずしたことは、魔法技術に対する調査だ。
まずは迷子札の仕組みをクイズナーと解析検証してみたが、岩壁を構成する成分の中に、魔力を弾いて加速させるものがあるようだった。
迷子札には、予め貸し出し場所から定期発信される魔力信号を感知する魔法が刻まれていて、信号からの反射角や時間を感知して距離や方向を割り出しているようだ。
かなり高度な魔法装置だが、それはこの限られた岩盤都市の中だからこそ出来る仕組みなのだろう。
素直に感心しつつも、都市の端まで行って、つい正確度の検証などをしてしまった。
動き回って程良く疲れたところで、喉の渇きを覚えて露店を覗いていると、騒ぎが聞こえて来た。
「大体、こんな温いエールが飲めるか! せめて魔法で冷やすくらいしろよ!」
そんな台詞が聞こえて来たところで、酔っ払いの喧嘩かと意識から外そうとしたが、視界の端に映った光景に思わず足を止めてしまった。
「止めなさいよ!みっともない。子供相手につまらない言い掛かりつけるなんて!」
まだ若そうな女性の声だが、エダンミールで見掛けるとは思わなかったスーラビダン女性の格好をしている。
隣でクイズナーも足を止めてそちらを眉を寄せて見ているようだ。
「驚いたな。」
「ええ、本当に。エダンミールでスーラビダン人とは、しかも女性ですか。」
何処か苦い顔になってクイズナーと顔を見合わせてしまった。
「危機感はないんでしょうかね。」
少しだけ呆れた口調でクイズナーが言うのも無理はない。
スーラビダン人は、古代魔法を扱える血筋を持つという理由で、魔法研究の研究材料として闇売買されることがあるのだという。
実際には、スーラビダン人の中でも王族の血筋を僅かでも引いていなければ古代魔法を扱うことは出来ないのだが、それを知らない者達もいるのだろう。
つまり、魔法研究が盛んで、魔王信者という狂信的な集団が容認されているような国に、スーラビダンの女性がそれと分かるように訪れたりしたら、それは捕まえてくれと言っているようなものなのだ。
「放っておく訳には・・・いかないだろうな。これはテン殿に貸しだな。」
クイズナーに向かって呟くと、それは仕方無さそうに頷き返された。
レイカに古代魔法を教える為という名目で付いてきたスーラビダンのテンフラム王子だが、油断ならない人物だった。
レイカが倒れた後、守護の要の稼働調査に協力してくれたり、神殿でレイカが開発した解呪の為の魔道具への魔力補填や補修を引き受けてくれたのも彼とその部下だ。
部下のほうはミルチミットが所持していた古代魔法の禁書を回収して、それをスーラビダンに持ち帰る為に一時帰国したようだが、彼は変わらず王宮に用意した貴賓室に滞在している。
旅立つ前に一度2人で話してみたが、彼はレイカの結婚相手に、つまり彼女の血筋が何処に落ちるかに関心を寄せているのが分かった。
彼自身もレイカを貰い受ける意思を示しつつも、やはりスーラビダン王家の血筋の行く先を追跡する意図があるのだろう。
そんなテンフラム王子だが、今回の件で彼には明らかに借りがある。
だからこそ、ここで彼の国の女性を助けることでその借りを返してしまいたいところだ。
クイズナーと一緒にそちらに近付いて行くと、騒ぎの全貌が見えて来た。
エールの売り子の子供とそれを庇うように前に立ったスーラビダン女性、その2人と対峙するのは、ガタイの良い戦う職の男が1人だが、男は明らかに酔っているのか、目が据わっている。
ということは、始めからスーラビダン女性を引っ掛ける為に側にいた子供にちょっかいを掛けた訳ではなさそうだ。
ただの酔っ払いの暴挙を止めるのならば、それ程問題にはならないだろう。
無防備過ぎるスーラビダン女性に対する対処は、その後考えればいい。
「あーん? じゃ、お前が冷やしてくれんのか?」
「そんなの出来る訳ないじゃない。」
「何だと? だったらすっこんでろ!」
言うなり男が女性に向けて手を上げ掛けたところで、だっと横合いから人が割り込んで来た。
「お嬢様!ちょっと目を離した隙に何やってるんですか!」
こちらはスーラビダンの服装ではない護衛のようだ。
「テメェらガタガタうるせえんだよ! こっちはこんな温いエールに金は払えないって言ってんだよ! 分かったなら退いてろよ!」
ご丁寧に状況説明まで繰り返してくれた酔っ払いのグラスを、そっと横から近寄って触ってみる。
キンと冷えたグラスではないが、冷たいと思える温度にはなっていそうだ。
つまり、やはり言い掛かりを付けてエール代を払い渋っているということだろう。
「温い? 温いっていうなら、このくらい熱くなってから言うんだな。」
言いながらエールに温度操作魔法を使って湯気が立ち始めるくらいまで温めてやる。
「うわ! アチチチ! 何しやがんだ!」
「ほう、熱いか。ならお望み通り冷やしてやろう。」
そのまま温度操作を続けて今度はグラスごと中身も完全に凍り付くまでキンキンに冷やしてやる。
「ひぃぃ!」
少しやり過ぎたのか、グラスを持つ男の手まで凍らせかけたようだ。
「ああ悪い。キンキンがお好みかと思ってな。さあ、さっさとあの子にキンと冷えたエールの代金を払ってやれるよな? 冷やした手間賃は、特別まけておいてやろう。」
上から圧の籠った笑みを向けてやると、男は紅潮させていた顔を一気に青ざめさせて、小さな舌打ちと共に小銭を子供に投げ付けて、走るように去って行った。
魔法優位国家ならではの押し通し方だが、手っ取り早く有効なら躊躇わずに使うべきだ。
「あの、魔法使い様、ありがとうございました!」
エールの売り子がこちらにキラキラした目を向けながら深々と頭を下げて来る。
「いや、礼はそちらの無鉄砲なスーラビダンのお嬢さんに言ってやると良い。」
「はい!」
子供は元気よく返事をするとスーラビダン女性にも礼を言い始めたようだ。
それに優しく答えている女性は、言葉遣いが綺麗で、育ちの良さが窺える。
その様子に更に違和感を覚えて、そのやり取りが終わるのを黙って待っていると、護衛の男がこちらに警戒するような視線を向け始めた。
お嬢さんとは違ってこの護衛の男は、彼女の行動が危ういと分かっているのかもしれない。
売り子の子供が去って行くと、お嬢さんがこちらを振り返った。
「あの、この度は誠に有難うございました。お礼申し上げます。」
言って淑やかに礼を取ったお嬢さんの作法は、スーラビダン女性のものではなかった。
「あ〜。シル様、場所を変えましょう! このお嬢様方も連れて!」
と、唐突に何処か焦ったような口調で言い出したクイズナーに、疑問符を投げつつ女性に向き直ると、女性の方もクイズナーを見て気まずそうな様子になっている。
「そうだな。では、少し宜しいか?」
丁寧に声を掛けると女性が黙って頷き返して来た。
「お嬢様?」
「良いのよ、ご一緒しましょう?」
護衛を押し切った女性と共に、クイズナーの先導に任せて、個室のある料理屋に入って行く。
席に着いてお茶と軽い茶菓子だけ頼んで店員が下がって行ったところで、クイズナーが盗聴防止魔石を机の上に置いた。
「それで? パドナ公女殿下、何故このような場所に、しかもスーラビダンの衣装で?」
前置きなしに始まったクイズナーの追求に、護衛と一緒にギョッとしてしまった。




