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「シルくん! 余所見しないの、こっちよ?」


 ミーアの甲高い声に呼ばれて振り返ると、宿の前で手招きする彼女の姿が見えた。


 辺境の街を出て荒野を越えた先には、岩盤都市ルブシィが待ち構えていた。


 天然の岩盤窟を利用して出来た街は、街の全貌が分かりにくく、案内が居なければあっという間に迷子になりそうな複雑な都市だった。


「シルくん、ほら街の探索は宿に入って迷子札貰ってからよって言ってるでしょ?」


 街並みが面白くてつい目移りしていたのは確かだが、ミーアの妙に年下こども扱いした呼び掛け方には閉口してしまう。


 何度か呼び方を改めるよう抵抗してみたが、結局鼻で笑われただけで聞き入れられなかった。


「クディも早くいらっしゃいな。」


 クイズナーも油断なく周りに目を光らせていたようだが、同じように怒られているのは少しだけ愉快な気持ちになった。


 ミーアに連れ立って宿に入って行くと、受付で手続きの後、魔法仕込みの札を配られた。


 薄い金属プレートのようなものの端に小さな魔石が埋め込まれていて、魔力を通すと起動して、現在位置と宿の位置を簡単な地図上に示してくれる。


「これがあると、自分の居場所が分からなくなっても最低限宿には戻れるでしょう? 複雑な岩盤都市ならではの革新的な仕組みなのよ。」


 確かに、これも流石はエダンミールの魔法技術だと言えるだろう。


「これは、岩盤に天井まで覆われているからこそ出来る魔力反射を利用した仕組みのようですね。」


「こういうのを見ると、エダンミールにとって他所の国の魔法技術など赤子のお遊びのように見えるっていうのにも頷けてしまうな。」


 魔法大国エダンミールの実情を見る程に、彼らの驕りの根底には自国が長い年月の末に作り上げて来た高度な魔法技術があるからなのだと分かる。


 だからと言って、他国を陥れて属国扱いした上で、魔法実験場にしてしまおうというのは流石に横暴が過ぎるだろうと思う。


 それを国のトップが主導で企んでいたのだとしたら、危険過ぎる国家として相応の対策を取る必要が出て来る。


 だが、一部の勝手な者達の暴走だったとしても、それは国としてエダンミールに抗議してでも改めさせるべきことになる。


 いずれにしても、綿密な調査で詳細な証拠を探し裏取りの必要がある。


 その為の潜入なのだが、エダンミールに幾つもある魔王信者の派閥の内の過激などれかが今回の件に間違いなく関わっていた筈なのだ。


 と言う訳で、満場一致で大反対された魔王信者の組織への潜入をクイズナーを連れて強行したので、恐らく国王を始め王族達には怒りと共に心配させてしまっていることだろう。


 その王族の中に、彼女レイカが加わったことには、複雑な心境になる。


 目を覚ましたレイカは、婚約話が流れたことをまだ怒っているだろうか?


 不在を案じられるよりは、怒らせていた方が良いと思っていたが、後で取り返しがつくだろうかとか、許してくれるだろうかとか、どうしようもない物思いに沈みそうになる。


 傷付いたレイカが寂しくならないようにと恋敵のケインズを側に置いて行ったことも、果たして正解だったかどうか分からない。


 もしもこの間に、レイカとケインズが距離を縮めて、周りを押し切ってでも結ばれる可能性がない訳ではない。


 それくらいレイカは魅力的な女性だし、ケインズは真っ直ぐな性格も好ましい好青年だ。


「シル、荷物を置いて、街を見に出掛けましょうか?」


 そう声を掛けて来たクイズナーは、何処か呆れたような表情だ。


「そうだな。」


 短く答えてクイズナーと宿泊の2人部屋に着替えなどの持ち運ぶ必要のない荷物を置きに入る。


「シルくん、クディ。晩御飯は3軒先の食堂ね。それまでは好きに街を見て来て良いわよ〜。」


 その後ろからミーアが声を掛けて来て、クディがそれに受け答えをしている。


 じきにミーアの声がしなくなって、部屋の扉が閉ざされる。


 カチャリと内鍵をかける音がして、こちらに寄って来たクイズナーがカバンから取り出した魔石を起動させた。


「シル、定時連絡が来ました。お父上、叔父上は予想通り大変お怒りだそうですよ。援助隊の残りを返す時に、返礼の大使が同行するようで、その一行に貴方を連れ戻す人員を紛れ込ませるのではないかと。」


 それはあり得る展開だ。


 最低でもそれまでに出来だけの調査を進めておきたい。


 その上で、出来ることならエダンミール王都で大使一行に紛れ込んでの調査もしておきたい。


「因みに、あの方は6日目に無事目を覚まされて、お変わりないそうです。」


 最後に付け加えられたその報告に、目元が緩む。


「そうか。」


「・・・そんなに気になるなら、あんな突き放し方をされなければ良かったのでは?」


 これは、クイズナーに何度も言われた事だが、譲れなかったので跳ね除け続けた。


「一言言っておきますが、あの方はこれで大人しく待っていてくれるような大人しい性格はなさっていませんからね。」


 そうだと思ったからわざと怒らせて、呆れてしばらくソッポを向いていてくれるように誘導したつもりだ。


「帰ったら、怒られるだろうな。」


「・・・その程度で済みましたら、幸運な方だと思いますよ?」


 それでも、彼女の事を考えると、どうしようもなく幸せな気持ちになる。


「いくら怒られても良い。安全な場所に居てくれるなら。」


「・・・だと良いですねぇ。」


 クイズナーは、他のことにはそれ程口喧しくないほうだと思うのだが、どういう訳かレイカのことについてだけは、かなり辛口に小言を言う。


 一緒に一月も旅をして、レイカに対して情が湧いたからだろうか。


「守護の要の修復作業で忙しくしているところを労えないのは残念だが、帰ったらうんと甘やかそうと思ってる。」


「はあそうですか。では、さっさと調査を済ませて無事に帰らないといけませんね。」


 適当な受け答えをしてきたクイズナーに思わず半眼を向けてしまうと、肩を竦められた。


「さて、当面の問題として、ミーア殿は何処まで信用して大丈夫か、ですね。」


「お前のことは完全に警戒しているようだ。王都でどうされるのか。なかなか厄介そうな女性だ。何を考えているのか全く読ませてくれない。」


 この所感にはクイズナーも深く同意してくれる。


「何者なんでしょうね。そして、どうして明らかに怪しげな私達を連れ帰ろうとしてくれるのか。」


「王都に本部があって、強硬派ではない魔王信者組織を選んだつもりでいたが。先行きが不透明過ぎる。王都で何かあれば、逃げるしかないな。」


 自分の立場は分かっている。


 この我儘は、決して身元割れない状態である事が絶対条件だ。


 それが果たされないくらいなら、命を引き換えにした方がマシな事態を招く。


 残して来たレイカの為にも、絶対にそれだけは避けなければならない。


 ミーアが揶揄った台詞が頭に浮かぶ。


 故郷に忘れ難い恋人を置いて来た?


 その通りだ。


 その彼女を名実共に手に入れる為に、この地に乗り込んで来たのだから。

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